第4話 虎猫と梅

 青年は、冷やかしなら帰って下さいと怒ったくるみに、肉が食べたいからオススメを教えて下さいと笑んだ。


 ガードレールの近くの花壇の縁に、長身の美しい青年が座っている。そして、何をするわけでもなく、田舎側のビニールハウスの辺りを眺めてぼんやりしている。

 弁当が出来上がるのを待っている青年は、親しみ易いとは言い難い冷たい美貌の主だが、話せばおっとりしていて、毒気を抜かれるほど柔和な微笑みを見せる。

 面食いの母親なら、大喜びだったろう。


「…………大嫌い。失礼な人も、色ぼけのお母さんも」


 美しい青年から目を背けたくるみは、早く仕事を終えようと腕まくりをした。温まった油が跳ねる音がいつもよりも大きく聞こえる。


 厨房は再び、唐揚げの揚がる良い香りで満ちていた。くるみが勧めたのは、常連客と同じ唐揚げ弁当だ。定番のメニューであるし、肉汁がたっぷりの鶏肉は、肉好きの客からも評判が良い。


 ガリガリどすんどすんとカウンターの外で音がする。今日も唐揚げ欲しさにやって来たらしい虎猫が、カウンターを引っ掻きながら飛び上がろうとして失敗していた。くるみは息を吐き出した。

 田舎側のビニールハウスで溺愛されて飼われている虎猫は、自分で自分の体重を持て余しており、カウンターへ上がれた試しがない。それでもめげずに唐揚げを求めてやって来る。


「やあ。お前もここへよく来るのかい?」

「なーん」


 風景から浮くほどに美麗である彼は、くるみに追い払われた猫を膝へ乗せ、冬の久しぶりの陽だまりを楽しんでいるらしい。でっぷりとした老猫を撫ぜ、切れ長の鋭いような双眸を閉じていく。余裕がある青年の様子は、くるみをさらに苛立たせた。


「鶏から弁当、お待たせしました」


 くるみが声を掛けると、青年はすぐにカウンターへやって来た。弁当が入った袋を受け取って満足そうだ。

 赤切れだらけの自分の小さな手を、くるみは見た。男性である彼のが、綺麗な手をしている。

 唐揚げの匂いに、梅の花の香りが掠めた。


「良い匂い、だね」


 青年に笑い掛けられたくるみはどきりとした。珍しさから、梅の花の香りを追うように嗅いでしまっていた。


「で、トリからというのはどういった食べ物なんだろう?」

「…………はい?」


 彼の浮世離れした台詞に、熱くなった顔も冷めたくるみは、彼が外国人か、それとも、帰国子女かもしれないと考えを巡らせた。そうして考え込んでいる間にも視線を感じたので、鼻を中心に散っている雀斑を見られたくないから、古いレジスターの調子が悪いふりをしてそちらへ顔を下げた。


「……鶏肉を、衣を着せて油で揚げたもの、ですね」

「だからトリ、から、なのか! じゃあ、やしろに戻ってから食べようかな」


 社と聞こえた。聞き間違いかもしらんと思ったが、くるみはいよいよ変だなと気づき始めた。立ち去らない青年は世間話を求めている様子だ。


「あの、今日はお待たせしてしまって、申し訳ありませんでした。休憩時間でしたよね?」

「いいんだよ。神様なんて、自分が決めときにしっかり休まなきゃ、やっていられないんだから」


 神、様。くるみは笑っている青年の言葉を復唱した。ふわりと青年が笑う。


「そう、俺は神様をやっているんだ。すぐ近くに梅園神社ってあるだろう? あれ、俺の家。今度遊びにお出で」

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