第2話 後継者の許婚

 くるみがその人のことを祖母から聞いたのは、もう大分前である。

 なんでもその昔に、弁当屋を繁盛させるために祖母が懇意にしていた人物と、孫娘が産まれたときはそちらへ嫁に出すと約束したらしく、くるみが結婚が何なのかも分かっていないうちから、祖母は嫁とはこうだああだと言っていた。

 今時、許婚などと決まっているのは、友人の中でも自分くらいのもので、弁当屋を継ぐこと自体は嫌ではなかったが、許婚があるというのはくるみには窮屈なことだった。

 物心付いた頃から、自分の周りには必ず許婚の話が付いて回り、友達と好きな芸能人の話で盛り上がったときですら、でも、くるみは婚約者がいるからこんな話はしちゃ駄目だよね? 最後にはそう言われるのだから。


 くるみは卒業式の日に、綺麗だと褒められた自分の足を眺めて、溜息を吐き出した。清めの塩で洗い終えた裸の足は、店を手伝ってばかりで外出もしなかったせいか生白く、脛も腿も細長い。


 何が綺麗なんだろう、そんな事、考えたこともなかった。


 畳の上で自分の両足を抱えて丸くなったくるみは、1人の男の子のことを思い浮かべた。卒業式のあの日、自分に好きだと告白した同級生だ。


 婚約者がいると告白を断ったくるみを、日焼けした顔が悲しそうに見ていた。


 それまで彼のことを、好きだとか嫌いだとか思ったことはなかったし、そのときだって胸がドキドキしたり、ときめいたりもしなかった。

 けれどもし、くるみが普通の家庭で育っていて、告白を受け入れていたのなら、どうなっていただろうか。くるみは想像せずにはいられなかった。


 そもそも、許婚である相手とは今まで会ったことも無ければ話したこともなく、祖母はどこの誰だかすら聞いても教えてくれなかったのだから、義理立てする必要はなかったのかもしれない。

 そうしたら、友達連中が話していたような、恋人と買い物へ行ったり映画へ行ったりも出来る。

 同級生の隣で楽しそうにしている自分を想像していたくるみは、インターホンの音で我に帰った。


 一階の店の呼び出しボタンを、客が押したのだ。

 途端に胸の中に罪悪感が込み上げてきた。


 くるみは慌てて、足を隠すように新しいソックスを履くと、エプロンを付けながら居住部分である二階を出るため、階段への出入口へ向かった。

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