第2話 チラリズムは突然に
「うわああっ!本当に出て来た!」
メガネをかけた中年の男性が、驚きのあまり椅子からずり落ちながら奇声をあげている。隣の机に座る若い女性は、呆気にとられた様子で呆然とこちらを見つめていた。
そこは、残業していた六本木のオフィスビルとは、似ても似つかない部屋だった。板張りの床に、石材を積んでつくられた壁。書類がうず高く積まれた机や、ボロボロの本が無造作に突っ込まれた本棚、巨大な水晶球やら理科実験道具のようなものが所狭しと並べられた机など、とにかく散らかっている。古臭いカビの匂いのする、乱雑な部屋だった。
その部屋の中央、申し訳程度に空けられた狭いスペースに、俺は座っていた。木製の簡素なスツールに腰掛けていた。服装は、さっきまで来ていたグレーのパーカーとジーンズのままだ。自分自身に変化はない。ただ、周囲の環境が一変していた。
「えっと、応募してくれた方、かしら...」
女性の方がやっと口を開いた。一見した印象は派手だ。明るい茶色の髪はくるくる巻かれ、付けまつ毛が目の大きさを強調していた。薔薇の花の刺繍が散りばめられた黒のブラウスに、短い白のチュールスカートを履いている。いくら机を挟んで向こうに座っているとは言え、短いスカートで座っている時に膝を開いていたらパンツが見えるのは自然の摂理だ。鮮やかなピンク色だった。
「デザイナーの、チラリズムです」
パンツを凝視しているのがバレたのだと思った。下着が露出している状況を、自ら丁寧に説明いただいているのかもしれないと思った。いやしかし、普通自己紹介をする時は、まず名前からだろう。どこの世界に下着の露出状況から紹介する女性がいるんだ。しかも、チラリズムと言うには露出面積が大きめだったのだ。
「どちらかと言うと、モロリズムですよね」
挨拶代わりの小粋なジョークのつもりだった。みずから下着の露出状況の説明から入る斬新な自己紹介に、エスプリの効いた回答を返したつもりだった。しかし、どうやら失敗したようだ。彼女は俺の視線に気づき、慌ててスカートを両手で押さえてから怒り出した。
「め、面接官の下着覗くなんて...さ、最低っ!もう帰ってください!」
「まあまあ、チラちゃん、やっと来てくれた応募者なんですから、落ち着いて落ち着いて」
そう中年の男がなだめる。白髪交じりの優しそうな中年男性だ。椅子からずり落ちた拍子にずれたメガネを直しながら、まあまあのポーズを決めている。
「でもヤンさん、この人失礼すぎますよっ!」
女はぷりぷり怒りながら膝を揃えて椅子に座り直し、チュールスカートの裾を整えている。しばらくなだめていた中年男性も観念したのか、こちらに向き直って自己紹介を始めた。
「私はヤンと申します。王室直属の情報システム通信部隊で隊長を務めさせていただいています。そして、こっちの女性が同部隊所属のデザイナーで、チラリズムと申します。」
この状況に陥ってから、星の数ほどあった疑問のやっと1つが氷解した。チラリズムは名前だったんだ。やっぱり自己紹介は名前からだった。
「どうも、初めまして
「どうもどうも、まさか本当に応募いただける方が現れるとは。少々驚いてしまいましたよ。」
「こちらこそ、もう何がなんだかさっぱりで。驚いたというよりは、わからないことだらけです。そもそもここは、どこなんですか?」
「そうですよね、説明がまだでしたね。これはこれは、失礼いたしました。」
そうして、ヤンと名乗る中年の男性が、静かに語り始めた。
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