元暦二年三月二十四日。壇ノ浦。春の海が光っていた。
その夜に三つの船があった。逃げている船と、追っている船と、その真ん中で沈んでいく船。それぞれの船にそれぞれの人間がいて、それぞれが眠れないまま夜明けを待っていた。
逃げる者は言えなかった言葉を抱えていた。戦う者は槍の先に子供の顔を見てしまっていた。見送る者は海の底に国があってほしいと思っていた。あってほしいからあるとは言えないけど、あってほしかった。
三つの話は別々に読める。でも三つ合わせると、同じ夜の、同じ海の、一つの話になる。勝った側と負けた側とその真ん中、どれが主役というわけでもなくて、三つが同じ夜の空気を吸っていて、同じ波の音を聞いていて、同じ夜明けを待っていた。待ちながら、刀を確かめたり、槍を確かめたり、お腹が鳴って最悪だと思ったりしていた。
そういう夜だった。
人間というのはどんな夜でも人間で、修羅でも鬼でも槍の名手でも名もない女房でも、夜明け前には海を見ている。見ながら何かを確かめて、確かめたものを持って、朝に向かう。派手な解決はない。答えも出ない。ただ、次の一歩がある。
壇ノ浦の夜に生きた三人のために書いた。死ぬ気で書いた。届いてほしい。
収録作
「壇ノ浦の阿修羅」——平家の足軽・良房。逃げながら、言えなかった言葉のことを考えている。
「壇ノ浦の槍」——源氏の槍の名手・梶原景季。戦いながら、槍の先に見た子供の顔が消えない。
「壇ノ浦の花びら」——名もない女房。八歳の帝を見送りながら、花びらを追わずにただそちらを向いていたあの子のことを思っている。
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