第2話 ビリダマ「主人公レンジの特技」

 

「緑化にあたって必要な魔法は、3種類かな……」


 風力となる風魔法。川と湿地のための水魔法。電力となる雷魔法。

 風、水、雷魔法の順に消費する魔力が大きくなる。


「まず電気だ。通常なら風力発電機を立てるために硬い岩盤を探すんだが──そんなものここら一帯には見当たらないねぇ」


 風力発電具を現段階では設置できない。

 土壌が毒素に侵されている上に、地中に埋もれる死体もある。腐乱死体は日を追うごとに腐敗と分解が進む。


 きちんと火葬もせず遺体を埋葬すると異臭が発生する可能性がある。 また浸水しやすい場所は遺体の分解プロセスで発生する菌や害虫などにより水質汚染の可能性もある。


 電気そのものを発生できるのが雷魔法だから。先ずそれを使う。


「電力の玉を範囲ごとに地面から浮かせて設置しようか」


 魔法の使い方は天空で過ごして講習を受けたので既にものにしている。あとは自分を信じて安全に取り掛かれば良い。


 準備スキルを頂いた。

 アイテムボックス機能となる『収納魔法・ムゲン』を習得済み、初解放。

 一応、魔法だが魔力消費はない。名の通り無限に近い許容量がある。太陽系が1つ収納できるほどだと講習を受けた。


「ウキウキしてくるのう。なんでも入るやないか……」


 独り言ならスラスラと出てくるが。

 これといって何も入れる予定はないが。

 収納に蓄えた魔道具をいくつか取り出して傍に置き、準備を整える。

 それぞれの魔道具には対応する属性魔法を注いでおかねばならない。


 魔法注入完了。


「うん、これで良し!」


 早速作業を開始する。


 さて腐蝕した大地を生み出し、有機物に豊んだ土壌を形成する。

 それには──


 雷魔法を螺旋状にボールのように丸めて置く必要がある。

 先ず1つ。これを『雷玉ビリダマ』とでも名付けようか。


 雷自体を無造作に固めておくと電流が空気中の水滴を伝いスパークが起きてしまうこともある。


「放電するにはまだ早いんやわ」


 エネルギー体として維持するには、リンゴの皮を途切れることなく剥いた様な球状の形を作り、その場に止めておく。地上から10メートルは上空に置いておきたい。

 地面からも先行放電がある。プラスの電荷が上昇すれば両者の繋がりで上に向かって巨大な放電が走る。稲妻のことだ。そして落雷に発展すれば、そのダメージで大地の治癒が失敗に終わってしまう可能性がある。


 だが魔法なので雷電の下部に負電荷が蓄積されるのを防ぐために雷を一定の細い紐状に変化させ、螺旋状且つ球体の雷玉ビリダマにしておくのだ。


 さて、そこから約2キロメートルの電線を張るために、雷玉ビリダマから細い尾を伸ばす様に意識を集中。これは同じく宙に浮かせて一旦待機だ。


 次に土壌の毒素を除去するための魔法具を2キロメートル四方に置く。


「今の俺の技量では2キロが限界だから、少しずつやろう」


 これに電力を注入するのだ。伸ばして置いた電線の先をそこへ接続。

 そうして毒素除去が終われば、次は潅水機となる魔道具を数個同様に設置する。そこにも通電させて機能させる。

 それが枯れた大地に水をまき終える頃、雑草や花や木などの植物が大量発生し始める。


 神界の特別な魔道具のため、さほどの時間を要することなく一瞬で緑化の一段階目は完遂させられた。


「ふう。ここまでは順調にできた……次は川の治療に取り掛かろ」


 植物が再生されるが枯れ欠けだ。そこで次は水だ。

 干上がっていた川床を水属性の魔道具を使い、河川の治療に当たる。川床の傍に送水用の魔道具を配置する。そちらへも電気の注入をして機能させる。

 すると勢いよく川床に放水された水が隅々に行き届き、透明感のある清涼な川が蘇ってきた。


 川べりにも草が青々と茂った。


「これでようやく岩場が作成できる。雷玉ビリダマの維持は魔力消耗が大きい。あとは魔道具の出番だ。よろしく頼むよん」


 地殻の内部で生成されたマグマにより高温の熱水液が作られる。

 熱水液が地表近くまで移動すると温度と圧力が低下して熱水液に溶けていた鉱物成分が、結晶化して固体化し始める。

 水がマグマや熱水液に含まれる鉱物成分の溶解と運搬を助ける。温度と圧力の変化によってその成分が水中で結晶化する、という工程を経て岩盤ができる。


「これに必要な魔道具を川の傍に置いて、っと。同じく装置に電気を流し、起動すればオッケーだ! 次からは岩場に風力発電の魔道具を立て、あとは風魔法でプロペラを回せばかなり楽ができる」


 プロペラに魔法で風を送るのは電力をより多く生み出して蓄えたいから。


 岩場がない状況ではこれを実現できない。

 風力発電機を正しく設置するには地盤がしっかりしていて強固でなくては駄目だ。

 作業開始時では地面の液状化も散見されたからだ。

 

 ここまでの工程を1区画として、100区画ほど整備することとなる。

 歩を進め、場所を決め、魔法具を収納から取り出す。

 岩場造りまでの工程を先に済ませ、風力発電機を100区画分設置。


 ◇


「ふう。なかなか骨の折れる作業だな。──地道の積み重ねが大切だ。この広さなら森がいくつか再生されることだろう。さて、お次は湿地帯を造る工程に取り掛かるとしまひょ!」


 湿地製造用の魔道具も既に準備しておいた。水魔法も注いでおいた。

 先ほどの潅水機の傍に配置してから電力注入だ。速攻で結果が出だす。


「みるみる沼地が広がってく~。早い、早い。こりゃ爽快だな!」


 川沿いをほぼ沼地に変えて行き、この湿地帯を多く取り入れて置きたい所だ。

 これで湿地帯は充分だ、と判断した所で湿地帯の再生は打ち切る。

 次は残った草原地帯に森を生み出すために急成長している高木に虫や鳥を棲まわせる工程へと移る。


「次は受粉で草花の分布を拡大する育成に入る。鳥と蜂どっちが正確だ? 風を起こしてもいいけど魔力の自然回復に時間を要するな。まあ蜂が優秀か……」


 そこからレンジは即決した。

 収納から新たに取り出したハチの巣を木々に与えた。

 途端に蜂の巣から蜂が飛び出していき、受粉して花粉は運ばれ、 胚珠が種子に、子房が果実に、植物は種子を残して子孫繁栄を繰り返す。


「おお、周囲がみるみる草花に覆われて行ったぞ! 魔道具はどんどん時間を進めているから、もう枯葉までついてきた」


 様々な草と花が楽園には欠かせない。緑葉の絨毯を広げる様に大草原に光の速さで草木が敷き詰められていく。

 多くの植物で彩られた大自然の緑豊かな景色が顔を覗かせている。


「まあ、でも見事な景色だ。あの薄汚れた土地に草花が群生して広がっている。しかもこんなに短時間で! 地球に居た頃は温暖化でクソ暑くてこんなの想像したこともない」


 手を額に添え、庇を作り、周囲を見渡す。

 深呼吸をして気分を整えた後、さらに次の工程に移っていく。次は野焼きだ。


「この草花たちに火を入れていくのか、なんか勿体ない気もするが」


 火入れが植物の成長を促し、治水機能の維持にも効果があるとして火入れをするのだ。

 新種の草花も誕生し、より生命力が強化されていく。

 

 造形したばかりの名もなき草花たちに火入れをする工程だ。

 惜しんでいても仕事が捗らない。


「草花に火を放っても沼地までは燃え広がることはない。沼地は多めに造っておいたから山火事みたいに次々と燃え移り、すべてを台無しにされることはない。体験学習をやっといて良かった──あの時は沼地が小規模すぎてほぼ全焼だった」


 失敗は成功の基。

 火入れを実行すると、湿地帯を残して火は燃え広がり黒焦げた大地が所々に完成した。焼けた土壌には大量の「灰」が生成された。


「灰が新生植物の肥料になるんだったな。やっと、これで草原を造れたか。どれぐらい広げよっかなぁ」


 灰を肥料とすると草花の新しい芽の成長を促せる。


 定期的な火入れで草原環境を保つ。

 火入れによって木々の芽を焼くことで草原が森林に変わるのを防ぐ効果もある。

 広大な草原環境を維持するための人類の英知だ。


「草原は半分ぐらいでいいか。あとは受粉工程だけで自然と森林に変わってくれるはずだしな」


 何をどこまで、どの範囲というのはレンジの気分で造っている様だ。

 ほぼ、目分量で適当に広げているから区画ごとに、川の長さや幅、沼地の場所や大きさ箇所などがまちまちである。


「森の広さは生態系の割合に繋がるんだっけ。ちょいと上空から見て、バランス調整を入れとかにゃならんな。絨毯ホバーに風を注入して上昇しますか」


 上空から俯瞰するための魔道具を採り出した。絨毯だ。広大な土地に降り立って無計画に耕すのは無謀だと知っている。彼は絨毯に乗り、風魔法で上昇気流を生んで空高く昇った。


 レンジの環境再生には森林も必要。

 腐敗した領土を半日も掛けず、緑化させた。これが彼のするべき仕事だ。

 

 人知れず、偉業を成した。

 200キロメートル四方の土地の緑化作業を終わらせる。空を見上げると快晴で、その抜けるような青い空が彼の生前の鬱蒼とした気持ちを爽やかなものに変えていく様だ。


「はあぁっ!」と、両手を上げ上体を少し反らし、思い切り伸びをした。


 一気に疲労が回復した。


「仕事のあとは冷えたビールに限るな!」


 レンジは五体満足で夢を追いかけていた、あの頃の目の輝きを取り戻しつつあった。

 

「今日の仕事はこれでおしまいだ。仕事道具の片づけをしとくか」


 出していた魔道具をすべて回収して収納に仕舞っていく。


「1区画分でもそこしかないなら仕事をしたと言えるわけだから、俺は良く働いたはずだ。ノルマはないからな。これより何もせずとも月給は入って来るんや、のんびりスローライフでええ」


 レンジはそういうと収納から札束を取り出し、眺める。


「家族の最後の言葉……「頑張った、偉いぞ」。それを胸のどこかで女神に期待して張り切り過ぎたかな。かといって全く何もしなくて契約切れたら嫌だから。荒れた地は見つけ次第やっておくか」


 手には自在に拡縮できる世界地図を持ち、広げてすぐ閉じた。

 瞬時に次の目的地を決めた様だ。

 仕事は契約制だから神界からの俸給が途切れない程度に精を出す、そんなのんびりペースのスローライフを生き方に選んだ様だ。


 ちらっと空を見上げる。太陽が中天に昇っている。

 地上1日目の大地をしっかりと踏みしめ、そして歩き出す。



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天性ぼっち。その戦いの終わりを作る戦いを始めたようです ゼルダのりょーご @basuke-29

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