読み専を呼び込むのって、書き手もやってるユーザーの興味を引くよりも百倍くらい難しいです。
だってこちらから見えませんからね。
アプローチ手段が非常に少ない。
となれば、作品そのものに集客要素がなけりゃ駄目なわけです。
で、とりあえずフラットな目線で、何か自分の読みたい作品を探すとなると、何を取っ掛かりにして探しますか、って話になりますわね。
タグです。
つまり、タグで大喜利もどきみたいなごちゃごちゃした説明をしてる場合じゃないです。
その次に、引っかかった作品の中から面白そうな作品をピックアップする作業が必要になるわけですわね。
タイトルとキャッチコピーですよね。
そしてあらすじですよね。
つまりここで目を引かなきゃその作品は瞬間に読者目線で「無」、存在しないことになります。
残酷ですが、それが事実。
要は、そういう部分に「営業戦略」が必要になってくるわけですね。
つまり客商売、他者相手のコミュニケーションといった駆け引き要素があるわけです。
そこに作者都合の悪ふざけをねじ込んでる場合じゃないのは当然ですし、独りよがりで第三者目線を持たないやり方を試みてもコケるのは目に見えています。
ある意味、まだ見ぬ読者に向かって誠意を尽くす必要があるわけです。
その辺りのご助言は、本文内容にお任せするとしましょう。
対読み専向け集客術、特段難しい内容が書かれているわけでもありませんので、まずは読んで実行してみてはいかがでしょうか。
タグは一番簡単に誰でもできる識別符号です。
それで流れて来る人がどのくらいいるのかということはワードによっても変わってきますし、人気のタグはそれはそれで埋もれやすいものです。
一方で適当極まるタグ付けをしていると本来であれば届く読み手にも届かなかったりします。
特にいわゆる「読み専」といわれる方々は「好みの作品」を「読みたい作品」を探します。
書き手同士の交流の中で生まれる読者ではありません。
つまり「読んでね」という下心MAXで読みに行って得られる読者ではないのです。
基本ですね?
基本です。
しかしこの初歩のことですら人はしばしば忘れるものです。
自己満足極まるタグ、誰も検索すらしないようなタグ。
もちろん個性を出すために一つくらいあっても良いでしょう。
それがすべてだと、ある意味での読み手に対して真摯さを欠く態度だと思います。
思い出しましょう。
最初の作品のタイトル、キャッチコピー、ジャンル選択、タグ、すべて悩みませんでしたか?
私もタグと概要欄はしばしば手を入れています。
本文を書く、読んでと叫ぶ、それ以外にもできることは目の前にあります。