第二話 黒衣の姫は同級生のピンチに遭遇する
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スマホのメッセージの着信音で、目が覚めた。
帰ってきて魔力の装束を影の中にしまい込んだ。
昨日はそのままベッドに横たわると同時に寝入ってしまって──
──目覚まし用のタイマーを聞いた記憶がない。
はっとして、ベッドの上にあったスマホを手に取り時刻を確かめる。
「えっ!?もうこんな時間……っ!」
慌ててベッドがらはい出して、ハンガーラックの制服を手に取る。
身なりを整える時間も惜しいので、影から魔力の触手を出して髪を梳いたり、ドライヤーを当てたり、歯磨きをしたり──
服を着替えるのは自分の手でやって、制服のリボンを結ぶ。
どうにか身なりを整えて、しゅるっ、と魔力の触手を影に収める。
昨日の内に準備しておいた鞄を手に取った所で、スマホの存在を思い出す。
さっき、メッセージの着信通知恩を聞いた記憶が蘇った。
まあ、今、私とメッセージのやりとりする人なんて一人しかいない。
「ばあちゃんだ。モーニングコール、してくれたのかな?」
そう思って、アプリの画面を開く。
すると──
──『夜の散歩はやめるように言った』
思わず「んんっ!?」と、喉に詰まるような声が出た。
昨日送った画像の話だ。
あわあわと、そっけない短いメッセージの映るスマホ画面を手に取る。
震える指でなんとか言い訳の文面を打ち込もうとしていると、新しいメッセージの読み込みが始まって、ごくりと唾を呑み込んだ。
『美しいものを見せてくれてありがとう』
相変わらず文章だけのそっけないメッセージだが、それを見て私も息を吐いた。
それから、ばあちゃん宛てのショートメッセージを送る。
「『モーニングコールしてくれたんだよね?ありがとう。いってきます』と」
そうメッセージを送ってスマホを鞄に仕舞おうとする。
しかし、すぐにまたメッセージの着信音が鳴ったので、画面を見た。
『気を付けて、いってらっしゃい』
アプリの画面に、そうやはり文字だけのメッセージが映っていた。
〇
多少気晴らしはできたからといって、私の学校生活が劇的に変わるわけはない。
今日も、なんとなくクラスの間で浮いたまま、授業を受けて、学食でご飯を食べて、午後の授業を受けて……さしたる出来事もないまま一日が過ぎていく。
(何がよくないんだろうなぁ……)
放課後、なんとなくまっすぐ帰る気にならなくて、窓際の自分の席で外を眺める。
桜の木はまだ満開が続いて、少し散り始めているようだ。
見事な眺めだと思うけど、今は心の慰めにならない。
本当はさしたる理由なんてないのかもしれない、と思う。
多くのクラスメイトが中等部からの付き合いで、そこから持ち越されてきた人間関係の中に、部外者である私が飛び込んできて──
ただでさえ難しい最初に入り込んでいく段階で、私はつまずいてしまった。
そして、私はその失敗を引きずってしまっている。
そういう些細なことで『空気』というものは生まれてしまうのだろう。
溜息を吐いて、机の上に出していた鞄の上に突っ伏す。
すると、教室の後ろの方から密やかにささやき交わす声が聞こえてきた。
「姫……今日も……」「そうね。でも、なんか浮かない顔して、いっつも……」「気になるんなら話しかけて……たら?」「えー、でも、姫ちゃん、って……」
(……?ひょっとして、私のこと話してる?)
そう思って、鞄から顔を上げようとした途端、私の机の前に誰かが立った。
「ねぇ」
「わっ!?へっ……はひ……」
顔を上げると、昨日会った、長身の女子生徒が私を見下ろしていた。
突然のことに頭が回らず言葉に詰まっていると、その女子生徒がちらりと視線で教室の外へ私を促した。
「もう用事ないし、帰るんでしょ?」
「そっそっそっ……そうっ、だけど……」
「……校門のとこまででいいから、一緒に帰ろう」
そう、その女子生徒は私に低い声で話しかけてきた。
〇
一緒に帰ろう、とは言っても道中、なにか会話があるわけではなかった。
私に声を掛けた女子生徒は、肩に鞄をかけて私の前を黙々と歩いている。
私は、何度か迷った末に彼女に背中から声をかけた。
「さっ、さっきの……後ろで話してる子たちから、庇ってくれた、んだよね?」
私が意を決して話しかけると、校庭の隅を歩いていた彼女が振り返る。
「そういうの、分かるんだ」
「……うん、まあ、それは、さすがに……ちょっとは」
私が口ごもりつつ答えると、その女子生徒は改めて私に向き直る。
「わたし、白亜、
「あっ、名前……」
「
私は名乗ろうとするが、昨日も名前を言い当てられたのを思い出し「そ、そっか」とうなずいた。
「あの……姫、って……」
「あいつらが勝手に言ってるだけ、あんまいい意味じゃないよ」
高塔白亜、白亜と名乗った女子生徒はかすかに顔をしかめて言う。
「世間知らずとか、箱入り娘とか……大体、そんなニュアンス」
「そっか……」
内心否定できないな、とは思いつつも私は頬を掻いた。
「……なんで、庇って、くれたの?」
私がもそもそと尋ねると、白亜は近づいてくる校門の方へ眼を向けた。
「別に……。黒依がどうこうとかいうんじゃないよ」
「あんまり見ていて気持ちのいいもんじゃなかったし」と、白亜はつぶやく。
「なんか、困ってたし……。クラスの中じゃ、頼れる相手もいなさそうだし……」
「……うっ、それは、その通り、で……」
私が口ごもると、白亜は軽く息を吐いて肩をすくめた。
そういう仕草をすると、本当に引き締まった、普段から鍛えている体つきなのだと分かった。
「……高塔さん、って……」
「白亜でいい」
「……えっと、白亜さん、って……」
私は他に何を話すべきか分からず、尋ねてみた。
「何か、部活入ってたり、とか……」
私が言うと、白亜は目をしばたいて振り返った。
「どうして、そう思うの?」
「えっ」
白亜の口調はさりげないものだった。
だか、なんとなく問い詰めるような、そんな雰囲気もわずかに感じた。
「それは……」と、私が顔を逸らすと、白亜はかぶりを振った。
「入ってないよ。帰宅部、今日もこれから『ユミハマ』行ってくる」
「……『ユミハマ』?」
私が首を傾げると、白亜は私から顔を逸らした。
なぜか、その顔が少し恥じ入るように歪んでいる。
「それって……」
「ごめん。黒依には関係ない話だよ」
そのまま肩に掛けた鞄を掛け直して、白亜は校門へと向き直る。
「……校門までって約束だったよね。それじゃ」
「あっ、えっ……うん」
白亜はそのまま私から背中を向けて去っていく。
そのまま、校門の外で待っていた、昨日と同じ獣人種の大柄な女子生徒と、小柄な金色髪の女子生徒と合流して、歩き去っていった。
私はその場に立ち尽くす。
自分が白亜に対して不用意な話題を向けてしまったのだとは分かった。
でも、それに対してどう対処すればいいか分からなくて──
(何度も気遣って、庇ってくれたのに……)
相手を傷つけてしまったのかもしれない。
そう思うと、今すぐ追いかけたいような気持ちに駆られる。
だけど、私の足はその場に吸いついたまま、動かなくなってしまった。
〇
寮に帰って就寝前の自由時間を迎えると、ベッドの上でスマホを取り出す。
動画サイトを開こうかと思ったけど、そういう気分にならなかった。
画面を見ていると、ふと別れ際に白亜が言っていた言葉を思い出す。
(……『ユミハマ』ってなんの事だろ?どこか場所の名前なんだよね?)
地図アプリを開いて、検索をかけてみる。
「……あった、ゆみはま……〈弓浜町〉、かな?ちょっと遠いな」
学校や住宅地から離れた──〈
「こんなとこに何の用事だろう?……友達と、遊びに行くんだろうけど……」
なんとなく気に懸かる。
別れ際の、少し思い詰めたような表情がまぶたの裏に蘇って──
私は、ベッドから立ち上がり、足元の自分の影を見下ろした。
〇
住宅地から離れていくと、建物同士の間隔が狭まってきて、むしろ私にとっては移動は楽になった。
途中、電車が通りがかるのが見えた。
「ふんっ!」
そう一声気合を入れて、車両の屋根にこっそり飛び移る。
走る電車の上でスマホでもう一度、〈弓浜町〉の位置を確かめておいた。
何駅か列車の屋根にへばりついてやり過ごす。
目的地が近くなると、今度は列車の上から近くの建物へ、魔力の触手を伸ばして飛び移った。
そうして、雑居ビルらしい建物の上でもう一度、地図アプリを確認する。
「この近くだ。市街地だけあって、夜も賑やか、だけど……」
私は〈弓浜町〉のある方角へ眼を向ける。
「あそこら辺って、賑やか、っていうより……ちょっと……」
繁華街、というか……いかがわしい、場所、なのでは……。
世間知らずではあるけれど、学生がこんな時間に近づくような雰囲気の場所ではない事は、さすがに分かる。
「や……なんか、ちょっと遊ぶ場所があるから……帰り際、寄っただけだよ。うん、カラオケとか、なんか色々、そういう遊ぶ場所があるとか……」
そう言って、自分で自分を誤魔化すように乾いた笑いを浮かべたが──
自然と、足は繁華街の方へ向かって、建物の屋上を蹴っていた。
無用な心配だったらいい。
嫌な予感なんて、当たらない方がいいに決まっているんだ。
そう思って、私は次第に盛り場の雰囲気が漂う街の上を飛び交い、闇に紛れて地上の様子に目を向けて──
そして──幸運なことなのか、不幸なことなのか。
見つけた。
「……っ!」
奥まった、人気のない路地裏だ。
そこに、派手な身なりの男たちに囲まれる、制服姿の三人組。
長身の白亜に、背の高い狼の獣人種の女の子、小柄な金色髪の精霊種の女の子。
ただでさえ、人目を引く三人組。
間違いない。
白亜たちが、明らかにカタギでない男たちに絡まれ、追い詰められていた。
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