第3話  勇者デビュー! 炎の騎士との出会い

 香辛料の刺激的な香り、見慣れない紫色の果実や、光沢を放つ魚の干物が並ぶ露店。男に近づくだけで、ハルトの両腕はパンや果物でいっぱいになっていった。


「いや〜、俺ってば天才かもな! 宿もタダ、飯もタダ! 異世界ライフって最高じゃん!」


 笑顔を見せるだけで、肉屋の親父が「持ってけ持ってけ!」とソーセージを袋に詰め、果物屋の青年が「お代なんて要らないよ!」と手渡してくれる。

 半径1m以内に近寄るだけで、男たちからチヤホヤされる。


「おい、クソ童貞。勘違いすんなよ」

 頭上で羽音を立てながら、ミカエルが冷たく刺す。


「サービスを受けてんのは“お前の顔”じゃねぇ。“スキルのせい”だって忘れんな」


「いやいや! 細けぇことはいいんだよ!」

 ハルトは胸を張り、通りの真ん中でドヤ顔を晒す。


「俺、この世界で無敵かもな! ……いやー男にモテるスキルでどうなるかと思ったけど、これならヨユーじゃね!?」

「……あんま調子のってっと、痛い目見るぜ」

「はーいはい、わーってるって。……そろそろ冒険でも行ってみよっかな~」

 ミカエルの忠告を聞き流し、冒険に出るための装備を揃えに武器屋と防具屋をはしご。

「はははは、武器も防具もぜーんぶ無料! 次は勇者になって、チャチャっと名声でも手に入れるか!」

 ──その勢いで、冒険者ギルドへ。


 ギルドの木製の大扉を押し開けた瞬間、ハルトは胸を張って大股で歩みを進めた。

 酒と獣脂が混ざったような空気、行き交う屈強な冒険者たち。どこもかしこも筋骨隆々、戦場帰りのような鋭い視線。笑い声に混じって刃物を研ぐ音まで聞こえる。


 だが、ハルトは臆さない。むしろ調子に乗っていた。

 場違いなほど浮かれた顔のハルトは受付嬢に勢いよく宣言する。


「冒険者登録お願いします! 俺、最強なんで!」


 数分後、冒険者の証である木製のカードを手に入れたハルトは、その足で近くの森へ突撃した。



 ***



 森は鬱蒼と生い茂り、木漏れ日がまだら模様を作る。湿った土の匂い、羽音と小鳥の声。

 その中をハルトは胸を張って進んでいた。


 森に入って早々であったスライムを5匹倒し、ご機嫌だった。


「はははっ、もう俺、勇者って呼んでもいいぞ!」

「呼ばねーよ、アホ。せめてもっとまともなモンスターを倒してから言え」ミカエルは冷ややかに返す。


 やがて、茂みから小鬼(ゴブリン)が飛び出す。黄色い目をぎらつかせ、錆びた短剣を振り上げた。

「お、ゴブリン! 任せろ!」

 ハルトは剣を構え、力任せに振り下ろす。鈍い音がして、ゴブリンはあっけなく地面に転がった。


「ほら見ろ! 無敵じゃね? 俺、この世界で無双できるわ!」

 胸を張って笑うハルトに、ミカエルは鼻で笑った。

「……レベル30程度のゴブリンを仕留めただけでよくイキれるな。救いようがねぇ」

「なーんだ。30しかないんじゃ、超ハイスペな俺には物足りないよな!はははっ!」


(この調子でモンスターを倒しまくって、そんでもって魔王とか倒しちゃったりして、勇者様ー!って女の子からも人気でちゃうんじゃないの?)

 ハルトの頭の中はピンク色だった。


 ──だが、森の奥へ進むと空気が一変する。

 森全体が黙りこみ、湿った風が冷たく頬を撫で、重い足音が大地を揺らした。


 低い唸り声。

 樹々の隙間から、黒い影が姿を現した。


 それは全身を漆黒の毛で覆った巨狼。

 肩までの高さは人の胸ほど、牙はナイフのように長く、瞳は赤く爛々と輝いていた。口から滴る涎が土に落ち、じゅっと音を立てる。


「な、なんだよこれ……でっか……!」

 背筋が凍りつく。震える膝が勝手に力を失う。


 巨狼は唸り声を高め、一気に地を蹴った。

 風を裂き、稲妻のような速さで迫る。


「ひぃっ!」

 慌てて剣を抜くが、腕が震え、刃がぶれる。

 巨狼の爪が頬を掠め、浅い傷から熱い血が滴った。


「おいハルト、逃げたほうがいーぜ?」

「なんだよ、俺なら倒せるはずだろ!?」

 今度こそ、と剣を構え、再度向かってくる巨狼に剣をぶつける。

「嘘だろ!?」

 剣はあっけなく森の中にふっとんでいった。


「うわっ、まじで死ぬ! 俺、全ステータスマックスなのにっ!」

「言わなかったか? お前はベースが凡人なんだよ。ステが高かろうと、戦いの勘や技術が伴わなきゃ、そりゃただの“そこそこ強い奴”だ」

「聞いてねえええぇぇぇええええ!」


 巨狼が牙を剥き、喉奥から凶悪な唸りを漏らす。

 そして、今度は真正面から跳びかかった。


「うわああああああ! やばいやばいやばい! 誰か助けてぇぇぇぇ!」

 巨体の影が覆いかぶさり、今にも喰い千切られそうな絶体絶命。


(……そろそろ助けてやるか)

 とミカエルが手を構えた瞬間――、茂みを突き破るように赤い閃光が飛び込んできた。


 燃え盛る炎のごとき赤髪、血潮のように熱い赤い瞳。

 鍛え上げられた長身を鎧で包み、片手に握られた大剣は夕陽のように輝いている。


「退いてろ!」


 一声と共に、その男は巨狼へ突進した。

 剣と牙がぶつかり、耳をつんざく轟音と火花。衝撃波が空気を裂き、木々の葉が吹き飛ぶ。


「ぐるぅっ!」

 巨狼の巨体が後退し、地面を抉って止まる。だがライオネルは一歩も退かない。

 大剣を構え直すと、炎のようにしなやかに踏み込み、真上から振り下ろした。


 轟音。

 地を割るような衝撃と共に、巨狼は吹き飛び、巨木をへし折りながら地に沈んだ。


 森が静寂を取り戻す。

 鳥たちすら声を失い、ただ風の音だけが残った。


「ひ、ひぃ……」尻もちをつくハルトに、赤髪の男は怒りを孕んだ瞳を向ける。

「お前、自分の実力も知らずに突っ込むなんて、命を捨てに行くのと同じだ!」

「そ、そんなつもりじゃ……」

「そのような体たらくでは、自分の身はおろか、大切な者すら守れないぞ!」


 彼は怒りを滲ませながら、ハルトを立ち上がらせようと手を差し伸べ、ハルトはおずおずとその手を握る。

 その瞬間、男に電撃が走った。


「だから――俺がお前を守る!」


 男はハルトを掴んで立たせた勢いで、顔を近づける。赤い瞳が真っ直ぐに射抜いた。


「俺はライオネル。お前はもう、俺のすべてだ。絶対に離さない……永遠に」


「え、えええぇぇぇええ!? 勘弁してくれええぇぇぇえ!」

 ハルトの絶叫が森に木霊した。


 その頭上で、ミカエルが小さく肩をすくめる。

「……こりゃまた、面倒くさそーな奴に捕まったな」

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異世界でモテモテハーレム人生を送るはずが、なぜか周りに男しかいない ましそよやみー @capmap123

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