第2話 羽もなければ、空も飛べない

自分が生きたいのか死にたいのか分からなかった。

今、私は、知らない電車に揺られて知らない町を歩いて、知らないボロいアパートの屋上に立っている。

屋上の柵は劣化で一部外れていた。

もう、後に引くことは出来ない。明日の課題だってしていない、門限だってとっくに過ぎている。

だから、ここで終わりにしなければ、より自分を苦しめることになる。

汗が首筋を伝う、夏の暑さのせいなのか、死への恐怖のせいなのかもう何も分からなかった。全部どうでも良かったのだ。そう自分に言い聞かせた。

ローファーを脱ぎ重たい空気を吸う、目を瞑り一歩づつ前へ踏み出して行く、つま先はもう地面に触れていない。あと一歩これで私は自由になれる。肺いっぱい、じめりとした空気を吸い込んだ。

「危ないよ」

 そんな声が、タバコの煙と共に私の耳を撫でた。途端、スカートの裾を引っ張られる感覚。焦って、振り返ってみると女が、立っていた。金色の長い髪の毛がひらりと靡いて、煙草の煙がふわりと舞い上がり、女が天使のように見えた。            

「驚かせないで、このまま私が体勢崩してここから落ちちゃったらどうするのよ!」     積み上げた死への一歩を簡単に崩されて、無性に腹が立った。喉からは、勝手に叫び声が出る。そんな私を見て彼女は嘲笑するように、目を細めた。

「今、自殺しようとしてたんでしょう?なのに、いざってなったら怖いんだ、根性が無いね。まぁ、人間なんてそんなもんなだ。私もそうだ。あ、タバコ吸う?」

 辛かったね。大丈夫だからね。そんなただ優しいだけの、定型文のような言葉をそっと着せてくれるのだろう。そう思っていた。

でも、彼女は違った。少し棘のある言葉で彼女なりに、私を励まそうとしてくれていた。

なんだか、嬉しかった。   

「私最近ここに入居したばかりで、事故物件にされたら迷惑なんだよね。ほら、幽霊とか信じるタイプだからさ」

 彼女は目尻を下げ、私にそう言い聞かせた。彼女だけは、私の全てを理解してくれる。なぜか分からないがそう思った。

そう思った瞬間、私の目からは涙が流れた。

この水は悲しみのために流れてきたのか、喜びのために流れてきたのか、どちらなのか分からなかった。

「ごめん。泣かせるつもりはなかったんだ。悪かった。」

 彼女は地面にタバコを落とし、スニーカーのかかとで踏みつけ、髪の束を耳にかけた。

「部屋でゆっくり話そうよ」

 そういって、私の腕を強く優しく引いた。屋上の階段を下る。

なんだが、随分と前に見た映画のワンシーンのようで、この瞬間だけは、自分のために地球は回り、草木は靡いているのだ。

なんてら馬鹿らしいことを考えていた。

もう涙は止まっていた。

そういえば、あの時にみた映画の終わり方は確かバットエンドだった。

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