マイエンジェル
☆
第1話 追悼
死刑になった人の墓石は荒らしてもいいのだろうか。
人を殺したと決め付け、その人の存在を否定し、ネット上で袋叩きにしてもいいのだろうか。
世間は上辺の情報を真実と決め付け、安全地帯から石を投げつけてきた。
真実は、私たちしか知らないいくら嘆いても、過去に干渉することはできない。
きっとこの終わり方で正解だった。
ただ、そう盲信したいだけなのかもしれない。もしあの日に戻れるなら私は、あのまま死んでおくべきだった。
そうすれば、あなたも私も幸せを覚えることなく、無駄に苦しまなくて済んだはずだ。
あなたと過ごした日々は二度寝を繰り返す土曜日の昼のように暖かく陽だまりのようだった。今は毎日が月曜日の朝のようで、焦燥感に身体を焦がしながら毎日を死んだように生きている。
あなたがここから去って季節は二度巡った。
やっとギターのFコードをちゃんと抑えられるようになったこと。あなたに伝えたいな。
あの春、庭に植えた人参と名前もない草は小さいけどちゃんと育ったよ。
小さいけれど芽を出して生きようとする姿は、なんだか私達に似ていて、枯れるまで水を沢山やり続けました。
物には適量があって、植物なんかは、沢山育って欲しいからと言って過剰に水をやりすぎると、キャパオーバーになってしまい、根が呼吸できずに酸素不足になり「根腐れ」をおこし枯れてしまうそうです。
一生分の水を1度に貰うと耐えきれなくて、枯れてしまうから、少しずつ時間をかけて、一生分の水をあげることが大切だそうで、
でも、そんなこと知らない私は、がむしゃらに水を与えてすぐに枯らしてしまいました。
それはきっと、私達も植物も同じだったんだと手遅れになった今、思いました。
いつか私も地獄に堕ちてしまうから。その時は空いた隙間を埋めるように土産話を沢山持って行くね。だから待って居てね。
もう、あなたの声の輪郭も、髪の毛の匂いも、この世界から消えてしまった。
でも、まだまだ覚えてるよ。貴方の鼻にかかった歌声も、甘いシャンプーに混ざる苦いタバコの匂いも。
人参の芽を見て
「人参のオレンジ色はどこから来てるんだろうね。」
なんてバカみたいな話を笑いながらしたことも覚えてる。
この部屋はあなたで溢れていた。あなたが脱ぎ捨てたスウェット、並んだ歯ブラシ。その全てがあなたがここに居たことを証明しているみたいで。
いつか、あなたが戻ってきた時のために手放すことがまだ出来ない。
だからこの部屋はあなたが居た時のまま時間が止まって動かない。
谷美佳。
あなたの名前は呪縛のように私にまとわりついている。
あなたの生きた証は、この部屋と、私と庭で育ててすぐ枯れたちっちゃな人参の中に残っている。
あなたを犯罪者だなんて言う人はきっと知らない。
野良猫に傘を差し出す姿も、展開が分かるお涙頂戴なB級映画で泣く純粋な心を持っているところも、
美佳が何をしたのかも、何を守ろうとしたのかも、何も知らない。
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