第8話

 十二月に入ると、町全体が一気にクリスマス色に染まった。

 商店街には赤と緑の飾りが揺れ、カフェからは甘いシナモンの香りが漂う。

 寒さで手がかじかむたびに、季節が確かに進んでいることを思い知らされる。


 そんな中、凛から一言。

「ねえ慎太、前約束したしさクリスマス、一緒に過ごそうよ」

 それは当然のように口にされた言葉で、俺は即座に頷いていた。


 イブの夜。

 待ち合わせ場所の駅前に着いた俺は、吐く息を白くしながら凛を探した。


「慎太ー!」

 手を振って駆け寄ってくる凛は、赤いマフラーに白いコート。

 どこかで見たサンタ帽までちょこんと乗っていて、やけに眩しく見えた。


「……本気で可愛いな、それ」

「なにそれ、口が滑ってない?」

 凛は照れたように笑い、俺の腕を軽く叩く。


 人で賑わうイルミネーション通りを歩く。

 光のアーチ、並木道の電飾、遠くから流れるクリスマスソング。

 すれ違う恋人たちの笑い声に、胸の奥が妙にくすぐったい。


「すごいね……まるでおとぎ話みたい」

 凛の横顔は光に染まり、どこか大人びて見えた。


「慎太、こっち!」

 凛が指差したのは、大きなツリーの前。

 並んで写真を撮るカップルの列に、自然と並ばされる。


「俺たちも撮るのか?」

「うん! せっかくだし」


 ツリーを背景にスマホを構える。

 画面に並んだ俺と凛が、なんだか本当の恋人みたいに見えて――息が詰まる。


「……保存してもいいか?」

「当たり前でしょ」

 凛は笑いながら、俺の腕に自分の腕を絡めてきた。


 イルミネーションを見終え、少し落ち着いたカフェに入った。

 温かいココアが運ばれてきて、指先にじんわり熱が戻る。


「ねえ、慎太」

「ん?」

「プレゼント、用意してきた?」

「……一応な」


 テーブル越しに小さな袋を差し出す。

 中にはシンプルなキーホルダー。

 派手じゃないけど、ずっと使えるように選んだ。


「わ……ありがとう! 大事にする」

 凛は目を輝かせ、すぐに鞄につけて見せてくれる。


「で、俺のは?」

「ふふ、こっち」


 渡された箱を開けると、中にはマフラーが入っていた。

 色は落ち着いたグレーで、俺でもつけやすい。


「……手作り?」

「うん。下手かもだけど、がんばったんだよ」


 言葉を失った俺を見て、凛は少し不安そうに笑う。

「変、かな……」

「……いや。凄く嬉しい最高だ」

 気づけば、声が震えていた。


 帰り道。

 夜空に雪がちらほら舞い始める。

 凛が俺のマフラーを直してくれながら、小さな声で言った。


「……こうして歩いてると、本当に恋人みたいだね」


 その言葉に、また心臓が跳ねる。

 俺も同じことを思っていたから。


 けれど、今ここで「好きだ」と言えば、きっと全部が変わってしまう。

 まだ怖かった。

 この心地よい時間を壊す勇気が、俺にはなかった。


「……そうだな」

 短い言葉でごまかしながら、隣を歩き続ける。


 白い息が交じり合い、雪は少しずつ強くなっていく。

 その夜の光景は、俺の胸にいつまでも焼き付いた。

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