第7話

 十月の終わり。

 商店街はオレンジ色のかぼちゃやコウモリの飾りで埋め尽くされ、仮装した子どもたちが「トリック・オア・トリート!」と声を上げながら走り回っていた。

 今年は町ぐるみでハロウィンイベントをやるらしく、俺と凛も「せっかくだから見に行こう」という話になった。


「ほら、慎太も早く。出遅れるよ!」

 玄関先に現れた凛を見て、思わず言葉を失った。


 魔女の帽子に黒のワンピース、腰には小さなほうきを差している。

 派手すぎないけれど、逆に凛の雰囲気にぴったりだった。


「ど、どう……?」

「……駄目だろ、それ」

「駄目ってなに!」

「似合いすぎてるってことだよ」

 慌てて付け足すと、驚いたような顔をしたのち凛は小さく笑って「ありがと」と呟いた。


 商店街に着くと、屋台やゲームコーナーが並び、まるでお祭りのような熱気だった。

 子どもたちが配られるお菓子に目を輝かせ、学生たちは思い思いの仮装で写真を撮り合っている。


「慎太は仮装しないの?」

「俺がやっても浮くだろ」

「つまんないなぁ。ほら、これ」


 そう言って凛が差し出してきたのは、黒猫のカチューシャ。

「……冗談だろ」

「いいから! 似合うから!」

 強引につけられ、俺は観念した。

 その瞬間、通りすがりの子どもに「魔女と黒猫の使い魔!」と笑われてしまう。


「……これ恥ずかしい」

「でも、可愛い」

 凛がクスクス笑う。

 その笑顔に、悔しいけれど少し救われる。


 イベントの目玉は「ハロウィンスタンプラリー」だった。

 指定された店を回ってスタンプを集めると、お菓子詰め合わせがもらえるという。


「行こうよ!」

「子ども用じゃないのか?」

「大人も参加できるって書いてあるし!」


 結局、凛に押し切られ、俺たちは町を巡ることになった。

 アイス屋、雑貨屋、書店……。スタンプを押すたびに、凛のテンションはどんどん上がっていく。


「やったー! あと一個だ!」

「ほんと元気だな」

「こういうの、楽しいじゃん」


 俺もつられて笑っていた。


 最後のスタンプを押し終えたとき、景品交換所でもらったのは大きなかぼちゃ型の袋いっぱいのお菓子。

 凛は嬉しそうにそれを抱え込む。


「こんなにどうするんだよ」

「分けっこするに決まってるでしょ」


 そう言って、彼女はチョコを一つ取り出し、俺に差し出した。


「はい、あーん」

「……いや、自分で食べる」

「ダメ。ハロウィンだから特別!」


 渋々口を開けると、凛がにやっと笑ってチョコを放り込む。

 甘さと一緒に、妙な照れくささが広がった。


 帰り道。

 商店街の灯りが少しずつ消えていき、人通りも減ってきた。

 凛は袋を抱えながら、小さな声で言った。


「……こうして歩くの、なんかデートみたいだね」


 心臓が大きく跳ねた。

 思わず横を見ると、凛は前を向いたまま、耳まで赤くしている。


「……そうだな」

 短く答えるのが精一杯だった。


 その沈黙を破るように、凛が続ける。

「ねえ慎太。次は、クリスマスも一緒に行こうよ」


「……ああ」

 自然に答えが出た。

 それが約束のように胸に刻まれる。


 夜空を見上げると、薄い三日月が浮かんでいた。

 オレンジ色の街灯に照らされる横顔が、どこか魔法にかかったみたいに見えた。

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