第6話
そして、日が経ち文化祭の朝。
校門前から人だかりができていて、普段は静かな校舎がまるで遊園地のような賑わいを見せていた。
俺たちのクラスはメイド喫茶をやることになり、凛は当然のようにメイド服を着ていた。
「いらっしゃいませ、ご主人様!」
完璧な笑顔に、来場者たちが一斉にスマホを向ける。
普段から人気者の彼女だけど、今日はもう“クラスのアイドル”どころじゃない。
体育館にでも出したら、そのままミスコンなんかで優勝できるんじゃないかってくらいに似合っていた。
「慎太、どう? 似合ってる?」
準備の合間に近づいてきた凛が、少しだけ裾を持ち上げて小さく回る。
その仕草に周囲の男子が「やば……」と息をのんだ。
「……似合ってるよ。」
出たのはそんな言葉だけ。
凛は笑いながら「ありがと」と返し、また客席へと戻っていった。
昼を過ぎた頃、客足も落ち着いた。
そのタイミングで橘が声をかけてきた。
「藤宮さん、このあと一緒に回らない? 屋台も結構出てるし」
「えっ……」
凛は一瞬、俺の方を見た。
だが俺は何も言えなかった。
“俺が口を挟む立場じゃない”――そう思って、唇を噛む。
「……ごめん、ちょっとやることあるから」
「そっか。じゃあまた」
橘は気にした様子もなく去っていった。
けれど残された俺の胸は、妙にざわついていた。
夕方。
文化祭のクライマックスとして体育館でステージ発表がある。
だけど、人混みに疲れたのか、凛は裏庭に抜け出していた。
「お疲れ」
「……慎太。見つかっちゃった」
ベンチに腰かける凛は、アイドルの顔ではなく、幼馴染の顔をしていた。
「さっきの……橘のこと、気にしてる?」
勇気を出して聞いてみると、凛は少し笑って肩をすくめた。
「んー……ちょっとだけ。慎太が何も言わないから」
「俺には言う権利ないって思ったんだよ」
「あるよ」
まっすぐに言い切る彼女の瞳に、心臓が跳ねた。
「だって、慎太は……私の一番近くにいるんだから」
その言葉が、妙に重く、そして嬉しかった。
けれど「好き」という決定的な言葉には至らない。
踏み出す勇気は、まだ足りなかった。
暗くなりはじめた校舎の窓から、花火の音が響いた。
文化祭のフィナーレを告げる合図だ。
俺と凛は並んで立ち上がり、夜空に広がる花火を見上げる。
肩がかすかに触れる。
手を伸ばせば触れられる距離なのに、互いにほんの数センチだけ踏み出せずにいた。
「ねえ、慎太」
「ん?」
「来年も、一緒に文化祭やろうね」
それは、まるで約束のように響いた。
俺は短く頷くだけで精一杯だった。
花火の光に照らされた彼女の横顔が、やけに遠く、でも同時にすごく近く感じられた。
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