第17話 デンの贈り物②

 デンはあの露天商で髪留めを見つけた時のことを思い出していた。


―――お客さん。誰かにプレゼント?この髪留めの花はね、ずーっと南にある森に咲く朱雀の羽フレイムバードて言われる花をモチーフに作ったものなの……ものなの……のなの……なの……なの……の……の……――――


 そう、何を隠そう、デンは朱雀の羽フレイムバードをチヨにプレゼントするのだ。


 チヨのためデンは真夜中、南に向かって真っすぐ走る。

 そのスピードたるや、馬や走竜の比ではない。月明かりに照らされた草原を音を置き去りにデンが走り抜ける。

 と思ったら急ブレーキ。


「いったいどこに森はあるんじゃーー!?」


 野を越え山を越え、湖も走り抜けた。だが、いつになっても森は見えてこない。

 あたりはだだっ広い平原。夜闇ではあるが、月明かりと、馬鹿げたデンの視力をもってしてもあたり一面何もない。


 その時すうっと生暖かな風がデンの鼻腔をくすぐる。


 クン……クンクン……


「さっ、酒じゃ!!」


 クンクン……クンクン……クンクン……


 デンは犬のように四つん這いになって、酒のありかを探し回る。

 おそらく酒の持ち主の痕跡をたどっているのだろう、右に左にブレながらも、なだらかな丘を越え、小川を過ぎ、大きな一本の木にたどり着く。


 その木の下に大きな瓢箪ひょうたんから酒をチビりチビりと小さな盃に入れて飲んでいる立派な髭のドワーフが一人。

 旅の者なのか、横には身の丈ほどの大きなリュックを置き、灯りは小さなランタンのみである。


 ドワーフの男はデンに気付く。


「めずらしいなぁ、こんな辺鄙へんぴなところに客人がきたわい。ヒック……お前さんは幽霊かバケモンの類かいの?」


「ガハハハ!何アホぬかしとる!ワシはデンいう男じゃ!こんなとこで一人晩酌とは寂しいのお。ワシが付き合っちゃる」


 デンは相手の了解も取らずドワーフの男の目の前にドカリと座る。


「カッカッカ!一人も飽いたとこだ。付き合ってもらおうか」


 デンに自分の使っていた盃を渡すと、瓢箪からトプトプと酒を注ぐ。


「うぉぉっとっとぉ。じゃ、ご相伴預からせてもらおうかいの……ゴクッゴクッ……カーーーーッ!こりゃあ、効くのぉ」


「カッカッカ、そうだろ?オイが作った特製の酒だあ!!そんじょそこらのガキが飲むもんとはわけが違うぜぇ。ほれ、もう一杯」


 瓢箪の口をデンの方に傾けると、デンが盃でそれを受ける。


「なんじゃ、あんた酒作れるのか?」


 盃に入った酒をあおる。


「あたぼうよ!聞いて驚け!世界一の酒造り、ドンドルド様たぁ、オイのことよお」


「おお!!ドンドルド!?あのドンドルド酒造の?ワシいっつも世話になっとる。ガハハハ!」


 ドンドルド酒造。安価な火精霊の舌イフリートタンから一瓶10万ナグルもする大吟醸「裸一貫」など、兎に角ありえないほどのアルコール度数を誇る酒を開発しつづける酒造だ。


「ほいじゃ、いつも世話んなっとる礼じゃ。返杯」


 飲んだ杯をドワーフに返して、酒を注ぐ。並々と注がれた酒をドンドルドは一気に煽り、髭に付いた酒を腕でぬぐう。


「ヒックッ!いやあ、我ながら良い仕事だ。ほれ」


 またも盃が返され、酒が注がれる。


「ガハハハハ!悪いな。ゴクゴクッ。んっあー、うまいっ!ところで酒屋が何でこんなとこにおるんじゃ?」


「酒の材料探して旅の途中よ。このあたりに生えとる木の根から取れる汁を原料に酒つくれんか思ってな。それを採取してきた帰りよ」


 そう言ってドンドルドはリュックを指差す。


「木の汁う?なんちゅ、けったいなもんで酒作るんじゃの」


「カッカッカッ!何事も知ってみりゃ、そんなもんよ。火精霊のイフリートタンなんぞ『燃えるションベン』言われるクッサイ水から作っとるしな」


 ションベンはドンドルドが勝手に言っているだけで、本当は地下深くにある特殊な魔石が溶け出した水がその正体である。

 しかし、デンはドンドルドの言葉をまっすぐ受け止める。


「ガハハハハ!ありゃ、原料はションベンかい?そりゃ、不味いはずじゃ」


「ガハハハハ」「カッカッカ」


 一瞬で意気投合する酒好きの二人。


「それより、あんたは?こんな夜更けにめずらしい」


「ワシ?ワシはアルトムいう街から珍しい花を探してここまで来たんじゃ、知らんか?」


 ドンドルドは、アルトムからと聞いて目を見開く。


「アルトムゥ!?ずいぶん遠くから来たもんだ。なんじゃ、あの街にゃナントカ言うどえらい強い男がおるんだってな?」


 ドンドルドが言う男の事とは間違いなくデンである。しかし、ただの酒飲み仲間という関係を壊したくないデンはシラを着ることにした。


「ほうなんか……ワシ知らん。それより花じゃ!ワシ今迷子になっとるんじゃ」


 迷子は酒を飲んだりはしないだろう。この会話の間二人はずっと交互に酒を飲み続けていた。

 ドンドルドは「花、花、花ぁ……」と自慢の髭を撫でながら思案する。


「ん~…ヒック!珍しい花かぁ……あれか?もしかしてだか言う赤い花か?」


「おお、ほれじゃ、ほれ!じゃ!なんでもえらい綺麗な花らしいからなあ!ワシ娘に見せてやろう思おとるんじゃ」


「娘のためにぃ?なんちゅ殊勝な男だあ。オイにゃ36人の子供がおるが、一度もそんなことしたことないわ!カッカッカッ!!」


「36ぅ!!そんな子供おって、こんなとこウロウロしとってええんか?」


「ええんじゃ。オイはこれに人生を捧げとる」


 そう言って誇らしげに瓢箪を叩く。


「それにガキなぞ、カカァがおりゃ勝手に大きくなるもんよ」


 それを聞いて、デンの心はチクリと痛む。


「ほうかぁ……ほうよな。……まぁ、ワシはワシの好きなようにやったるわいっ!まずは花じゃ!ドンドルド、そのふれーむばーど言う花はどこに咲いとんじゃ?」


「たしか、ここをあっちに7ヘトほど進んだ先にある森に咲いとったかな?しかし、あの花、森から出たら枯れちまうぞ」


「まぁ、どうにかなるじゃろ!?ガハハハハ」


「カーッカッカッカ!何事もやってみりゃ、どうにかなるわなぁ!!」


 出来上がった二人の笑い声は空が白み始めるまで草原にこだまするのだった。





「グガー……グゴゴー……」


 完全に日が上り草原の草には朝露がきらめく。大きな角を王冠のように掲げた草原大鹿がここは自分の縄張りだ、どけろ、と鼻先でデンを押す。


「なんじゃあ、ババア。臭い息ワシにかけるなぁ……」


 寝ぼけたデンはイズナルアが起こしに来たものだと思い大鹿の鼻先を払い除ける。

 怒った大鹿が角でデンに突き立てた。


 ズン!!


 デンはそのまま転がって木の幹にしこたま体をぶつける。


「あいてっ!何すんじゃ!!……んん?」


 目を開ければ見知った場所ではない。しばらく考え「ほうじゃ!」と頭が冴え出す。


「なんじゃ、お前の場所かい」


 目の前にいる大鹿の胴体をポンと叩いて、場所を譲る。

 辺りをみわたせば、すでにドンドルドは旅だったようで姿は見えない。


「さっ、ワシも行くかいのお」


 デンはドンドルドに教えられた方角へ走り出した。


 言われた通り7ヘトほどで大きな森に出会う。

 ここは精霊住まう神聖な『常世とこよの森』。言うまでもなくデンはそんなことは、知るよしもなく、森に足を踏み入れる。


 そこは神域ともいえる厳かな雰囲気ただよう森であった。

 神宿る森の木々たち。朝の木漏れ日が、若葉を青々と照らす。

 むせ返るような土の匂いと動植物のざわめきがデンを包み込む。


 ズブッ、ズブッと歩くたびに苔に足が沈む。

 羽虫のような若い精霊がデンにまとわりつく。それを振り払おうと手を振るが、精霊はうつつ常世とこよの狭間に生きており、振れることはできない。


「花はどこじゃいなぁ~♪チヨに見せちゃる花ちゃんよ~♪赤い花じゃ~♪」


 暢気に歌いながら森を行くデン。デンの後ろを音もなく付けてくる者がいる。

 それはデンと同じように歩くのだが、その足は苔に沈むことなく、足音すらしない。

 羽虫のような精霊と戯れ、踊るようですらある。

 

 その姿は、深緑のワンピースを着た女の子。背丈はチヨと同じくらい。

 これまた緑の髪を肩ほどで切り揃え、額のちょうど真ん中に深紅の宝石が埋め込まれている。

 彼女、いや、この存在は森の上位精霊であるシルヴァ。


「       」


 イタズラげに笑うシルヴァ。ちょちょいと人差し指を地面に向けると、大きな蔦が蛇のようにデンの足に絡み付く。


 ブチブチブチ。


 絡み付く蔦もデンにかかれば蜘蛛の糸と変わらない。なんなく引きちぎられる。


「     」


 シルヴァは面白くないと、今度は人指し指をシュッと横に流す。

 すると今度は太く大きな木がデンの方に傾き倒れてくる。

 デンはそれを片手で受け止め、ドスンと地面に埋め直す。


「     !!」


 悔しそうに顔を歪める。今度は両手を持ち上げ振り下ろそうとした時。


「そろそろやめい!ワシ子供いじめるの好かん」


 デンがシルヴァの目の前に顔を寄せる。


「!!」


 シルヴァは驚き、尻餅をついてしまう。


「そげ驚かんでええじゃろ?お前、精霊かい?」


 その質問に答えるように、口をパクパク開くがシルヴァの声は聴こえない。


「はよ、顕現けんげんせい。らちが明かんわ」


 そう言われるとシルヴァは、ニヤッと笑って地面に落ちた緑の木の葉に飛び込む。


 ボフン。


 一瞬で木の葉に埋まるシルヴァ。


「じゃっじゃーーん!!」バサッ!!


 木の葉を撒き散らし、シルヴァが飛び出してくる。先程とは違い声が聞こえる。

 落ちた木の葉を媒体にシルヴァは、うつつへと顕現したのだ。


 つづく

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