第16話 デンの贈り物①
「デン、くさい」
「デン、じゃま」
「デンがいると家がせまくなるわ」
「……はぁ」
ここ数日チヨの機嫌が悪い。
家でデンの姿を見ようものならチヨの口から出るわ出るわ悪口のオンパレード。
今日も学校から帰ってきてデンを見ると、まず溜め息をついた。
いくらチヨ大好きのデンと言えど我慢の限界が訪れる。
「なんじゃあ!!ワシなんか悪いことしたかぁ!?」
「おおきなこえ出さないでよ。うるさいし、つばがとぶわ。はぁ……きたない」
本日何度目かわからない溜め息がチヨの口から漏れる。
いつもチヨに注意はされるが、ここまで刺々しいことは珍しい。
「んー!!!ワシっ、家出する」
「あっそ。どうせいつもいないじゃない。すきにすれば」
チヨは疲れているのか興味なさそうにゴロリと横になる。
「なんじゃ?心配してくれんのか?」
「するわけないじゃない」
デンの方をこれっぽち見ようともしない。
「うおーん!!チヨのばかたれーー!!」
ドタドタドタッ!階段を大きな足音を立てておりてゆく。今のチヨには、それさえ
「――!?」
「うるさい、ババァ!ワシは家出するんじゃ!!」
どうやら階段下でイズナルアに出くわしたらしい。何度か会話をかわすと――
ガラガラ。ピシャッ!!っと表の戸が閉まる音がきこえた。
ギシッ、ギシッ、ギシッ……
(この足音はおばあちゃんだ……)
(いまは、だれとも話ししたくないのにな……)
チヨは目を閉じ暗闇の中に逃げ込んだ。
――――――――――
「っちゅうわけじゃ!!泊めてくれ!」
「ムリだって!うち朝から仕事あるし。それに
デンはパン屋へ来ていた。店の主人であるトトはデンが突然店に入ってくるなり、泊めてくれと頼み込まれ困り果てていた。
「あんたぁ、どうしたの?」
トトの奥さんでありパン屋の女将ネネが奥から現れる。
「デンちゃん、家出してきたんだってさ」
「それで、泊めてくれって?」
すぐに何事かを察し女将は、デンを見る。その顔には申し訳なさや、恐縮の表情は一切いない。
「ほうじゃ!!」
なんなら、胸まではって誇らしげですらある。
「デンちゃん、チヨちゃんとケンカでもしたの?」
まるで、子供を相手するかのようにネネは優しくデンに尋ねてみる。
「ワシ、チヨとはケンカせん!……でも、最近、チヨがワシに突っかかってくるんじゃ。このまま家におったらワシ、チヨに……チヨに怒ってしまいそうじゃ」
いつも笑っているデンの顔に暗い影が落ち、泣きそうに口を真一文字に結ぶ。
世界最強の面影なんてあったもんじゃない。それを見てネネは笑う。
「アッハッハッ!デンちゃんも可愛いとこあるのねぇ。今日一日だけなら泊めてあげるわ!」
いいわよね?と夫のトトを見る。トトは「仕方がない」と肩をすくめてみせた。
「うち狭いから暴れないでよ、デンちゃん」
「暴れん暴れん!!ワシ大人しくしとる!ガハハハハ!恩に着るぞ、パン屋あ」
了解を得ればこっちのものとズンズン奥へ入っていく。店舗から厨房、さらに続く。その奥と二階が住居スペースとなっているようだ。
一階のリビング・ダイニングでは、食事中だったようで、ダイニングテーブルの上には食べかけの夕食が並べられていた。
「うまそうじゃ」
ヒョイ、パクッ!
許可も取らずつまみ食い。それを見てトトとネネは苦笑い。
「あぶっ、あぶぶっ」
絨毯に毛布が敷かれ
「おーおー、かわええのぉ」
デンは赤ちゃんをヒョイっと持ち上げる。
「うおっ!!」
トトは赤ちゃんが心配になり思わず身を乗り出す。
そんな心配露知らず、デンは慣れた手つきで赤ちゃんと遊び始める。
「あーぶぶぶぶぅ」
デンはアリーの目の前で変顔をしてみせると「キャッキャッ!」とアリーが笑う。
「上手ねえ」
ネネがトトの横にならんでデンとアリーを見る。トトもホッと胸を撫で下ろし微笑ましげに二人を見る。
デンは、アリーを高い高いをしながらトト達に話をする。
「当たり前じゃ。ワシがチヨを育てたんじゃ。あんたらよりベテランじゃ!ガハハハ!」
「きゃーっ!キャッキャッ!」
浮遊感が楽しいのかアリーは大喜び。二人はアリーをデンに任せると食事に戻った。
「おーかわええのお。おまえはチヨの次にカワエエのぉ」
「ブフッ」
二人は可笑しくてご飯を吹き出しそうにる。どこにいてもデンはチヨが一番なようだ。
「デンちゃん、あんなにチヨちゃん可愛がってるのに少しかわいそうだな……」
トトがフォークを持ちながらポツリと呟いた。
「あなたもすぐにそうなるわよ。女の子なんだもの」
二人の会話が聴こえていたのか、デンがネネに疑問をぶつける。
「やっぱり、女の子はそういうもんかい?」
「ええ、父親が
それを聞いて、デンはアリーを抱えたままゴロリと仰向けに寝る。そのままの体勢でアリーを上に抱え上げ鳥のポーズ。横にブラブラ。
「お前は父ちゃんを嫌うんじゃねえぞお」
「キャッ!キャキャ!アブゥ……」
上からアリーのヨダレが垂れてくる。それをデンのシャツが受け止めシミになっていく。しかし、デンはそんなこと気にしない。
「ガハハハ!ほうかほうか!!トトお、アリーが父ちゃんの口が臭いと言うとるぞ。嫌われるのも間近じゃの」
「アリーがそんなこと言うわけないだろ!!」
「アハハハ!!」
この日の夕食はデンのお陰でいつも以上に笑いの耐えないものとなった。
食べ終わった食器は、厨房でネネが洗う。その間、トトはアリーの面倒をみる。
デンはというと厨房とリビングの境に座り、ネネをぼんやりと見ている。
「どうしたの?」
ネネがデンの方を見ることなく尋ねる。
「ん?おぉ……」
デンにしては歯切れが悪い。何かを言い淀む。
「フフフ、デンちゃんらしくないわね。言ってみなさいよ」
「……あのよお、やっぱり母ちゃんってのはエエもんかね?チヨも母ちゃんほしいんかね?」
ポツリと
丸まった背中はちっとも世界最強の面影はない。そにいるのはただの悩む父親の姿であった。
ネネは、食器を洗い終わり、パッパと手に付いた水気をふるい落とす。そして、エプロンで手を拭きながらデンと向き合う。
「そーねぇ……私にはお母さんがいたからね。それに私も母親になっちゃったし。だから、いない方が良いなんて言えない。でもね、私はデンちゃんみたいなお父さんが一緒にいてくれたら嬉しいと思うわ」
「ほうかね?」
「ええ。もちろん!」
バシンッ!ネネが丸まったデンの背中を思いっきり強く叩く。
「世界最強なんでしょ!?自信もって父ちゃんしなさい!!」
その一発で気合いが入ったのか、いつものデンに戻る。
「ガハハハハ!!ほうじゃほうじゃ!ワシ強いんじゃった!!こんな事でクヨクヨしとってもしゃあないの!」
立ち上がって高らかに笑う。成り行きを離れた場所からアリーと見ていたトトの顔にも笑顔が戻る。
「その意気よ!ここは一つ、チヨちゃんにでっかいプレゼントの一つでもして機嫌取ってみたら?女の子は何歳でもサプライズは好きなのよ」
「しっかしのぉ……この前、露天でチヨに何か買ってやろう思ったんじゃが、いらん言われたんじゃ」
胸の前腕を組み、悩むデン。
「なにをそんな事でめげてるの!そんなありきたりな物じゃなくて、デンちゃんだけがあげられる何かをプレゼントしなきゃ!」
「ワシだけがチヨにやれる…………」
デンは目を閉じ、静かになる。しばらくそのまま。
悩んでいるのか眠っているのか分からない。
ネネは恐る恐るその顔を覗き込んでみる。
ガバッ!!
「ほうじゃっっ!!!!」
「うわっ!びっくりした」
突然大声を出して目を見開く。
「ワシ、エエこと思い付いた!こうしちゃおれん!」
そう言うとデンは店の出口へと向かう。
「で、デンちゃん?今から出るの?外暗いわよ?」
「ガハハハ!ワシ良いこと思いついたんじゃ!!じっとしとられんわ!世話になったな」
カランカラン……
ドアベルがデンが扉を開けたこと告げる。
「あーあ、行っちゃった」
アリーを抱いて、トトも厨房までやってきていた。
「嵐のような人ね……」
「デンちゃんだもん。ハハハ」
「キャキャキャッ」
親子三人でデンの出て行った扉を見て笑う。
ガチャ!カランカラ~ン。
おもむろに扉が開くと、出て行ったはずのデンが扉から顔だけ出してトトを見る。
「トト、お前の母ちゃん良い女だな!ガハハハ!!」
「まあ!!」
「デンちゃんっ!!ネネは渡さないぞ」
「ガハハハハハハ!!!チヨがおるからいらんわいっ!」
バタンッ!!
大きな笑い声だけ残して今度こそデンは出て行った。
つづく
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