第3話 異質な事件と異端者

 「さて…、ここからが本題ですが」


 綺羅はそういって話を元に戻すことにした。


 「今回の行方不明事件は発生からだいぶ時間が経過しています。その割にはなんの手掛かりも得られていない状態。行方をくらました彼らの私生活には何の問題も浮かび上がらなかった。いじめや不登校といった外部的な影響によって起因きいんする事象があった訳でもなく、怪しい組織との関わりなど事件性に繋がるようなものも一切なし。つまりは痕跡こんせきを辿れる情報も足取りも一切なく、警察も頭を悩ませている状態。捜索はかなり難航なんこうしているのが実情じつじょうです」


 「それは言われなくても、おおよそ分かる」


 「ええ。これはあくまで現実的な話です。ですがもし、誰も想像しえないような非現実的な事象が絡んでいた場合だとしたらどうします?」


 「なにが言いたい?」


 「量子的飛躍りょうしてきひやく…。それは万人に備わった現象。もしも1人、あるいは複数人の一般人がこの現象を引き起こし、超常現象に匹敵するほどの強大な力で行方不明者をさらったとすれば、それは一般人が解決できないレベルになります」


 「フン! それは大変なこったな!」


 何度目かの嘲笑ちょうしょうを浮かべながら、士季は続けて


 「それで? 具体的に元凶はどうやって被害者を拉致したというんだ? さっき言った量子的なんちゃらで仮想空間を創り出して監禁したとでも言うのかよ?」


 「さすが、士季。ご名答」


 「な!?」


 まさか当てずっぽうで言った解答が的中したとは思ってもみなかった。

 ヤマ勘で答案用紙を記入して偶然にも志望校に合格した受験生のような表情で士季は硬直した。

 考えもしなかった奇天烈きてれつな発想に絶句する。こんな子供染みた言い分、なかばやけくそになっているとしか言いようがない。支離滅裂しりめつれつな綺羅の言葉に、士季はこれ以上つき合いきれそうになかった。


 「さきほどの瓦礫を持ち上げた少年のように、現実には起こりえない事象を引き起こせたという話があるならば、1人の人間によって仮想空間を創り出すことだってできるはずです」


 綺羅は未だ笑みを浮かべたままだった。さきほどから、どう考えても笑みを浮かべながら話すような内容ではない。なにがそんなに可笑おかしいのか、彼にとっての喜悦きえつというのは想像すれば不安をあおられるようなものだった。額に汗をかきながら士季は対面にいる綺羅を凝視ぎょうしする。


 「根拠は?」


 「さきほども言いましたが、警察や自治体が血眼ちまなこになって探しているのに、被害者の足取りが一切見つからないのは不自然だからです」


 「こんな荒唐無稽こうとうむけいな話を『はい、そうですか』と易々やすやす、肯定できる訳がない!」


 「脈絡みゃくらくもなく失踪したとしても、それ以前の行動や目撃情報があっても良いはずです。人間はそんなに単純ではありません。失踪するなら失踪するで、それを匂わせるような言動を少なからず周囲の人間に対して取るようなものでしょう。水が蒸発したように霧散むさんしてしまうのは不自然としか言いようがない」


 綺羅はようやく、士季の方を向いて睨み返す。


 「ですがもし、異空間に閉じ込められたという非現実的な事件だった場合は幾らでも説明がつくとは思いませんか?」


 「そんなピントの外れた少年漫画のような展開があってたまるかよ!」


 「それが本当だとしたらどうします?」


 「一般人にそんなことが出来るはずがない!」


 「そうでしょうか? 我々にもという法外な奇跡が宿っているではありませんか?」


 「!?」


 それを聞いた瞬間、士季は氷ついてしまった。今までの、ほとぼりが一瞬で冷めるように場内は沈黙と化す。反駁はんばくを重ねようとしたが、これを言われては言い返すことなど出来ない。なにか禁忌きんきに触れてしまったような気まずい空気が2人の間に流れていた。


 「士季、君はこの日常に溶け込み過ぎてしまいましたね」


 微笑みを維持したまま、今までとは違う、どこか憔悴しょうすいしきった様子で綺羅は静かに口を開いた。

 忘れていた。

 今まで、このに順応しすぎて、自分自身が普通からかけ離れた存在であったことを。一般人には持ちえない、人智を超えた能力を士季自分たちは持っているのだと…。だとすれば、今までデタラメだと一蹴いっしゅうしてきた綺羅の非現実的な話も、自分という異端者いたんしゃを通してみればすじが通っている。自分自身が非現実的な存在であるにも関わらず、非現実的な事柄ことがらを否定するという矛盾むじゅん


 綺羅がずっと笑みを浮かべていた理由はそれだったのだ。


 「我々は異端者です。士季、君は普通からかけ離れた存在であることを、まずは再認識しなければなりません。この事件を解決できるのは異端者である俺たちなのですよ」


 夕暮れの生徒会室。窓から入ってくる風は、さきほどまでほどよい冷風であったはず。今は身体にまとわりつくほど濃厚で、生ぬるく、気持ちが悪かった。どうやら、しばらく帰路きろにつけそうにない。

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