第4話 事件現場

 我々が居住しているこの一般社会は果たして普遍的な構造をしているものなのであろうか?

 人間はどう頑張っても人間であり、アニメやSF映画のような非現実的な事象、あるいわ超能力といったものを持っている人間がいないという確証は100%証明できないとはいえない。普段、見ている光景や人々の中には世にいう『普通』というものからかけ離れた能力を有する存在がいることは漠然ばくぜんとだが万人ばんにんに備わった感覚といえよう。

 人間は見たままの部分でしか判断が出来ない。対象となる人物の背景や出生しゅっせいといったものを全て理解した上で生きている人間など探す方が難しい。

 水面下ではあらゆる事象で溢れており、その中には非現実的な事柄も含まれる。

 たとえばそう、現在、普遍的な高等学校の生徒会室で談合に興じている士季と綺羅もその内に含まれるであろう。一見、ごく普通な男子高生に見えなくもないがそれは目に見える範囲での形であって、目視できぬ範囲では異能と呼べるものを備えている可能性さえもある。


 —その知識を前提とした上で綺羅の説明を受けることが今の士季にとって必要だった。それくらいこの男綺羅の言うことは唐突であり、自分自身も普通からかけ離れた異端な人物であることを否応なく再認識しなければならないからだ。


 「この写真を見て下さい」


 唐突に綺羅から渡された資料の束。A4用紙で統一された、その上にはプリント写真があった。どこかの自然公園だろうか?

 レンガ道の道路と鬱蒼うっそうと生い茂った木々。かたわらには石造りのベンチ。それだけなら特段珍しい光景ではない。日本全国、どこにでも見られるような公園の中に敷設ふせつされた遊歩道ゆうほどうといったところであろう。

 しかし、写真中央に映し出されたものが不可解である。

 カメラのノイズにしてはあまりにも形態けいたいがハッキリしている。それが何を表すものなのかは分からずとも、そこに映し出されたものが非現実的な何がしかの物体であることは明白だ。弱冠、ピンボケしているもののそれはある種、動いているものを瞬間的にとらえた写真のようにも見えなくはなかった。それを理解しようとしているのか、理解に苦しんでいるのか曖昧あいまいな表情で士季は写真を凝視ぎょうししていた。


 「それは閉鎖空間へいさくうかんです。写真に写っているのは犯行現場からわずかに露出ろしゅつした空間の断片だんぺんですよ」


 士季が口を開く前に綺羅が呆気なくその正体をばらした。


 「この写真どうしたんだよ?」


 「ええ、燐斗りんとくんに撮ってもらいました。面白そうなことなら何でも引き受けてくれますからね、彼」


 「そういうことを聞いているんじゃない」


 着目すべきは不可解なそれについてだ。


 「光原こうはら運動公園。1970年代の高度成長期に竣工しゅんこうした都市公園の1つ。16ヘクタールもの面積をもつ広大な敷地と、数多くの競技が行えるように築造ちくぞうされたスポーツ施設は市民の集まりの場として長年愛されています。この街を代表する、言わばシンボル的な存在でもありますね」


 「そんなことは分かっているよ!」


 無論、この地域に居住している士季も公園のことは知っている。人通りが多く、平日であろうと休日であろうと人で混雑している盛況ぶりは地域住民であるならば全員、知っていることである。綺羅は「そうでしたね」と皮肉ひにくめかした笑いに口元をゆがめて続ける。


 「今回の事件現場はそこにあるとにらんでいました。行方不明事件が起きてからというもの、公園を基点きてんとして異質な霊脈れいみゃくが集中しています」


 綺羅はそう言って、写真に写っている“それ”を指しながら


 「ある地点に到達すると閉鎖空間が現れた。空間全体ではなく一部分しか撮影できなかったのは残念でしたが、おそらく空間が出現した瞬間を捉えたのでしょう。彼の身を案ずれば仕方のないことです。すぐに逃げたと言っておりました」


 『そんな理由で親友を危険な現場に向かわせたのか』と自分の兄をドン引きの目で見る士季であった。最悪、空間に飲み込まれる恐れだってある。


 「お前、最低だな」


 「否定はしません」


 綺羅の鬼畜きちく振りに溜息をらしながら、士季は写真に目を移した。


 「この空間が、行方不明者を飲み込んだという訳か」


 「そう解釈するのが妥当でしょう」


 「なんとまあ…」


 綺羅から聞かされた、荒唐無稽こうとうむけいな考えはこういった形で具現化ぐげんかを果たしていたとは思わなかった。

 士季は頭を抱えながら、よろめく。

 放課後になって、まだ1時間も経過していないにも関わらず、士季の疲労は限界点に達していた。色々な話が頭に入り過ぎてパンク寸前といったところであろう。そんな士季とは相反あいはんし、沈着冷静ちんちゃくれいせいに説明を続ける綺羅が、毛ほどの憔悴しょうすいうかがわせずにいる以上、話に付き合わなくてならない。


 「事件現場が分かった以上、あとは簡単です。現地におもむき霊脈を辿っていきさえすれば当該とうがいの閉鎖空間にあたるでしょう。ここまでくることが出来たのは、燐斗くんの協力あってこそです」


 取って付けたような称賛には反応しない。士季は、もう一度写真を見る。「あいつ、写真のセンスねぇな…。ブレブレじゃないか。これでどうやって空間の霊脈を辿れって言うんだよ?」


 「いえいえ。彼はよく頑張ってくれた方ですよ。本来ならフィルムに収まるはずのない異空間を撮影出来たのです。随分苦心したと言っておりました」


 「だったらお前が行けば良かっただろうがよ。わざわざ他人を巻き込むな」


 「もっともな意見ですが棄却ききゃくしますよ、士季」


 士季の硬い表情を茶化すかのように、綺羅は失笑しっしょうした。


 (もういい…)


 おそらく綺羅は水面下で事件の調査をしているであろう。

 いくら綺羅でも考えなしに、親友を易々やすやすと危険な現場に向かわせるといった冷酷れいこくな判断はしないはずだ。綺羅の想定は一歩も二歩も先にいっている。だが、それを踏まえて考えてみると、ある疑問が浮かび上がった。


 (こんな人でごった返している場所で、白昼堂々はくちゅうどうどうと被害者を拉致するとは考えにくい)


 士季の思惑おもわくは当然である。考えるまでもなく、現実的に考えて大衆の面前で犯行を行うなど自滅行為に等しい狼藉ろうぜきだ。


 「犯人もバカじゃないだろう? バレていたら今ごろ未曽有みぞうの大ニュースになっているだろうよ」


 能力者であれば分かる暗黙のルール。


 “なべて能力は秘匿ひとくされるべし”


 かく言う、士季と綺羅も能力者である。

 幼少の頃より唐突に宿った能力。

 この双子の兄弟士季と綺羅にとって異能とは、生まれ持った呪いのようなものである。今まで一般社会に決して露呈ろていさせることなく隠匿いんとくし続けたこの能力は確かに綺羅の言うように否定することは出来ない現実。だからこそ、士季たちは一般人にふんしたかたちで日常生活を過ごしてきた。能力者はみずからの能力を秘匿せんとするのが共通の理念である。


 いくら正気を失ったであろう魔性染ましょうじみた犯人も、能力が使える点でいえば、このことはわきまえているはずである。今日こんにちに至るまで、犯行が世間に露呈ろていしなかったのが、その証明だ。


 綺羅はかぶりを振って、真顔で答える。


 「いくら混雑としている場所であっても、穴場はありますよ。誰も寄り付かない通りが1つ」


 「それが、この写真に写っている遊歩道というわけか…」


 「この通りを抜けてしまえば、廃墟地帯があります。バブル期に造成ぞうせいされた住宅街でありますが、今はお化け屋敷ぐんと言ったほうが適切でしょう。そんな薄気味悪いところ、誰も近付きませんよ」


 「なるほどな…」


 士季には心当たりがあった。一時いっときは一世を風靡ふうびするほどに絢爛豪華けんらんごうかな象徴として街に君臨していた住宅街。

 当時、この一帯を管理していた地主は絵に描いたようなナルシストとして、しつこく地元のテレビCMに出演していた。膨大な資産に物を言わせ、名声をとどろかされることを画策かくさくしていたのだろう。もっともバブルが崩壊して以降は、落伍者らくごしゃ烙印らくいんを押されるまでに転落し、笑い者として扱われた。士季にとっては、後者のイメージが大きい。当時、生まれていなかった自分でも地元の人間ならば知っている。吹聴ふいちょうをして歩く人間は未だ健在で、否応いやおうなく耳に入ってくる有名な話であった。


 地主が行方をくらまして以降、この一帯に居住していた住人達は年々退去していき、最後の住人が引っ越してから、かなりの年数が経過している。管理者不在の街並みは、当時のきらびやかさからは一転し、陰々滅々いんいんめつめつとした雰囲気に様変さまがわりしていた。


 (まさか、こんなところで事件が起きるとはな…)


 今までまったく意識することのなかった場所。こんな身近な所が犯行の温床おんしょうになっているとは、存外ぞんがい、世間とは狭いものだと士季は思った。まさに、灯台下暗とうだいもとくらしである。

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