第2話 飛躍と反動
「士季。
「なんだよ唐突に…」
「人間は時に人智を超えた能力を発揮することがあります。眼前で起きた事象に対して精神的・肉体的な縛りを超越し、本来人間には出すことの出来ない行動が取れるようになることを…」
行方不明事件の話をしたかと思えば、今度はミステリアスな話を披露しだした綺羅に対して士季は我慢ならなくなった。
「
「まあ、聞きなさい」
そう制した後、綺羅は鞄からスマートフォンを取り出した。士季の立ち位置からだと画面が少し見える。何かのニュースサイトを
「先日、南アジア沖で発生した巨大地震はご存じかな? なんの偶然か、こういった時にこの記事と出会ったのもタイムリーです。ご一読を」
綺羅の
ニュースの主要点は、地震でビルが倒壊し
“男の子は下敷きになった友人を救いだそうと鉄筋コンクリートの支柱を持ち上げ救出した。幸いなことに彼らは一命をとりとめた。しかしこの事件の異質な点は、驚いたことにその子の年齢が10歳であったことだ。子供がなぜ自分の体重よりも何十倍以上もある鉄筋コンクリートの支柱を1人で持ち上げることができたのか?
にわかには信じがたい話であるが目撃者が多く、彼らの証言は同一、
果たして
中段落をスクロールで飛ばし
“いずれにしても人間は時に人智を越えた能力を発揮することがある。友人を救いたいという一心が今回の事象を発生させたとあらば、我々も強い願望を抱きそれを実現させる力があるのではないか? もし現実に定められた運命があるとしても、それを変える力が我々には備わっていると証明しているように筆者は思う”
読み終わりスマホから顔を上げ、対面に座っている綺羅へと視線を移す。
「感動的なストーリーだったな」
わざとらしく思ってもいないことを言う。
「士季、肝心なところを読んでいませんね。俺が欲しているのは感想ではありません。共通認識の方です」
「そんなことを言ったってどうする。この話が今回の行方不明とどう関わるっていうんだよ?」
「面倒くさがりな君のことです。どうせ話の主要点をスクロールで飛ばしているのでしょう?」
どうやら綺羅にとって伝えたかった部分は士季に伝わっていなかった。彼らの
綺羅も回りくどい伝え方をするものだ。伝えたい主要点があるならば先に言ってほしい。
『そういえば支柱を持ち上げた少年はどうなったのだろう?』
そんなことが頭によぎったが、ことの
そこにはこう書かれてあったからだ。
“しかし3ヶ月を経過した現在、彼は病院へ搬送された。瓦礫を持ち上げた身体へのダメージが今になって発症したのである”
“なぜ今さら発症したのか?鉄筋コンクリートを持ち上げた時ならいざ知れず、少年はその3か月間無傷のまま過ごしていたという。それどころか痛がる
「それを、ある
「どういうことだ?」
士季はさきほどとは異なり、
そんな士季とは裏腹に、綺羅は
「人間というのは、自分自身の段階レベルというものがあります。今、自分の身の周りで起きている事象や、身を置いている環境。そして健康状態や肉体の限界点も、それらは自分の意志によって
「今の自分の現実は、自分自身が作り出した結果とでも言うのかよ?」
「ええ。例えば、いま自分が
「それが今回の話とどう関わるというんだ?」
「今回の場合、少年はもともと自分の体格よりも遥かに大きい瓦礫を持ち上げるほどの体力など持ち合わせてなどいなかったのです。現実的に考えてありえない話ですからね。少年は世間一般的な男児とほぼ同じくらいの体力しかなかったことでしょう。ですが、実際には持ち上げることに成功した。つまり今の自分のレベルから瞬時に飛躍したということです」
綺羅の話は長ったらしく分かりずらい。同居している身としては、こういった難しい会話は特段珍しいことでもない。だが毎回この調子だと辟易してしまう。士季は頭をかかえ、話についていこうと必死だった。せめて、こっちを見ながら話して欲しいものだ。
「もっと分かりやすく頼むよ、綺羅」
「貧しかった人に宝くじが高額当選したようなものですよ。降ってわいたようなラッキーを
綺羅は窓から目を放し、士季を
「常日頃からマネーリテラシーが高い人や、自力で働いて億単位を稼いだ人ならば事情が違います。それは長い時間をかけてそのレベルまで到達したプロセスがあるからです。ですがもともと貧しかった人が、棚から
「………」
士季は
束の間の沈黙。
外ではカラスが鳴いている。
士季は数十秒遅れで話を理解しているようだった。無言で屹立している今も、おそらく情報処理に時間がかかっている様子だ。綺羅が言いたいのは、人間には本来自分にあったレベルがある。だが時として、人は今いるレベルから瞬時に別のレベルへと飛躍してしまうことがある。それには、それ
妙な話をしだしたかと思えば、伝えたかったのは現実離れしたことか。一方的に、うんちく話を傾聴した自分に対して
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