クランクアップ

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クランクアップ


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 夏の真ん中を軽く通り過ぎ、まだまだ暑い日々が続く中。その夏の一日に、僕らの映画は完成した。


 CGの出来もそれを学ぶ際に培った動画編集のスキルも、僕なりに遺憾無く発揮することができて、少し目上の人どころか、どこに出しても恥ずかしくないと景良さんからのお墨付きをもらった。

 父親もどこか満足げで、手伝ってくれたケイライズの皆さんも、完成したその日から数日間は毎夜酒盛りを楽しんでいた。

 そして景良さんが提案したご先祖さまのお墓参りは人手が多すぎたために、墓石が磨かれすぎて鏡みたいになっていた。前髪を弄るのが容易なくらいに。


 そんな騒がしい昼を経た熱帯夜から少し興味が逸れて、廊下に出て縁台で夜風を楽しんでいたとある日。

 気がつくと、隣には少しだけ酔いが冷めたであろう景良さんが佇んでいた。


「ねえ、景良さん」

「なんだ?」

「景良さんは、海に魅入られたことを本当だと思ってる?」

「何回も言ったが、あんなのは日射病か何かで見てしまった幻覚だ。あんまりにも暑いから、脳が茹だってただけだろうな」

「……その割には、随分と撮影の時に活き活きしていたよね。まるで、昔の体験を焼き増ししているみたいな」

「その喋り方、ちょっとあいつを思い出す」

「あいつって誰? 海のうねり?」

「……はあ。そうだよ、そうだ。海は確かに喋ってたよ」

「やっぱり現実だ!」


 海が話しかけてくれるなんて、ずっと妄想だけの世界だと思っていた。僕の全てを理解してくれるかは分からないけれど、海に僕を語らうと、どんな感想が来るかを少し知りたくもある。

 でも、景良さんと父さんが飛んで止めにくるんだろうなあ。

 そんな貴重な経験が夢であってほしくなかったから、僕はこうして景良さんに詰め寄っている。


 すると耳元に蚊がやってきて、煩わしさを覚えた僕は勢いよく叩き潰した。暗がりの中で、手の一部が黒く汚れたことがうかがえた。赤くもあった。僕たちの中を流れる赤だった。


「今、蚊を潰したろ」

「うん」

「それと似たようなモンだよ。自分より遥かに小さな相手には、容赦がなくなるんだ」

「それが、景良さんと海の関係?」

「どうだかな。話が通じるようで通じなかったから」


 ふーん、と返し、足元の小石を音を立てて踏む。空を見上げたら、綺麗な天の川が広がっていた。

 砂浜に見つけた天の川とは比べ物にならないくらいにスケールが違うけれど、魅力の天秤はどちらにも傾かない。僕は海が恋しくなった。でも、万が一にでも海に魅入られたら、もうどちらの天の川もお目にかかることができなくなるかも。そう考えると、少し怖くなった。

 景良さんと一緒に走れなくなるのだって嫌だ。絶対に嫌だ。


「そういえば景良さん、この撮影中は海に連れていかれなかったね」

「俺はもう愛想を尽かされてる。残念だったな」

「景良さんがいなくなるほうが残念だからね」

「は、嬉しいこと言ってくれるな。……まあ、俺だってそうだけどよ」

「酔ってる?」

「冷めてる」

「……嬉しいな」


 そう言うと、大きな手で景良さんは僕の頭を撫でてくれた。そうだ、やっぱりこれでいいじゃないか。僕らなりの最高点を出そうと努力して、やり切って。景良さんから褒められたのは嬉しいけれど、それは別に二の次とも言えて。僕のゴールはそこだったはずなのに、どうにもそれも違うような。

 本当に大事なのは、〝諦めない〟が原動力のエネルギーを消えることのない火種に変えて、無理かもと押し寄せる暗闇に立ち向かうことだ。


 恐らくこの映画は、あまり売れない。そもそも売れ筋を狙って撮ってもいないというのもある。小さな界隈で僅かな人たちが薪を焼べて、火を絶やさないようであれば、それでいい。消えそうな埋火すらも愛おしい。そんなはずだから。

 景良さんともこの意見は一致している……と思うけれど。


「まあ、きっと売れないさ」

「声に出てた?」

「顔で分かる。……けど、お前も俺もそれでいいと思ってる。これは間違いなく成功だな」

「景良さん」

「なんだ?」

「楽しかった?」

「……当然。お前は?」

「……当然!」

「撮影中の顔で分かってたけどな」

「景良さんも演技の感じで分かってたよ」


 お互いを小突き合い、景良さんは騒がしい熱帯夜から投げられた缶ビールを受け取り、それを煽りながら、そのまま宴会が開かれている和室に戻っていった。


「……楽しかったなあ」


 夜明けまではまだ遠い。けれど、誰も知り得ないその夜明け空の良さを覚えてしまった。僕はきっと、これからも同じように熱を持って、その熱を忘れないように生きていくのだろう。そこに他者はあまり介在せず、僕なり、僕自身の最高を目指していくのだ。


 それが、とても心地よかったから。


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