第10話 邪竜は妹にあっさり買収されやがりました



 そこは『ファイナルストーリーズ』の世界でも、ゲーム終盤にようやく訪れることができる危険な森林地帯です。

 強大な魔物が生息しており、並みの人間が立ち入れば瞬く間に餌食となるでしょう。


 俺はその森林地帯へ青年たちを強制的に転移させました。



「お、おい、どこだよここ!!」


「ここはギルナ森林地帯です」


「て、てめーはさっきの!!」



 青年たちが俺にナイフを向けてきましたが、構わず言葉を続けます。



「この森には沢山の魔物がいます」


「は? ま、魔物……?」


「お二人には、是非この森の魔物に殺されてもらいたいなと思いまして」


「な、何言ってんだお前!! さっさとオレたちを元の場所に戻せ!!」


「そうだ!! こんなことしてタダで済むと思ってんのか!!」


「黙れよ」



 怒りのあまり、思わず少し強い言葉を使ってしまいました。

 強い言葉を使うと弱く見えると言いますし、普段は丁寧に話すよう努めているのですが、ちょっと我慢できなくなりました。



「俺の家族に手を出す奴は例外なく殺します。できるだけ苦しんで死んでもらえると嬉しいので、是非抵抗してくださいね。ほら、来ましたよ」


「え?」



 森の奥から足音を鳴らしながらやってきたのは、巨大な赤い熊の魔物でした。

 レッドグリズリーという高い体力と攻撃力を備えた凶暴な魔物です。

 ちっぽけなナイフ二本でどうにかなるような相手ではなく、青年たちは恐怖で竦み上がってしまいました。



「グルオオオオオオオオッ!!!!」


「おや、俺の方に来ますか。――灯火トーチ


「グルオ!?」



 加減した灯火トーチでレッドグリズリーの腕を消し飛ばしてやりました。

 実は魔物は普通の動物と比べて遙かに賢く、喧嘩を売ってはいけない相手というものを理解することができます。


 今の一撃で俺はレッドグリズリーのターゲットから外れたはずです。

 ではレッドグリズリーが俺の次に狙うのは誰でしょうか。ええ、そうです。青年たちですね。



「グルオオオオオオオオオッ!!!!」


「ひっ、く、来るな!!」


「お、おい!!」


「おや」



 二人のうち一人は真っ先に逃げ出そうとして、背中を見せてしまいました。

 明らかに愚策です。

 熊は背中を見せた相手に本能的に襲いたくなることを知らないのでしょうか。

 ましてや現在の時刻は夜。月明かりもなく、足元もよく見えない中で森を走ろうとするのは至難の技でしょう。


 青年はあっさりとレッドグリズリーに追いつかれてしまい、そのまま腕に噛み付かれてしまいました。



「うわあっ!! た、助けっ、やめてっ!!」



 ぐちゃりと生々しい音を立てながら、青年の腕が噛み千切られてしまいます。

 真っ赤な血がどばどばです。

 あまりの激痛に唯一の武器であるナイフすら投げ捨ててレッドグリズリーを殴り付けますが、その程度の攻撃は効きません。


 むしろレッドグリズリーを苛立たせ、反対側の腕も引き千切られてしまいました。

 次第に抵抗が弱くなり、青年はピクリとも動かなくなります。



「な、なんで、こんな、こんな酷いことできるんだよっ!!」


「え? ぷっ、ふふ、ははは……」


「な、何がおかしいんだよ!?」


「い、いえ、すみません。貴方も俺の家族に酷いことをしようとしたじゃないですか。それも迷うことすらなく、父親に揉み消してもらえるからと」


「そ、それは……」



 たしかに俺がやっていることは褒められることではありません。

 というか人知れず殺人をしているわけですから、目の前の青年たちよりもタチが悪いでしょう。


 しかし、マギルーク王国ではロクな扱いを受けなかった俺にとって、帰る度に笑顔で俺を出迎えてくれる鈴木家は唯一の心の安らぐ場所です。

 その場所を奪おうとする者を、家族を傷付けようとする奴らをみすみす見逃してやる必要などないのです。


 ただまあ、誰にでもチャンスはあってもいいというのが俺の考えです。

 だから最後に引き返すチャンスを与えました。

 そのチャンスを自分から捨てたのは彼らの選択であり、そうである以上もう俺が彼らに同情することはありません。



「あ、話している場合ではなさそうですよ?」


「え? ひっ!!」



 一人目を食べ終わったレッドグリズリーは、口から大量の血を滴らせながら二人目に視線を向けていました。

 青年は噛み付かれ、俺に向かって必死の命乞いをしてきます。



「た、助けっ!! 助けてくださいっ!! 命だけはっ!! 命だけは助けてくださいっ!! 死にたくないっ!! 心を入れ替えます!! もう悪いことはしません!! だから!! だから助けてくださいっ!!」


「ふむ、しっかり反省しているようですね」


「っ、してます!! 反省してます!! だから助け――」


「来世ではその教訓を生かして、悪いことはしないようにしてください。では」



 青年はレッドグリズリーに喰われて死にました。



「グルアッ!!」


「ああ、もう貴方は用済みです。――灯火トーチ


「ギャ――」



 レッドグリズリーを始末し、俺は自宅の庭へと戻りました。

 シヴァが「?」と首を傾げていたので、軽く一撫でしてから家の中に。


 すると、唐揚げを頬張りながら碧が言いました。



「お兄ちゃん、なんか遅かったね。せっかくの唐揚げが冷めちゃったよ?」


「母さんの唐揚げは冷めても美味しいですから」


「あら、湊くんったらお上手ね。おかわりあるわよ?」


「ください」


「私も!!」



 食事が終わり、碧と沙織が仲良く食器を洗っている横で二人には聞こえないような小さな声でディアベルが話しかけてきました。



「血の匂いがするな、汝」


「……二人には怖がられたくないので、言わないでくださいね」


「ふん、我は有象無象の人間の死に欠片も興味がない。今はニチアサアニメの網羅に忙しいのだ」


「そうですか」



 魔法学園に置いて行かれそうになって怒っていたディアベルも、唐揚げを食べてアニメを見たら機嫌が直ったようでした。


 しばらくディアベルの隣で一緒にアニメを見ていると、食器を片付け終えた碧と沙織が何故かホワイトボードを用意し始めます。

 何事かと思ってしばらく見ていると、碧は片手にマイクを持ちました。



「ではお兄ちゃん、お腹いっぱいになったところで私たちのプレゼンを聞いてください」


「プレゼン?」


「題して!! 私たちがどれだけ異世界に行きたいか!!」


「異世界ではなくゲームの世界ですよ?」


「んなもんファンタジーなら一緒じゃい!! 私とお母さんはこの辛い現実から目を背けて異世界無双がしたいんじゃい!!」



 そして、長々と演説が始まりました。

 鈴木家では家族間で問題が起こった時、こうやってプレゼンすることでそれを解決しようとすることがしばしばあります。

 きっと二人は俺が『ファイナルストーリーズ』の世界に連れて行くまで毎晩プレゼンを続ける気でしょう。


 かと言って、仮に俺が傍にいるとしても安心できないのがあちらの世界です。

 ここで俺が折れるわけにはいきません。

 しばらく笑顔を浮かべたまま二人の話を右から左に聞き流していると、ディアベルが怒りました。



「ええい!! 汝らやかましい!! 字幕があるから多少は見こぼししてやろうと思ったが、感動のシーンが台無しだ!!」


「だってだって!! お兄ちゃんが全然私たちのプレゼンに応じないんだもん!! ベルえもんからも何か言ってよ!!」


「おい、小娘。我を未来から来た猫型ロボットみたいに言うな」



 碧はディアベルを仲間に引き込む作戦に出たようですが、彼はアニメに夢中です。

 もし彼を仲間にしたいなら何か興味を引くものを用意しなくてはなりません。



「じゃあじゃあ!! ベルえもんが見てるニチアサアニメの限定グッズ、布教用に買っておいたものあげるから!!」


「……(じっと碧を見つめる)」


「くっ、ハイパー戦隊『超スゴインジャー』のフィギュアと変形ロボットもオマケする!!」


「……もう一声」


「覆面ライダーの変身ベルト!! 持ってけ泥棒!!」


「おい、ジオルグよ!! 可愛い妹の頼みを聞いてやるのも兄の務めではないのか!!」



 ディアベルが買収されやがりました。



「……何度言われても俺は頷きませんよ? あちらの世界には魔物がいますし、賊も出ますし。碧は強いですが、殺す技術を持ってませんから」


「まあまあ、湊くん。とりあえず落ち着いて碧ちゃんの話を聞いて?」


「一番ヤバイのはこれと言って戦う技能もないのに向こうの世界に行きたがっている母さんですからね?」



 もし二人に何かあったら、多分俺は向こうの世界を滅ぼすと思います。

 しかし、そこでディアベルが折衷案を出してきました。



「では向こうの世界でも通用する戦闘力があれば問題ないということだな?」


「それならまあ、一考はしますね」


「であれば二人に我の魔力を分け与えて、魔法を教えてやればいいだろう」


「魔力を、分け与える?」


「ああ、安心しろ。この世界の人間は進化の過程で失ったのか、全く魔力を持っていない。我の魔力を分け与えたとて身体が拒絶反応を起こすことはないだろう」



 ……ふむ。

 この折衷案まで拒否したら、二人は延々とプレゼンをしてくるでしょう。

 もしかしたらディアベルすらしつこく言ってくるかもしれません。


 それだけならば問題ありませんが、断り続けて二人に嫌われるのは避けたいです。

 しかし、そのために二人を危険に晒しては本末転倒でしょう。


 駄目ですね。

 考えれば考えるほど、よく分からなくなって頭が爆発しそうになります。

 そこへ更に碧と沙織が妙にキラキラした眼差しを向けてきたせいで、混乱していた俺は頷いてしまいました。



「……分かりました。ただし、二人にはこちらの世界で上級魔法まで覚えてもらいます。もし万が一、俺がその場にいなくても二人自身で身を守れるように」


「やった!! お兄ちゃん大好き!!」


「分かったわ!! 湊くん大好き!!」



 ……まあ、二人に迫る危険のことごとくを滅ぼしてしまえば解決でしょう。







―――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント小話

後にディアベルはサブスクで片っ端から魔法少女モノを見て漁り、結果的にトラウマを抱えることになる。


邪竜が少しずつオタクになり始めてる、と思ったら★★★ください。


「前後の温度差がすごい」「最後にさらっと怖いこと言ってる笑」「ディアベル絶対にあの魔法少女アニメ見ただろ」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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