第3話

「つっ、つつ妻!」


驚く彼女を横目に、隊長の冗談癖を知っている俺はまたいつものかと聞き流す。


どうやら俺は退屈な顔をしていたらしい、面白くなさそうに隊長がこちらを見ている。もともと問題の答えを知っているのだから探求心もわかなければワクワクドキドキ何て遥か彼方の感情だ。


「はぁ、冗談だよ」


あきれ交じりに口調。椅子の背もたれに体を預けた黒崎は、まだ少し驚いている彼女をおいて話を続けた。


「誓、確かにお前には優れた魔法の才がある。だがそれ故にここまでの人生において年相応の事をしていない、私はいかがなものかと思う……子供なら大人に甘え、学生なら学校へ通う。それが望ましい……」


少々重苦しい雰囲気になった気がする、先ほどまで驚いた顔をしていた彼女も今は違う。取り合えず話を先に進めた方がよさそうだ。


「隊長、質問をしてもよろしいですか?」


疲労からだろう、目の間を抑える。俺の質問には首を縦に振った。


「今回の任務を行うにあたり高校への入学が必要と判断しました。ですが自分の記憶では国立魔法技術者育成高校の入試期間は既に過ぎていると思うのですが」


「何だそんなことか。一応私たちは国会機関に属している、魔法的な強さを抜きにしてもある程度顔は聞く。一人を入学させるくらい大した事じゃないさ」


「一人、と言うと」


聞き返しつつ成瀬の方を向くと背後から隊長が言った。


「彼女には既に入学テストを受けてもらった、もちろん合格している」


「よ、よろしくお願いします。初めての任務ですが精一杯頑張らせていただきます」


緊張しているらしい。それにしても今回が初めての任務、例の高校入試を突破したとは言えなぜ、この課に所属する他の隊員を差し置いて新人を起用する理由は……。


疑問から抜け出せずにいた俺だが、それを一時的に救済するがごとく着信音——黒崎隊長の通信デバイスが鳴りだした。


「どうした?」「そうか」としばらく彼女の相槌あいづちが聞こえた。


「すまない、急な呼び出しが入ってしまった。本来なら夕飯でも一緒にと思っていたが、それはまた今度だな」


「そうですか、では自分はこれで」


「では私も失礼します」


成瀬は隊長室の扉を静かに閉めた。


―― 警察庁前 ——


隊長室は警察庁の中にある。そこから出た俺たちは一緒に駅へと向かって歩き出した。


「この後はどうするつもりなんだ?」


俺は隣を歩く成瀬になんとなく質問をした、ここから駅までの間ずっと無言というのは流石に気まずい。


「取り合えず黒崎隊長が用意してくれた家の方へ向かってみよと思ってます」


「用意してもらった家ってことは東京に来たのはこの任務のためか」


答えていいのか分からない、という顔をする彼女。


あまり聞かない方が良い質問だったらしい。俺と同じで国家の影に隠れて活動する者は俺が知っている以上にいるだろう、俺は任務外の時は一定の自由が認められているがそうでない者も当然ながら居るのだろう。


「すまない、答えずらい質問があったらこれからも無視してくれ」


「いえ、そうではなくてですね。誓さんは今まで会ってきたこちら側の人達とは違っていたので」


「違う?」


「はい。今まで任務を一緒に行った皆さんはあまり質問などしてこなかったので、勿論例外的な方もいましたが誓さんはそれとも少し誓う気がして。すみません、とても個人的な話を」


微笑みながら彼女は話を止めた。


結局そこからは互いに放さなかった、だが数回の質問をした後はその前ほど気まずくはなかった。


横に並び駅へと歩く。


一緒に階段を上る。


ホームで数分間電車を待つ。


車内で揺れる体、横に立つ彼女は少々不安げだ。混雑しているせいで彼女の手は吊革に届かない。いつもこの電車に乗る俺の記憶ではそろそろ揺れが再発する。


そこそこな揺れだった。満員のせいで一人が倒れ掛かると、その人を囲む数人が倒れ掛かり、それが連鎖を続ける。そのうち揺れの連鎖は彼女にも及んだ。


「ひゃあっ!」


小さな声ではあったが隣の俺には聞こえた。


倒れて顔を床に強打する妄想でもしたのか、彼女は俺の体にもたれ掛かり目をつぶっている。


目を開いた彼女は驚いた顔を赤く染めている。揺れによって周囲の人々が立っていた位置が微妙に変わり身動きが取れなくなったらしい。首の向きを変えることさえ難しい。


自然と顔が近くなる。成瀬は見つめ合いによって生まれる羞恥に耐えられなかったらしい。諦めて、目を瞑て、俺の胸元に顔をうずめた。


数分後駅に到着、扉の開閉音が鳴った。


「はぁ」まだ顔を少し赤らめた彼女はため息をつく。


そういえば彼女はここで降りてよかったのだろうか? 俺の家の最寄り駅ではある、だが彼女は……。まぁ隊長が用意した家なのだから俺の家に近くても何ら不思議はない、確かにここからなら例の高校までもそんなに遠くはない。


「大丈夫か? どこかで休んだり……」


「いっいえ、私は大丈夫です」


明らかに顔が赤いが本人が言うのだから、まぁと言うことにしておこう。


―― 藍沢家前 ——


「本当にここか?」


思わず聞いてしまった、目の前の状況を俺は飲み込めずにいる。


駅の改札を出て二人は家へと歩き出した、そのはずだった。だがどれだけ歩いても二人の道が異なることはなかった。


「念のためもう一度確認してみます」


「頼む」


スマホに表示されたマップの画面、座標や名前を入力すれば経路を示してくれる。彼女は隊長に言われた座標を再び入力し、画面に表示される回答を待った。


「どうしましょうか、ここで間違いないみたいです」


彼女は苦笑いしながらこちらを見ている。俺も今こんな顔をしているのだろうか……。


あの隊長はどうやら俺の家を賃貸物件として成瀬に提供したらしい。

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