第15話 暴露と本当のこと。
「そうだね、私だよ。若野さんに君のことを教えたのは」
ハッキリとそう言われ、俺は心の底から落胆した。
なぜ早々に誰かに話すのか、と。
「というより、君はよくそんな質問をしたね? そんなの私しかいないよ。だって、君のことを骨の髄まで知っているのは私だけなのだから」
クスッと笑み、耳に掛かっている髪の毛を撫でる九条部長。
苛立ちを覚えたのは言うまでもない。
わかりやすく舌打ちをしてやった。
これは大人しくしていられることじゃなかったから。
「よくもそんなことが偉そうに言えますね。あんた、自分がどれだけのことをしたのかわかってるのか?」
九条部長はニヤついたまま頷き、
「それはわかっているよ。君がこうして苛立ちを露わにさせるのもわかっていた。すべて私の思い描いていた通りだ」
「ふざけてるのか?」
「ふざけていない。私のおこなった『テコ入れ』は、君のためになる。だから若野さんへ話したんだよ。正木俊介君のことをね」
先輩がそう言った刹那、俺は彼女を廊下の壁に追いやり、そのまま壁ドンのような形で睨みつけた。
「意味がわからないんですよ。あんたは何だ? まさか、このゲームの管理者か、あるいはバランサーか何かなのか?」
圧をかけながらの俺の物言いだが、それを物ともせず九条先輩は笑い、
「メタい発言するね。残念ながらそんな存在ではないよ、私は」
「じゃあ何なんだよ? 面倒だから含みのある発言はもうやめてくれ」
「ならハッキリ言おう。私はただのモブだよ。ラバーポケットというゲームにおいて、決してストーリーに干渉してはいけないモブ」
「……悪役としての立場を利用するのもいいかもしれない。あんたがそうやって適当なことばかり言うのなら」
「適当なんかじゃないさ。私は本当のことしか話さないし、話せない。なんせ、君の事情を知った上でサポートしたいとすら考えているんだから」
九条先輩の顔に自らの顔を近付けた。
だが、それは彼女とスキンシップを取るためとか、いやらしいことをするとか、そういうわけではなく、圧を強めるためだ。
「わからないんですか? そういうのがふざけてるって言ってるんです。あんたは何なんだ? ちゃんと教えてくれ」
「君のサポーター。そしてモブ」
「っ……! だからふざけないでくれって言ってるんだよ!」
つい大きい声で叫んでしまった。
廊下の向こう側にいた連中が俺たちの方を見てくる。
あまり感情的になっているとマズい。面倒なことになる。
「……お願いだ。頼む。あんたの知ってること、考えていることを可能な限り教えてくれ。それこそ、サポーターだのとのたまうなら」
観念したように静かに言うと、九条先輩は「やれやれ」とため息交じりに首を横に振った。
「そんな悲しそうにお願いしてこないでくれないかな? 仕方ないね。なら、意地悪無しで教えるよ」
生唾を飲み込む。
ようやくその気になってくれたみたいだ。
「私は君の味方。つまり、それはイコールとして、君が大切に思っている存在の味方でもある、ということだ」
「……ってことは?」
「このゲームの中に迷い込んだ転生者。君の追い求めている葵さん。彼女の味方だと、つまりはそう言いたいんだよ」
葵の味方。
それは、俺の中で嫌な意味合いにもなっていた。
「……なら、あんたはつまり若野瑠香の味方ってことに……」
「それはどうだろう?」
「……え?」
「葵さんの味方であるのは確かだが、それは若野さんの味方であるということにはならないよ」
一瞬頭の中が真っ白になった。
イコールとイコールが繋がらない。
頭の中で繋げていた公式が途端に砕けたような感覚だ。
「……どういうことだよ? それじゃああんたは……」
「だって私、若野さんに君の真実を伝えただけだからね?」
「いや、だからそれで葵は俺……正木俊介が伊刈虎彦だって知って……!」
「言ったはずだよ? 葵さんの記憶は今まるで無くなっている、と」
ガツン、と。
鈍器で頭を殴られたような心地になる。
確かに、だ。
この人、九条先輩は俺にそう言った。
……だったら、瑠香が葵だと言い張り、俺のことを知っているとするのは辻褄が合わない。
となると、だ。
答えは……
「どうかな? 私は優しいだろう?」
ニヤリと笑い、九条部長は瞳を輝かせる。
その輝きは、健全なものじゃない。
俺を包み込むような、吸い込んでしまうような、ブラックホールみたいな雰囲気を漂わせた禍々しいものだ。
冷や汗をかいた。
俺は唾を飲み込み、やがて口にする。
「あんたは……本当に何者なんだ?」
九条部長は笑んだまま返してきた。
「何度も言ってる。君のサポーターだよ」
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