第13話 三人目の正ヒロインと病み妹

 翌日の朝。


 俺が目を覚ますと、ベッドのすぐ傍に陽花がいた。


 勝手にベッドに入っていたわけではなく、すぐ傍でジッとこっちを眺めていただけのようなのだが、音も気配も無かったから、それがより一層俺に驚きを与えてくれる。


 正直、心臓が止まるかと思った。


 いつもなら普通に起こしてくれるのに、今日はそれをせず、近くで眺めているだけ。


 なんというか、起きてからもいつもより距離が近かったし、朝一緒に登校する時もずっとべったりだった。


 その理由はなんとなくわかる。


 恐らく昨日のことが原因だ。


 付き合ってるわけじゃないが、近いうちに遊星と結ばれるような雰囲気を出していた瑠香が、なぜか俺にすり寄ってきた。


 それが陽花を不安にさせ、こうした距離の近さを生み出している。


 でも、正直意外だった。


 俺が伊刈虎彦の意識になったとはいえ、こいつは元々陽花に結構好かれていたようだから。


 性格が悪くて、他人の恋人を奪おうとするような外道だ。


 それなのに、義妹である陽花の好感度は高い。


 ラバポケじゃあ虎彦周りの人間関係は薄っすらとしか描写されていないし、好かれる要素の無い完全な悪役なのだが、何か理由があるんだろう。


 その辺りもこれから探っていけたらいい。


 俺も昨日宣言したから。陽花が一番だ、って。






●〇●〇●〇●






 とまあ、そうして俺は陽花と一緒に登校し、学校に着いてからはいったん別々の教室で授業を受ける。


 その間に遊星や瑠香、そしてその他のラバポケヒロインに声を掛けられたりして面倒な展開になるんじゃないか、と思われるが、幸運なことに見知ったシルエットはそこまでいない。


 ほとんどがモブで遊星絡みのヒロインはおらず、俺は比較的自由にのびのびと過ごすことができていた。


「――おっはよ、伊刈君」


 ……こいつを除けば、だが。


「……おはよう、佐伯さん」


 ため息交じりに声のする方へ顔をやると、彼女――佐伯史奈は面白げにケラケラ笑いながらお腹を押さえていた。


 面倒だ。色々あり過ぎて史奈の存在を忘れていた。


 そして、その面倒は一つのシルエットだけに留まらない。


 今日は、彼女の隣にもう一人見知った女子がいたのだ。


「ふ、史奈ちゃん……本当に伊刈君と仲良しになったんだね……。あ、あはは……」


 ビクビク怯えるように言う女の子――小枝皐月こえださつき


 この子もラバポケ正ヒロインだ。


 たぶん最初にクラスメイトとして見なかったから、史奈がどこかのクラスから連れて来たんだろう。


 本当にやめて欲しかった。


 皐月、こいつはこいつで俺に心底ビビってる。


 ラバポケでも虎彦の前だといつもびくびくしていて、皐月ルートだと虎彦に最終的に生で犯され、妊娠して終わった。


 ラバポケ内屈指の鬱エンドとして呼び声が高いため、俺もこの子を前にすると胸が痛み過ぎて正直直視できない。本当にクソ野郎だ。虎彦はマジで。


「……まあ、そんなクソ野郎に俺は今なっちゃってるわけですけどね」


 自虐的に独り言ちる。


 史奈も皐月も首を傾げ、疑問符を浮かべていた。


 すぐに何でもない、と咳払いをして誤魔化し、話を前に進めた。


「それで、俺にいったい何の用だ? 協力なら昨日したはずだけど? わざわざ占い部の部室まで行って」


「うんうん。そうそう。部長の占い、実際に受けてくれたよね、伊刈君」


 何をまあいけしゃあしゃあと。


 こいつもこいつで九条部長とグルなんじゃないのか。


 俺の境遇をなぜか知っている要注意人物なのに。


「今日はね、その件に関してちょっとまた色々話したくてさ。アタシ、朝からそれを楽しみに登校してきたんだよ。ふふふっ」


 口元を抑えながらいたずらに笑む史奈。


 冗談はそのアホみたいに大きい胸だけにして欲しい。


 ……まあ、その胸があるから結構コアなファンが多くいるわけですけども。この子。


「わざわざ小枝さんも連れて来て、か?」


 呆れながら言うと、史奈は「ほらね」と皐月と顔を見合わせていた。


 それを見てハッとする。


 そういえば皐月に対して虎彦は結構高圧的だった。呼び方も『小枝さん』じゃなくて『小枝』と呼び捨てだったか。細かい。


「本当に……伊刈君、雰囲気変わったね……」


「でしょ? だからアタシもこうして話しかけやすくなったんだよ~。おかげで占いの実験台にもさせてもらったし」


 すぐに訂正しようと思ったけど、それももう間に合わなかった。


 二人は俺の変化にどこか感動している。


 なりきるっていうのも大変だと痛感した。どうしたって人となりの癖みたいなものが出てしまう。


「……まあ、もうそういうのはいいだろ? 真面目に生きようと思って改心しただけだから」


「いやいや~、伊刈君それは大きいよ? 元々見た目良いし、遊星ばりにモテちゃうんじゃない?」


「あいつほどモテたらそれこそゲームバランスが崩壊するわ。NTRキャラにはならないって決めてるのに」


「あははっ! 出た出た! またその訳わかんない独り言!」


 何も知らないように笑ってみせる史奈。


 こいつの振る舞いにもため息が出る。いったい何を考えているのか。詳しく訊きたいけど、それをすると逆にボロを出してしまいそうで怖かった。あくまでも詳しいことを訊くのは九条部長に対してだけだ。彼女に対してだけ、ガンガン色々聞き込みしたい。


「まあ、要するにさっき言った通りだよ。色々君に聞きたいことがあるの」


「それは九条部長からの命令?」


「んー、まあ、それもちょっとはあるかも? ていうか鋭いね。どうして九条部長が絡んでるってわかっちゃったんだろう?」


「そりゃあ昨日こそっと耳打ちされたからな」


「どんなことを?」


「教えない。秘密だ」


 ぶっきらぼうに言うと、史奈はベタベタとくっついてきて、「教えてよ~」と鬱陶しい。


 胸もムニムニ当たるし、ここだけの話ドギマギしていた。リアル史奈のおっぱいだ。


「っと、けど、あんまりこうして伊刈君にベタベタしていたら危ないね。やめとこ」


「……?」

 なぜかいきなり我に返ったようにして俺から離れる史奈。


「愛の重たい妹ちゃんがブラザーコンプレックスを拗らせちゃったら大変だからね~。いや、あれはもうとっくの昔に拗らせてるのかな?」


「……え?」


 史奈の視線の先。


 そこには、教室の出入り口でこちらを見つめ、ブラックオーラを発している陽花の姿があった。


「よ、陽花……!?」


 怯えながら、俺はすぐにそっちの方へ駆け寄るのだった。


 どうかしたか、と必死に話を逸らしながら。

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