第12話 静かな病み(陽花視点)
別に、私は最初からとらくんのことが好きなわけじゃなかった。むしろ、どちらかというと嫌いな方だったかもしれない。
いつも斜に構えたような目つきで物事を見るし、人のことをバカにしてるような上から目線が基本だし、他人の恋路を邪魔するようなひねくれた人だし、他にも色々問題があって、良い人ではないと思ったから。
でも、とらくんと、お父さんの再婚相手――とらくんのお母さんを見ていて、どうしてそんな歪んだ性格になったのか、なんとなく理解できた。
とらくんのお母さん……というか、今はもう私のお母さんでもあるんだけど、
その心配は、一見息子のためのように思えるけど、実際のところ少し違っていて、敦子さん自身が安心したいって思いがどことなく透けて見える。
事実、とらくんはよくお母さんにヒステリックをぶつけられていた。
私からしてみれば、勉強も運動も、交友関係だって、義兄は何でもそつなくこなせる人だ。
それでも、敦子さんからしてみると足りないから、細々としたことでよく色々言われていた。
たぶん、小さい時からこんな感じなんだと思う。
そういうことの蓄積が今のとらくんを作ってて、彼は小規模な満足を得ること自体に飢えていた。
片っ端から可愛い女の子と付き合いたいとか、自分が一番すごいと思われたいみたいな、そういう強欲な願いじゃない。
ほんの少し。
自分をちゃんと肯定してくれるだけの人が傍にいて欲しい。
そんな願いだけを胸に秘めて、日々生活しているように見えた。
私と似てる。
そういうところ、私と似ていた。
私も小さい時からお母さんがいなくて、お父さんのことは好きだけど、いつも心の奥底で満たされていないような感覚だったから。
なんとなく、新しくできたひねくれ者の義兄のことを嫌な人として放っておくことができなかったわけだ。
こっちが諦めずに優しく接していると、何かと心配してくれたりするようになったし。
根っこはそこまで悪くないんだと思う。
そういうのも知れて、なおさら私はとらくんに構うようになった。
もちろん、ウザがられない程度に、だけど。
それで、つい最近。本当に昨日今日のこと。
いきなりとらくんの様子がちょっと変わった。
嫌な感じの刺々しさが無くなって、代わりに妙な好き好き攻撃を仕掛けてくるようになったのだ。
転生とか、よくわからないことも一人で呟いてたりするし、案外ああ見えて何かのアニメとか漫画に影響されやすいのかもしれない。
けど、不思議と変な風になったとらくんは、より一層私の庇護欲というか、そういうよくわからない感情を刺激してくる。
なんて言えばいいのかよくわからないんだけど、この人の傍に絶対いないといけないみたいな、そんな思いにさせられるというか。
例えるなら、小鴨が後をついて来てるか不安な親鳥みたいな心境……?
それはそれで兄に向かって偉そうな気がするんだけど、とにかく一緒にいないとダメみたいな思いに強くさせられて、私は改めてとらくんのことが好きなんだって自覚した。
家族愛……とかじゃない。
お父さんとお母さんにはすぐに伝えられないような、そんな感情をとらくんに対して抱いていた。
そこは家族愛でいい気がするのに。
自分でも不思議だった。
どうして私は恋愛感情なんてもの、義兄に抱いているんだろう。
厄介なのはとらくんじゃなくて私の方だ。
血の繋がりは無いにせよ、こんな気持ちを伝えたらとらくんは本心としてきっと困る。
もしかすると、様子のおかしくなったとらくんが私に好き好き攻撃を仕掛けてき始めたのは、私の隠してた気持ちに気付いていたからなのかもしれない。
だとしたら恥ずかしい。
恥ずかし過ぎてしばらく部屋に引きこもっていたいほどだ。
でも、とらくんは優しかった。
転生とか、よくわからないことを呟きつつ――
「ごめん、陽花。陽花が一番大切なのに……俺は……」
私のことを、こんなにも大切に想ってくれている。
ひねくれていて、他人の恋路を邪魔するような人なのに。
少し変わったとらくんは、どうしようもないくらい私のことを一番に考えてくれていた。
その事実だけで、胸がいっぱいになって、単純な私はどこまでもとらくんのことを好きだと思ってしまう。
どうしてだろう。
どうしてこんなに私は……。
「……いいよ。全然……気にしてないから」
抱き締めてくれるとらくんの頭を撫でる。
そうすると、とらくんは心底申し訳なさそうな声で「ごめん」と謝ってきた。
気にしてないって言ってるのに。
「陽花……明日はもう、二人きりになれるところで遊ぼう」
「え……?」
突然明日のことを告げられて、つい疑問符を浮かべてしまった。
明日も私と一緒にいてくれるらしい。とらくん。
「二人きりになれる場所で……穏やかに遊びたい」
「……どういうこと? 穏やかに遊ぶって」
思わず笑みをこぼしてしまった。
あんまり聞いたことのない言い回し。
穏やかに遊ぶって、穏やかじゃない遊びはじゃあ何になるんだろう。
「……昔みたいに、あいつと一緒にいるみたいに、純粋に陽花の傍にいたいんだ」
「……よくわかんない。どういうこと? あいつって誰?」
問うと、とらくんは私を抱き締めてくれたまま、少し答えづらそうにしてから口を開いた。
「俺が小学生の頃好きだった女の子。その子と一緒にいるみたいに、陽花の傍にいたい」
胸の内が静かに跳ねた。
さっきまで若野先輩のところに行ってたのに、とらくんは私を選んでくれる。
「……俺の未練を断ち切らせて欲しい。わがままな願いだってことはわかってるけど」
いい。
気にしない。
とらくんがなんて言おうと、私はとらくんの傍にいる。
それが、なんとなく私の役割な気がするから。
「……わかったよ。遊ぼ。また明日」
「……ありがと」
珍しいくらい素直にとらくんがありがとうって言ってくれる。
それだけで私の気持ちはたくさん満たされた。
「若野先輩のこととか、占い部の部長さんのこととか、そういうのはもう何も私から聞かないからね」
「……」
「とらくんがこうして私の傍にいてくれるなら……私だってそれでいい。他に何もいらない」
それだけで、私は義妹っていう関係を飛び越えられそうだから。
傍にいるだけ。
同じ時間を共有するだけで、他に何もいらない。
「……本当に……何も……何もいらないの。とらくん……とらくん……」
私よりも大きい義兄の背中。
そこに手を回して、もう二度と離さないって想いをひそかに込めながら。
私は、とらくんの着てるカッターシャツの上からこっそり爪を立てた。
……お兄ちゃんは……何があっても私のものだから。
若野先輩になんか渡したりしない。九条部長にも、佐伯先輩にだって。
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