第7話 義妹か、正ヒロインか。
なぜかはよくわからない。
わからないが、俺と陽花は史奈に連れられ、占い研究部の部室に向かって歩いていた。
「いやぁ、ごめんねぇ。まさかこうして伊刈君に頼み事するなんて思ってもなかったよ。生きてたら何が起きるかわからないもんだねぇ」
俺たちの前を歩きながら、史奈はニヤニヤしてそんなことを言ってくる。
正直なところ、失礼だ。失礼だけど、俺も結構頭を縦に振って頷きかけていた。
本当にその通り。
ラバポケのゲームでも史奈は伊刈のことを嫌悪してたってのに、正木俊介である俺が奴の意識に入り込んだだけでここまでフレンドリーになるものなのか、と懐疑的な目で見てる。
実際のところ、もしかしてこいつ、俺のことを色々と見抜いていないか? とも思った。
色々見抜いたうえで、俺を泳がせているだけなんじゃないか、と。
でも、会話している感じそんな風には見えないし、俺のことはあくまでも伊刈虎彦として接してくる。
不思議だ。
ゲームプレイヤーだった俺も気持ちが悪い。
あの史奈と伊刈虎彦がここまで熱く絡むなんて。
それも占い研究部イベントとか、史奈ルートでも結構親愛度上げないと起こらないものだ。
それを伊刈虎彦なんかが請け負うなんて。
あり得ない。
あり得ないことが今起こってる。
実はめちゃくちゃチョロインなんじゃないか、史奈さん。
「……とらくん? ちょっとあの人のこと見過ぎじゃない?」
隣のツインテール美少女にボソッと牽制を入れられ、俺は体をビクつかせる。
勝手に背筋が伸びた。
見れば、陽花の冷たく重い視線が俺を射抜いている。
せっかく一緒に帰ろうって約束していたのに、と。そういう思いが篭もったような、湿度の高さを感じさせる瞳。
俺はただボソッと小さく呟くしかなかった。ごめん、と。
「妹ちゃんもごめんねぇ? せっかくお兄ちゃんと帰れるはずだったのに、私の頼み事に付き合わせちゃって」
「いえ。私は先輩の頼み事に付き合ってるわけじゃないです。とらくんについて行ってるだけですから」
冷ややかに即レスされ、史奈も冗談交じりに「ひぇ~」と肝を冷やしている。
視線は彼女の方をまるで見ず、ずっと俺に向けられている。
「今朝、ただでさえ若野先輩に訳のわからないこと言われたばかりなのに。ここにきて、どうして兄がモテているのかわかりません。……本当に、本当に」
聴こえないくらいの声で、ズモモとドス黒いオーラを発しながら呟く陽花。
俺はちゃんとすべてを聞き取ったわけではないのだが、どうも史奈は全部聞き取れていたらしい。
興味ありげに「え?」と疑問符を浮かべ、瑠香のことについて追及してきた。
「何々? 今朝、瑠香と何かひと悶着あったの?」
「ひと悶着というか……」
俺がぼやくように言うと、代わるように陽花が「何でもないですよ」と史奈を一蹴する。
「別に何もありません。たまたま朝、私ととらくんが一緒に登校していたタイミングで声を掛けられただけです」
「えぇ~? その声掛けの内容が気になるんだけどなぁ。だって珍しいじゃん? あの子が伊刈君へ自分から話し掛けるってさ」
それは確かに。
史奈同様、俺はたぶん瑠香にも本来嫌われている立場のはず。
それでも、今朝の瑠香はなぜかそんな感じじゃなかった。
むしろ、俺と陽花の仲を引き離さなそうとするような、そんな感じだった。
あれから瑠香とは話をしていないから、どうしてそんなことをしてきたのか、結局わからず終いだ。
日中のあいつは、一転して遊星にべったりだった。
俺に対しては一瞥だってくれていない。
まあ、本来はこれが普通なんだけどな。
不思議なもんだ。色々と。
「……色々気になるけど、とりあえず一貫して俺から話しかけることはないよ。間違いが起こってなければ嫌われてるはずだからな」
「うっわぁ、ほんとそういうところだよ伊刈君」
「どういうところだよ……?」
気だるげに返すと、史奈は振り返り、俺のことを指差しながら、
「微妙に心地いい謙虚さを出すようになったところ。前までじゃ考えられなかったじゃん?」
「……考えられなかったのか?」
俺の問いかけ返しに対し、史奈がうんうん頷く。
ただ、俺も小首を傾げるものの、内心「確かにな」と同意の姿勢を示していた。伊刈虎彦は傲慢で強欲で、こんな謙虚なことは言わない。俺様系の典型的悪役だったのだ。
俺の演技は下手くそ。これじゃあ色々疑われて当然だし、変わったと言われてもおかしくない。
「……普段の人間性が出るな、やっぱ」
「……? 何か言った?」
史奈が問うてきて、俺は首を横に振った。何でもない、と。
そんなやり取りを繰り返しているうちに、占い研究部の部室前に到着。
史奈が足を止めるのと同時に、俺と陽花も立ち止まった。
「ごめんごめん。部室着いちゃった」
「まだお前の言ってる頼み事が何なのか、俺はちゃんと聞いてないんだからな?」
言うと、史奈は「わかってるって」と苦笑い。
「事によってはすぐに帰らせていただきます」なんて陽花は脅しをかけている。俺の腕をさりげなく抱きながら。
「まあまあ、頼み事の詳細は中に入って、部長と面会してから話すね?」
部長……?
ここに来て謎の新たな登場人物だ。
占い研究部の部長はゲームの中で立ち絵が無い文字テキストだけの存在。
史奈が俺たちを部長に会わせて何をするつもりなのかはわからないが、とにかく顔を合わせるところから始めないといけないらしい。
仕方なく了承し、俺は部室の中に入って行く史奈へ引き続きついて行く。
「やあ、いらっしゃい可愛い後輩に……客人お二人さん」
中に入ると、占い研究部っぽい水晶をテーブルに置き、それの前に座る小柄な女子と遭遇。
「どもども、部長~。今日はちょっと部長の実験台になれそうな人を連れて来ましたよ~」
変わらないテンションで聞き捨てならないことをさっそく言い始める史奈。
思わず眉をひそめた。実験台って何だ。実験台って。
「やっぱり来るだけ無駄でしたね。帰りましょう、とらくん」
こっちもこっちでさっそく好き勝手なことを言う。
陽花が俺の手を引いてくるけど、さすがに入って早々帰るのはマズい。
義妹をいったん落ち着かせるようなだめ、俺は史奈へ疑問をぶつけた。
「おい、実験台ってどういうことだよ? 俺は今から何の実験台にされるんだ?」
「安心していいよ。別に体をどうこうしようとか、そんな危険な実験に君を使うわけじゃないからさ」
じゃあ、いったい何をしようと言うのか。
重ねて訊こうとしていると、その部長とやらが座っていた椅子から立ち上がり、俺の方へ歩み寄って来た。
「へぇ。君は面白いね。なかなか可笑しな境遇をしている。佐伯が実験台として連れて来るだけのことはあるよ」
メガネをクイッと指で整え、おさげ頭を揺らす部長さん。
地味な見た目の彼女だが、謎に貫禄があった。喋り方のせいだろうか。堂々としている。
「面白い境遇って、別に俺は普通に生きてるだけですけどね」
誤魔化すように言うと、占い部の部長は面白げに口元を手で覆いながら笑い、
「普通に生きていても、人間予期せぬ事態に巻き込まれることがあるものだからね」
「……何が言いたい?」
「簡単だよ。君、少し私の占いを受けてみて欲しい」
占いを受ける。
それが頼まれ事だとでも言うのか。
だとしたら少し拍子抜けだ。
もっと、何か体にあんなことやこんなことをされるのかと警戒していたから。
「了承してくれるのならこっちへ来て欲しい。悪くはしない。ただ、君に真実を告げてやるだけだからね」
「……それもなんか嫌だな」
俺の意識は伊刈虎彦じゃないから。
というか、そのことを史奈は悟ったうえでこの人に会わせ、占いを受けさせようとしたとか……?
そうだとすれば、占いを受けるのも嫌なのだが……。
「とらくん、受けてあげてくれない? この人たちを満足させて、早く一緒にアイスクリーム食べに行こうよ」
なんかこっちはこっちで急に予定を作ってきた。
聞いてない。アイスクリームを食べに行こうだなんてこと。まあ、別にいいけども。
「……陽花がそう言うなら、いいよ。受けてやるよ」
ため息交じりに俺が言うと、占い部の部長は嬉しそうに手招きしてきた。
水晶の前の椅子に座ってくれ、と。そう言ってくるから、俺はそれを素直に受け入れた。
水晶の前で腰を下ろす。
「では、君のことを少し見よう。……ふむふむ。うん。へぇ、なるほどねぇ」
気になる言い方をする。
見えたものをすぐにその場で言って欲しいが、部長さんは一分ほどうんうん頷いた後、やがて俺に語り掛けてきた。
「やはり面白い。面白いよ、君は」
「わかったから、早く何が見えたのか言ってくれ。俺、早く妹とアイス食べに行きたいの」
面倒くさそうに言ってやると、占い部の部長は「それなら」と結果を話し始める。
「伊刈君。君には昔、引っ越し別れした幼馴染というやつが存在するね?」
瞬間的にドキリと胸の内が跳ねた。
話半分に聞いてやろうと思っていたのに、初っ端から予定が崩れる。
本当に俺のすべてを見抜いてきた。思わず目を見開いてしまう。
「名前は……そう。葵さんとても言っておくべきかな?」
「……葵さん?」
陽花は怪訝な顔で首を傾げていた。
俺は冷や汗を浮かべるだけで何も言えない。
ただ部長の話を聞くに徹していた。
彼女は意味ありげにニヤつき、俺のことをジッと見つめながら続ける。
「ただ、彼女、どうやら記憶を失って違う世界に迷い込んでいるようだ」
「違う……世界?」
「そう。違う世界。……フフフッ、面白いねぇ。実に面白い」
笑う部長を、俺はただ冷や汗を浮かべた状態で見つめ返す。
生唾を飲み込んだ。
――葵。
その女の子の名前が、まさかこの人の口から飛び出すなんて。
だが、驚きはそれだけにとどまらない。
彼女は、続いてとんでもないことを口にした。
「その違う世界とやら。もしかすると、今私たちが生きているここなのかもしれない」
「……え?」
疑問符を浮かべる。
小首を傾げていると、部長は俺の耳元に顔を近付け、そっと囁いた。
「……君の義妹か、君と同級生の若野瑠香さん。どちらかが『葵』だね」
と。
まるで俺の境遇をからかいながら弄ぶかのように。
そっと囁くのだった。
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