第8話 甘いスプーンとあーん。

 衝撃的。


 今の俺の頭の中を一言で表すなら、まさにそれだった。


 唐突に連れて行かれた占い研究部の部室。


 そこにいた占い部の部長から、俺は自らの境遇をほとんど当てられてしまったのだ。


 しかも、葵もこのラバポケの世界に存在している、と。そんなことまで告げられて。


「――ねえ、とらくん? さっきからどうかした?」


 声を掛けられ、ハッとする。


 見れば、アイスクリームを買いに行っていた陽花が向かいの席に戻って来ていた。


 大型ショッピングモールのフードコート。


 俺たちは今、二人してそこにいる。


 時刻も十七時で、まだ家に帰るのにも早かった。親から心配されるということもない。


「……別に何も無いよ。ちょっと考え事してただけで」


 俺が返すと、陽花はわかりやすく心配そうに眉をひそめる。


「その考え事してるっていうのが心配なんじゃん。どうせさっき占い部の部長から言われたこと気にしてるんでしょ?」


 正解。


 でも、だからといってそれを陽花に詳しく話すのはマズい気がした。


 部長曰く、この義妹の意識は葵である可能性が高いらしい。


 俺と違って記憶は失っているが、だが。


「なんかあの人、とらくんに耳打ちしてたよね? 何て言われたの?」


 ストロベリーのアイスを口にしながら、陽花は神妙な面持ちのまま問いかけてくる。


 俺の前にもキャラメルアイスがカップで置かれているが、それには手を付けられるような気分じゃない。


 ややうつむいたまま、視線を少し横へズラす。


「……何でもないよ。陽花は気にしなくていいから」


「そんな風に言われて、気にしないでいられるわけないじゃん? とらくん、そもそも今日は朝から様子おかしいんだし」


 痛い所を突かれる。


 目を覚ましたばかりの時のことだ。


 あの時、俺は確かに陽花からすればおかしなことを言い放ち続けていた。


 正木俊介がどうだの、ラバポケがどうだの、転生がどうだの、と。


 そこに関して陽花も色々ツッコみたかったはずだ。


 それを今ここで解放してくるかもしれない。


 俺は内心ビクついていた。色々深く訊かれるかもしれない、と。


「……だったら、まだこっちについて色々訊く方が安心かもな」


「……? 何? なんか言った?」


 小首を傾げて不自然そうにする陽花。


 俺はそんな義妹に対して「いや」と手を横に軽く振った。


「こっちの話だ。まあ、陽花に何も話さないっていうのも気持ちが悪いから、ちょっと話すことにするよ」


「ちょっとじゃなくて、たくさん話して」


「おう、たくさん話す。話すし、アイスくらい自分で食べられるから」


 自分のスプーンで俺のキャラメルアイスを掬い、それを口の前まで差し出してきている義妹。


 これ、俺が食べてしまえば堂々と間接キスすることになる。


 その辺り、こいつは気にしないのかと思った。


 朝、俺が色々ラブだの好きだの言ってた時は顔真っ赤にさせてたくせに。


「だってとらくん、さっきから全然アイスに手出してない。そうこうしてるうちにこれ溶けちゃうよ?」


「溶けない程度に食べようとは思ってたんだ。心配ご無用」


「はい、絶対嘘。ずっとボーっとしながら考え事してたし、嘘だね。ほらほら、気にせずあーん。食べて?」


「そのあーん、ちょい危険じゃない? 陽花のスプーンじゃん?」


「うん、そうだよ。陽花のスプーン。それの何が問題でございますか?」


「陽花の貞操の危機だ」


 俺が言うと、陽花は「やれやれ」というように呆れていた。


 手に持たれたスプーン、掬っていたキャラメルアイスは陽花自身の口へ持っていかれる。


「とらくんがまだそんなことを気にしているとは。可愛いねぇ~」


 で、からかうような視線。


 今度は俺が呆れる番だった。ため息をつきながら返す。


「何が可愛いだよ。朝、俺が可愛いって言い続けてたら顔真っ赤にさせてたくせに」


「あれは別なの。なんかいつものとらくんじゃなかったし。そもそもとらくん、普段あんなこと言ってこないし」


「なら、間接キスとかあーんは普段からしてるってことか?」


 何気なく流れのままに問うと、陽花は恥ずかしそうに軽く照れながら、俺のことをジト目で見てきた。


「そういう言い方はなんか良くないよ。まるで……その……家族を超えた何かみたいじゃん?」


「まあ、義兄妹だからな。恋人にもなれる」


 これもサラッと言ってやったのだが、陽花にクリティカルヒットダメージを与えられたようだ。


 口元をアワアワさせて動揺してる。


 耳まで赤くさせて、自分のストロベリーアイスをパクパク食べながら、上目遣いのジト目で俺をマイルドに睨んできていた。


 結局そういう反応をするのか、と呆れてしまう。可愛い義妹だ。


「わかったろ、陽花? そういうことだから、今後はお兄ちゃんへうかつにあーんなどはしないこと。いいか?」


「……いいんだ?」


「……ん?」


 なんだ……?


 自分の口にスプーンを突っ込んだままの陽花がボソッと何か言う。


 俺は首を傾げた。


「とらくん、私が今後一切あーんしなくなってもいいんだ……?」


「……っ」


 何その言い方。


 なんか微妙に後悔の思いが自分の中でじわじわ出てくる。


「今までしてきた間接キスも……できなくなっちゃうね?」


「っっ……!」


「もったいないなー……」


「ッッッ……!」


 いやらしい気がした。


 ジト目の陽花は俺の反応を見て味を占めたのか、徐々にニターと笑みを浮かべ始める。


 それも、頬を朱に染めたままだ。


 言葉を返す俺の語調も自然と強めになった。


「よ、陽花!? そういう言い方はやめなさい……! お兄ちゃん、陽花をそんな子に育てた覚えはなくってよ……!?」


「……えへへ。照れてるとらくん可愛い……レア」


「ちょっともうやめてぇ!? お兄ちゃんのこといじめないでぇ!?」


 今度は俺が顔を熱くさせる番だった。


 思わず手でその熱くなった顔を覆ってしまう。


 小悪魔陽花ここに爆誕。つい変な口調にもなってしまった。


「ふふふっ……。でも、あの人の言ってること、確かにほんとだね」


「……? あの人……?」


 ニヤ、と笑んだまま、口にスプーンを入れた状態でテーブルに肘を突いて陽花は言う。


「史奈先輩。あの人、とらくんのこと変わったって言ってたけど、私もそう思う」


「……うっ」


 なるべく虎彦のことは性格も口調も真似しているつもりなんだがな。


 節々で俺――正木俊介が出てしまっているということか。無念だ。


「でも、それは良い方に、だよ? 前に比べてとらくん、ちょっとからかいやすくなった」


「……それって良いことなのか?」


 俺がボソッと言うと、陽花は軽く笑って、


「良いことだよ。急な変化だけど、今の方が良い。前までのとらくんも私は好きだけどね?」


「……」


「前までのとらくんがああいう風だったのも……私、理由わかってたから」


 含みのある言い方をする陽花。


 俺はそんな義妹のことを見つめ、ゲーム内の虎彦に思いを馳せた。


 悪役であるこいつのことを。


「……とまあ、そういうことなので。色々陽花に話してください。何のことで頭を悩ませてるのか」


「……結局話は戻さないといけないんだな」


「そりゃそうだよ。義妹だもん。私」


 それって関係あるのだろうか。


 そう思うものの、俺は苦笑しながら話を切り出すのだった。


「陽花、お前は葵って女の子のこと、知ってるか?」と。


 後ろに会いたくない人影二つが迫っていることに気付かず。

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