第3話 義妹としての枠組み、超える?

 異世界転生。


 その言葉くらいは聞いたことがあった。


 漫画やライトノベル、映画やアニメなんかでは割と定番のネタで、冴えなかった主人公が異世界に飛ばされた後、チート能力を使って無双する。……みたいな、簡単にスカッできる人気ジャンルのことを指す。


 さらに言ってしまえば、それは現実世界を生きる俺からすればただの妄想でしかなく、リアリティの無い作り話でしかない。


 そういう認識だったのに、だ。


 ……これは……本当にいったいどういうことなのか。


「い、伊刈……虎彦……!? 伊刈虎彦に……なってる……!? 俺……ラバポケの……登場人物に……!?」


 姿見に映る自分。


 それはラバポケの主人公――八神遊星やがみゆうせいの彼女をピンポイントで寝取ろうとする悪役、伊刈虎彦の姿そのものだった。


 正木俊介なんてどこにもいない。


「あの、とらくん? 大丈夫? ラバポケの登場人物とか、何言ってるのかさっぱりだけど? やっぱり病院に行った方が……」


 四つん這いで絶望している俺のためにしゃがみ込み、目線を合わせて心配してくれる美少女。


 いや、もうその呼び方はする必要が無い。


 ここがラバポケの世界で、俺が伊刈虎彦と化しているのであれば、必然的にこの女の子の名前は出てくる。


「陽……花……?」


「っ……! な、何、記憶喪失のくせに私の名前は覚えてるの……?」


 やっぱりだ。俺は間違いなくラバポケの世界にいる。


「……シスコン。好き過ぎじゃん? 私のこと……」


「……まあな。いつも良い子だなって思ってたよ」


 登場立ち絵はないけど、いつも伊刈虎彦を献身的に支えてあげてる存在だったし。


 ……なんて思いながら、ショックの最中で何気なく返していると、陽花の様子がおかしくなっていることに気付く。


「……ふ、ふぅん……。す、す、す……ってところは否定しないんだ……ふぅん」


 ハッとさせられた。


 何気なく返した自分の言葉の不十分さ。


 これだと陽花のことが好きって言ってるのと変わらなくないか……?


 現にこの義妹はなんか――


「まあ、私もとらくんのこと……き、嫌いではないんだけどね……?」


 妙な湿度を感じる。


 言い方がねっとりしてるというか、湿っぽいというか、もじもじして目の動きとかすごい挙動不審になってるし。


 そりゃ虎彦と陽花、元々は赤の他人だし、血のつながってない男子と女子だから、恋愛しようと思えばできる。義兄妹だけど、親が許せばそこはオールオッケー。問題なし。


 虎彦自身もこんなに陽花から好意抱かれてたんなら、遊星(主人公)の恋人ばかり狙わないでこの子と付き合えばよかったのにな、ほんと。めちゃくちゃ可愛いし。


「……むしろ……す、す、しゅ、しゅき……って……いうか……」


 あー、そっかー。しゅきかー。


 震える口元から繰り出される蚊の泣くような声。


 とは言っても、この部屋の中にいるのは今俺と陽花だけだ。どれだけ小さかろうが、割と互いの声は聞き取れる。


「……ごほんっ」


 俺が咳払いすると、陽花はビクつきながらこっちを見て、あたふたし始めた。


 おおよそ自分の言ったことが聴こえたんじゃないかとか、とんでもないことを口走ってしまったとか、そんなことで慌てふためいてるんだろう。


 ……こうなれば、もはや俺が正木俊介として自我を出し続けるのは悪手なのかもしれない。


 どういう原理で異世界転生するハメになったのか、その理由やら仕組みはまるでわからないものの、喚いたところで状況は変わりそうにない。


 だったら、ここは一つラバポケの世界を堪能してもいいんじゃないか。


 遊星(主人公)視点じゃないってのも新鮮だし、ちょうどいい機会だ。


 ここらで一つ歴史改変してやることにした。


「――俺も好きだよ、陽花のこと」


「んぇっ!?」


 頓狂な声を上げる陽花。


 恥ずかしくはある……が、幸い虎彦のビジュアルはかなりいい。多少キザな発言をしても許されるレベルだ。


 内心恥ずかしがっていることを悟られないよう努めながら続ける。


「いつも俺に優しくしてくれるし、身の回りのことも適度にしてくれる。俺が傷付いてる時には慰めてくれたりもして、おまけに見た目も可愛いときた」


「へ……!? あ……!? あぇ……!? と、とと、とらくん……!?」


「最近はすごく心配してるんだ。陽花が変な男に取られたりしないか、ってな。ずっと、ずっと、傍にいて欲しい。心の底からそう思ってる」


「とらくん!?!?」


 動揺しまくってる陽花。


 でも、俺はそんな義妹との距離をどんどん詰めていき、遂に壁まで追い詰めるような形をとる。


 そして、キザっぽく陽花の髪の毛にも触れると、


「ひぁ……だ……めぇ……だめだよぉ……」


 肉食獣に襲われる前の草食動物みたいにプルプル震えながらの上目遣い。


 その茶褐色の瞳は潤み、演技だったはずの俺も、自分の中のそういった感情を半ば無理やり引き出されるような、そんな感覚に陥る。


 思わず生唾を飲み込んだ。


 やっぱりラバポケの虎彦はバカだ。


 なんでこんなに可愛い義妹がいるのに、あいつは……。


「……なんなら、義妹としての枠組みだって超えてもいいと思ってるよ」


「ぇ……ぇ……!? ななな、何言って……!?」


「可愛いね、陽花」


「ぁ……! ぁぁぁ……!」


「フォーリンラブ、陽花」


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 よしいける!


 そう思った刹那だった。




「おーい、虎彦ー? 朝っぱらから自分の義妹相手に何してるんだー?」




 すぐ真横。


 扉を開けて部屋に入って来ていた父親に声を掛けられ、俺は驚きの声を上げるのだった。

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