2. 一番下の妹【4/4】

 わたしは上下と、靴もいいのがあったら買おうとしていたから時間がかかるつもりで来ていた。志田君関係なしに遠足を口実におしゃれな服が買えるチャンスだと思いお母さんにせがんでお金を多めにもらっていた。他の三人は案外控えめで、遠足用に欲しいものなんてせいぜい一つずつで、選ぶのも早く、ほとんど会計を並ぶのに時間を取られているだけだ。連休真っ只中のショッピングモールは混んでいて当然だから冷静に、少しでもスムーズに進めれるようにって、一人が会計するあいだに次の店をどこにするか話しあったりした。わたしが絶対一番このモールに来た回数は多いはずだけど、三人とも買い物を回るのがうまくて、「うまい」って思って初めて、単に買い物を回るのにも技術があるんだ、と知った。

 阿部は遠足当日も今日と同じ格好で行くと決めていて、着ていた大きめの黒いパーカーに合うリュックをモール内をウロつきながら見つけだした。

 トモヨはお気に入りのショップに入るなり狙っていたという花柄のワンピを手に取りそのまま会計しにいった。他の店舗で以前に一度試着済みらしい。

 キャムは何軒か回った上で「やっぱり最初の店のにします」と言い、わたしの買うべき服をトモヨがあれこれ手に取りながら思案してくれているあいだに一人でさっさと戻って買ってきていた。綿麻の白いブラウスだった。

 それぞれの趣味や選ぶときの基準――機能性とか素材とかかわいさとか――を見ているのもおもしろかった。そしてこのなかではわたしが一番優柔不断だということもわかった。原因は自分のしたい格好の明確なイメージがないからかもしれない。今日のように自転車で行こうと決めてそれなりに合う服を選ぶことはできても、漠然と「かわいくなりたい」じゃ自分でも何をすればいいのか、どうなれば満足なのかがわからない。それにこれは志田君のためにかわいくなりたいってんじゃなくて、クラスとか遠足とか高校生とかそういうワード込みでわたしのなかに形成された願望で、その願望はもはやわたし主体のものではなくて、そのように捉えて行動していく義務、みたいな、中学時代を経て変わろうとしたわたし固有の「女子であるための務め」なのだった。それはある意味「呪縛」のようでもある。本来こういったことは意識してするものじゃなく、トモヨが信じて実践している「かわいい」のように、それ自体の魅力に自然に惹きつけられて叶えようとする願望であるべきなのだ。考え込むよりも先に動く、これが肝心だ。わたしにももっとそれができれば――、と考えてしまう時点でもうダメで、これはずっと昔からわたしに染みついている悪い癖だ。思い返せば思い当たることしかない。そうやって縮こまってきたからみんなとの違いを理解できたし高校生になって変わろうと思えたのだ。



 友達の意見をもらって服を選ぶのは楽しかった。今までで初めての経験だった。わたしの脚をほめてくれるトモヨはミニスカートをゴリ推ししたけどそれだけは恥ずかしいので断って、少しタイト目の白のサロペットを。トップスに何を合わせるかは三人とも見事に意見が割れたけど、こっちはトモヨの案を採用させてもらった。「これめっちゃいい。うちが欲しいくらい」と言って持ってきたのはオーバーサイズのピンクと白のボーダーのロンTだった。これは文句なしにかわいい。思ったより値が張ったけど派手すぎってこともないし地味でもないこのコーデはわたしには丁度いい冒険だった。

「これに足元をどうするか。帽子は被るのか被らないべきなのか、メシでも食いながら話そぉ」

 とトモヨが言った。どうやら全員お腹が空いていたらしく「いいですね」「行こう行こう」とフードコートに向かった。こうして遠足用の服を買うという用事そのものは午前中に済んだ。


「今日はみんなありがとう」

 わたしは心からお礼を言う。「途中から志田君のこと忘れてふつうに服選んでたわ。かわいいってやっぱりすごい」

「どしたん小村」

 阿部がたこ焼きを食べながら笑う。

「志田君は絶対どきっとしますよ。小村さんの制服姿しか知らないんですから」

「志田って女兄弟いたっけ?」

「いや、仲悪い兄貴だけって言ってた」

 わたしが答える。出席番号順の席が志田君の斜め前だから本人から聞いた。

「女子の私服自体見慣れてない可能性あるってことか。もしかしたら遠足ってシチュだけで大興奮すんのかも」

「まさかぁ」

「いや男兄弟しかいなかったらそんなもんって、アタシ地元の男子たちから聞いたことある」

「地元って千葉の?」

「そうそう」

 阿部の言うその「男子たち」に元彼は含まれているのだろうか。

「わたしは、志田君にも当てはまるのかわかりませんが、見慣れていないぶんじっくり見たくなりますね。男子の私服」

 と一人っ子のキャムがたらこスパゲッティを巻きながら言った。「写真で見るのとは全然違いますからね。よく観察します」

「志田はキャムと違って絵描きじゃねーんだわ」

 阿部が笑った。キャムのじっくり見たいは男子への興味と単に服そのものの観察が混ざっている。キャムはイラストを描くのが好きで、それもなんかすごくって、わたしの全然知らない深夜にやってるアニメとかの絵を描いてネットにアップしている。もうれっきとした友達だけどそのへんは全然違う人種と言える。

「ナマで見たときって身体の動きがあるからその都度光の当たりかたが違うでしょう? そしたら必然的に服のシワ自体変わってくるわけでして、顔の表情を固定しても光源の位置やとかカメラアングル次第で影は形を変えるから画面の印象っていうのは服のシワ一つとっても――」

「わかったわかった」

 阿部が止める。キャムは途端に熱弁を始めるしそのスイッチがいつ入るのかも予測できないところがあり会話が破綻しちゃうほど暴走することもしばしばだった。けれど今日はわたしにはこの意味がわかる、と、ちゃんぽんを啜りながらキャムの言葉を噛み砕いた。

「顔の表情も大事やけど見えかたも大事ってことよな」

「そうそう。そうなんっすよ!」

「ちゃんと志田の話に繋がんのかよ」

「見えかたっつーか、見せかた?」

 とトモヨは言った。「あ、コレおいしー」

 スモークサーモンとアボカドのベーグルサンドだった。

「そうですね。この場合小村さんが志田君にアピールするわけですから、その際に最も効果的な見せかたは何か。これを考えましょう。どう見せたら魅せれるのか。同じ表情でも光の表現次第でいくらでもドラマチックになるように、来週の遠足でかわいい服を着た小村さんがよりかわいくなる演出を、です」

「キャムはどう思うのさ」

「わたしですか? わかるわけないじゃないですか。増田さん、お願いしますっ」

「丸投げかよ」

「そりゃだって、ちゃんと恋愛している人に訊くほうがいいに決まっています」

 トモヨはむぐむぐとベーグルサンドを口に含んでいるのですぐには応えず、手のひらをこっちに向けながらアップルジュースをストローで吸い、ベーグルを飲み下してから、

「いやいや、うちかてアレよ? 男兄弟おらへんしどっちかって言うと男の子の私服見れるだけで大興奮しちゃう系よ?」

 と言った。たこ焼きをもう食べ終わっていた阿部が言う。

「おー、まさかのトモヨがそっち側かぁ。トモヨは妹いるんだっけ?」

「うん。二コ下。杏奈ちゃんも恵媛ちゃんもお兄ちゃんおるんやろ?」

「そ。アタシは二人。恵媛は三人もいんだよなぁ?」

 阿部はわたしがちゃんぽんを啜っている最中だったからわたしのぶんも答えてくれた。今度はわたしが手のひらをみんなに向けて水を飲み、飲み込んでから言った。

「そうなんよ。わたし兄弟は男ばっかりでしかも上の二人がめっちゃ離れてるから、なんかゴツゴツしたものに囲まれて育ったで。カメラとか楽器とか、そっち系で使うようわからんキカイとか。だからかわいいものに対する勉強ができてなくってみんなの力を借りることになってしもうて――」

「いやいや」

「まぁまぁ」

「恵媛ちゃんかわいいよ」

「そう、小村は素材がいいよな。肌も骨格も綺麗だし」

「小村さんみたいな顔になりたいですもんわたし」

 急にみんながめっちゃほめてくる。

 かわいいと言われることは昔は家族のなかではよくあったことだけれど家以外では言われ慣れていないのでめちゃくちゃ照れるしその「かわいい」は家族の言う「かわいい」とはまったく別物の感じがする。それにわたしは自分がかわいいかどうかより賢いか馬鹿かのほうばっかり気にして生きてきた、という感覚が今日四人で遊んでいて初めて意識のなかに降りてきていた。

「わたしはかわいくなんかないよ。でも、気付いたかもしれへん。女の子は、全員かわいいんかもな。だってかわいい生き物やから」

「おお……、どうした」

「ねこがかわいい、と言うのと同じ次元で女の子はかわいいから、全員かわいいんねん」

「……素晴らしい」

 トモヨが言った。「恵媛ちゃん、その発想がもうかわいいわ」

 トモヨはよっぽど感動したのか目に涙すら浮かべているではないか。かわいいな、とわたしは思う。そんなトモヨを見てあちゃー泣いちゃってるよって顔のキャムも、めっちゃ小声で「まじか」って笑った阿部も、かわいい、と思った。わたしは、

「よかったらさ、うち近いから遊びにこーへん?」

 という提案をした。

 不意に思いついた。ここならバス停があるから、乗れば十五分ほどで着く。

「いいんですか? このあとどうしよっかって思ってたんですよ」

 とキャムはやや前のめり。

「うちはカラオケかなーって漠然と思ってたわ」

 トモヨが右目尻の涙を小指でぬぐいながら言った。

「いきなり行っておうちの人大丈夫?」

 阿部の心配には他の二人も同意見のようでうんうん頷いてこちらを見た。

「子供が急に友達連れてくるのには昔っから慣れてる家やから大丈夫やで」

 とわたしは言った。しょっちゅう友達を招いたのは兄たちの話で、わたしが個人的に友達を家に呼ぶことは小学校低学年のとき以来だった。



3.へ続く

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