第29話 消えた婚姻宣言

「マチルダは、まだ回復しないの!?」

王妃の声が、広間に響き渡った。侍女たちは一瞬息をのむ。王妃は苛立ちを隠せず、侍女の肩を軽く揺すり詰め寄る。


「とにかく、こちらに呼んでちょうだい!式の時間が近づいているのよ!」


その間にも、人々のざわめきが城前の広間を満たしていた。


装飾の旗や、煌びやかな服装をまとった貴族たち、そして民衆の好奇の眼差し……それらを受けながら、聖女マチルダは自室からの廊下を、侍女の後ろについて歩いていた。


準備を整え、広間に足を踏み入れる。聖女マチルダとして、その場所に立っていた。時を待ちわびた人々の視線が一斉に彼女に注がれる。心臓の鼓動が速くなるのを感じながら、彼女は精一杯の笑顔を作った。

体の中で、拒否反応が暴れそうになるのを必死にこらえる。かろうじて、マコを支えていたのは先程再会した友人、レオンだった。


それでも魔力の疲弊が全身を包み、思わず肩を震わせそうになる。マコは視線を逸らさず、やっと立っていた。


王妃はルークと聖女マチルダの婚約を、華やかに発表しようと口を開いた。

手を振り、辺りをゆっくり見渡して全ての視線を我がものとした。

昨夜の奇跡を目の当たりにし、国のために最前の道を歩もうとする、王妃の演説に皆が釘付けになった。


「本日、皇太子ルークと聖女マチルダの――」

滑らかに、婚姻の宣言を始めようとした、その瞬間、侍女のひとりが慌てて割って入り、部屋の入り口に配置されていた騎士に止められた。侍女の顔は蒼白で、息を切らしていた。


「王妃様! アルベール王が……ご危篤です!」




その言葉に、広間の空気が一瞬で張りつめる。王妃は舌を鳴らし、短く息をついた。

「な、なんということ……」

今、王が倒れれば、結婚どころか婚約さえも先延ばしになる。ルークを王にする長年の計画は、すべて狂ってしまう。王妃は冷静でいられなかった。


広間の騎士たちの間にも動揺が走っていた。王の異変に、誰もが慌てる中、進行役だった騎士団長ローガンが声を張り上げた。


「本日の継承式は、改めて執り行う事といたす!」


その瞬間、広場は騒然となった。


ローガンは静かに王妃の側に立ち、視線を素早く走らせる。混乱する騎士たち、ざわめく民衆、侍女たち……すべての状況を把握し、次の指示を瞬時に決める。


「王妃様、こちらへ」と低く告げ、近くにあった来賓用の椅子に座らせる。


マコはその混乱の中で、震える唇を噛みしめた。


ローガンの声が再び広間を支配する。騎士たちは互いに目を配り、民衆を静めよう足早にその場を去った。

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