第28話ウィリアムの正体
城の北翼、重厚な扉の向こうに控える書斎の空気は、外の華やかな式典の喧騒とはまるで別世界だった。
ウィリアムは深く椅子に腰を下ろし、冷たい手で机の角を握りしめる。
「サンドラ、いや、王妃殿下。我が妹は今日も美しいな」
口先ではそう言いながらも、彼の瞳は静かに計算の光を帯びていた。
王妃サンドラは式典の準備に追われている。外面は華やかだが、ウィリアムには彼女の焦りや不安がすべて見透かせた。妹を悪女の仮面で飾らせることで、自分の立ち位置を常に気をつけてきた。
お前を悪者にするだけで、私は王妃の良き兄の立場に立てる──
心の中で小さく笑った。実際、妹は自らの意思で王妃を演じていたのだ。だが、それもウィリアムの計画の一部でしかない。
彼の指先が古びた巻物に触れる。そこには長年の策略の痕跡が細かく記されていた。アルベール王に呪いを仕込み、徐々に衰弱させる。聖女を利用すれば、王の失脚も夢ではない。
「まさか可愛い甥っ子に及ぶとは……思いもしなかったんだ、すまない」
わずかに声が震えたあの日。しかしその心の奥底では、抑えきれない喜びが芽吹いていた。
アルベール王の強大な魔力は、思わぬ方向に作用してしまった。息子ルークにも呪い返しの力が及び、健康に影を落とす結果となったのだ。
「可哀想な妹よ。大切なものを、道連れにせねばならないなんて……」
だがウィリアムは、それを偶然ではなく計算の一部として心の中で咀嚼する。アルベール王が愛する息子に、偶然とはいえ危害が及ぶのを見て、胸の奥でくすぐるような興奮を覚えていたのだ。
十歳のレオン──アルベール王の庶子を城から追い出したのも、緻密な計画の一環である。
森に逃げ込ませ、野犬を放つ。運命の歯車が狂えば、計画はすべて水泡に帰す。
レオンのブローチを野犬が持ち帰ったとき、ウィリアムは小さく息をつき、歓喜した。
「完璧だ……」
机の上に置かれた小瓶を手に取り、中に封じられた魔力を確認する。アルベール王への呪いの媒介となり、王を蝕む。息子も間接的に巻き込む。しかし表面上は誰も気づかない。この仕組みを作り上げたのは、紛れもなく自分だ。
「王家は私の手中にある……すべて、私のものになる!」
口元に笑みを浮かべ、ウィリアムはゆっくりと椅子から立ち上がる。背筋を伸ばし、城の窓から式典の喧騒を見下ろした。外の世界は、彼の計画に気づかぬ人々であふれている。
サンドラよ、お前も知らぬうちに私の盤上の駒となる。すべては王家を乗っ取るため……そして、この国を私の支配下に置くためだ。
声にはできぬ内なる叫びに、ウィリアムの野心は燃え上がった。
窓の外で王都の鐘が高らかに鳴る。式典開始の合図の音は、ウィリアムにとって進撃の号砲のように響いた。
「全て、私の掌の中にある……」
心の奥底でほくそ笑み、表面上は善人を装い妹を悪女にする。今日もまた、城の人々は自分の掌の上で踊っているのだ。
「全く、魔法というのは愉快なものだ」
こんなにも楽しませてくれる――
ウィリアムは席を立つと、継承式の会場へと向かった。
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