8月7日(1) 知りたい気持ち

暑い夏が始まった。

中庭の大きな木にも蝉が沢山住み着いているのか、沢山の蝉の声が聞こえていた。

「夏だな…。」

本当であればサッカーも最後の試合を終えていたはずだった。

俺には、何も残らずに夏が始まってしまった。

結局俺は何も最後までやりきれずにこのまま生きていくのか。 

そんな気持ちでさえ思えてきた時だった。


「なんや、辛気臭い顔して。」

ふと顔を上げるとそこにはクスクスと笑う柚の姿があった。

何故か柚の顔を見ただけで少しホッとしたような気がした。

「辛気臭いってなんや。」

「そんな顔してたら暑い夏がもっと暑くなってまうで?」

そう言いながら柚はコンビニ袋からアイスを取り出し、俺の頬にペタッと付けた。

「ひえっ!」

不意を突かれ変な声が出た俺を見て、柚はまたケラケラと笑い始めた。

「流石関西人やねー!」

「急になんやねん!びっくりするやろ!」

「えー、せっかく居るかなと思て買ってきたのに。要らんの?」

少し口を膨らませて手渡されたアイスを俺はドキドキしながら受け取った。


「暑い中で食べるアイスは別格やね。」

「…そうやね。」

嬉しそうにアイスを食べる柚が自分より小さい子供のように見えた。

そして、可愛いなと思ってしまった。

ぼーっとアイスを食べながら空を見ていると、柚が躊躇いがちに話し始めた。

「正くん、何か悩んでるの?」

「…どうしてそう思うん?」

「なんとなく、そんな気がしたから。」

柚の方を見ると、少し心配そうにこちらを見ていた。

俺は息をつき、残りのアイスを食べきった。

「なんか目標がなくなってさ、俺はこれからどないしたらええんやろってぼーっとしとっただけや。」

「そっか…なるほどやね…。」

柚はうんうんと頷くと残りのアイスを食べて、笑みを浮かべた。

「ゆっくりでええんやと思うよ。正くんなら何でもこれから出来るんやもん。」

「柚…。」

まるで自分はそれが出来ないと言うような、そんな口ぶりに見えた気がした。

そういえば、柚はなんで入院をしているのだろう。

出会ってから聞いたことがなかったが、今なら訊ける気がした。

「柚はなんで入院してるん?」

「!」

俺がそう聞くと、柚は少し困ったように笑みを浮かべた。

「私の事はええんよ。」

「俺は知りたいよ、もっと柚の事。」

「正くん…。」

俺がそう言うと柚はすこし恥ずかしそうに俯いた。

「じ、実はね、私…。」

躊躇いがちに柚が話し始めようとした時だった。


「お姉ちゃん!」

扉の所で1人の女の子が怒った様子で立っていた。


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