泰然自弱、愛の切端⑤
5
「あっ、そこ」
紫音がそう言って、ぎゅっと目を瞑った。普通に見つめ合ってするのは嫌だという紫音の言葉を無視して、ボクは彼女を真正面から抱いていた。
「拓巳くんッ、好きッ」
紫音は、息絶え絶えに言葉を吐き出す。ボクは紫音の赤く染まった頬を見て、彼女の胸を揉みしだく。
「ボクも好きだよ」
ボクも彼女に応えるようにそう言う。それから丹田に入れていた力を緩め、腰の動きを速めた。紫音と繋がった部分にきゅっと圧が加わった。その圧に後押しされて、鼠径部から陰茎まで刺激が伝わる。そうしてゴムの中に精子が溜まると、ペニスが虚空に宙ぶらりんになったような心地がする。
悪くないな、と思った。
「恥ずかしいって言ったのに……」
紫音が耳を真っ赤にして、両手で顔を隠していた。紫音は、部屋の電気を消してほしいとも言っていたが、それも無視した。明るい部屋の中で、彼女の百面相を楽しみたかったからだ。
「疲れた」
紫音が脱力したように、頭を枕に乗せると彼女の頭が深く沈んだ。ボクは彼女の目を見て黙って両頬を挟み込むように触って、彼女の唇に吸い付いた。
「んッ!」
紫音は驚いたようにくぐもった声をあげる。けれどすぐに彼女の方からも舌を入れてきて、二人でわざとぴちゃぴちゃ音を立てながら、お互いの唇と舌を味わった。しばらくそうしていて、息苦しさを感じても口を離さない。紫音がそうされるのが好きだし、ボクもそういう紫音の顔をじっと見ながらキスをするのが、最近はお気に入りだった。
「ぷはっ」
酸欠になるほどにお互いにむしゃぶり尽くした後、ボクも紫音も深呼吸をして肺に空気を送り込む。冷静になると、とてつもなく滑稽なことをしているな、とボクは思わず笑ってしまった。
「今日、泊まって良いよ」
ボクはそう言って、ベッドから立ち上がる。
静香がボクの家を出てから、もう三ヶ月経っていた。
ボクも紫音も四年生になり、会える機会は減ったが、それでも時間が空けば、こうしてお互い好きに体を求め合うことにしている。初めのうちはボクの方からばかり誘っていたが、一ヶ月くらい前から、紫音から連絡してもくれるようになった。今日も、ウチに来たいと言い出したのは紫音の方だ。
「お姉さん、最近はどう?」
ボクが精子の溜まったゴムを捨ててベッドに戻ってきた後、紫音が脈絡もなくそんなことを尋ねた。いや、紫音としてはずっと気にはしていたのだろう。静香と大輝さんがボクの家にいたのを見て、大輝さんを殴った日のことは、少し前に紫音にも話していた。ボクが静香と男女の関係だったことも、その時に話した。
「夫婦仲良くやってるみたい」
「……ふうん」
ボクがそれだけ答えると、紫音はぽふんと顔を枕に埋めた。
ボクと静香とで酒をしこたま飲んだあの日に、静香の夫──裕貴斗さんが静香を迎えに来た。静香と飲むために大量の酒を購入する前に、ボクから裕貴斗さんに電話をかけていた。大輝さんのことは話さなかったけれど、静香が寂しそうにしていたことや、おそらくは全部、あんたへの当て付けなんだということを、ボクは裕貴斗さんへの嫌悪感を隠すこともなく、伝えた。裕貴斗さんはそれで、すぐに静香を迎えに来ることを決めたようだった。
「早く来ないと、ボクが静香をもらうんで」
あのクソ男に対して、そんな捨て台詞を吐いて通話をやめたのが、果たして意味があったのかどうなのか。
「ん」
疲れ果ててうつらうつらし始めた紫音に布団を掛けてやり、ボクも隣に潜り込む前にスマホを見ると、遥華からのメッセージが入っていた。ゴールデンウィークの連休が取れたから、どこかで旅行に行きたい、という申し出だった。そういや、女の子と旅行先でってのはあんまり経験したことがなかったな。大学のサークルで温泉旅行に行った時に後輩に手を出そうとしたことはあったけれど、ボクがどんな女の子にも手を出す男だとの悪行は大学には知れ渡っていたのもあり、最後までヤるのは無理だった。
『いつでも良いよ』
ボクはすぐ、遥華にそう返信を送った。他の女の子との約束も特に入ってないし問題ない。
「あ、いや。姉さんから、連休くらいたまには家に帰って来いって連絡来てたっけ」
連絡が来ていたのは、義姉の静香ではなく、実姉の里美の方からだ。ボクも別に特段、実家に帰りたくないわけでもないけれど、単純に面倒くさい。それに、女の子との約束があるなら、当然そちらの方を優先したい。正月にも実家には適当に顔を出しただけで、さっさと女の子とのデートに戻った。その日は確か、真琴とのデートだった筈。静香と裕貴斗さんは、しっかり家族との交流もしていたようで、家族の輪の中にいて、美味しそうにお雑煮を食べていた。
ボクも他人のことを言えた義理じゃないが、あの二人のことは理解できない。静香の浮気のことは裕貴斗さんも知っている。と言うか、静香の話だと、裕貴斗さんは満足に夜の相手ができないで静香に不満を感じさせるくらいなら他の男とヤっても構わない、と思っていたらしいし。それを面と向かって言われてムカついた静香が、実際にちょうど良い浮気相手として浮上した大輝さんとヤって、それを目撃したボクが大輝さんを殴って──。
わけのわからない夫婦の喧嘩の中に巻き込まれたが、結局あの二人で話し合いの機会を設けて仲直りはしたらしい、というのは後々裕貴斗さんから報告を受けた。勝手にしたら良いと思う。
「あ」
今度こそ布団に潜り込むつもりだったのに、今度は祐実からの連絡だった。今、電話できないかという誘いだったが、生憎ボクは今、紫音の温もりを堪能するので忙しい。メッセージを未読状態にしたまま、ボクはスマホの電源を落とした。今度、祐実が欲しがっていたアクセサリーでも買ってやって埋め合わせしよう。ボクはスマホを適当に鞄の中に放り込む。
「瑞穂」
ボクは布団を被る紫音の横に潜り込み、彼女の名前を呼んだ。返事はない。彼女は本当に寝付きがいい。ボクは紫音の唇に軽く啄むようにキスをして、眠る彼女を抱き寄せた。暖かい。
ボクは紫音を抱擁しながら、今週の予定を思い浮かべる。明日は家庭教師のバイトだ。玲奈さんのところでのバイトを辞めてしまったので、バイトの時間が倍以上になってしまったのは正直痛い。また玲奈さんに連絡を入れてバイトをもらおうとしたのは一度や二度ではないが、ボクの方から辞めると言ってしまったし、あの日の惨めさを思い出して、玲奈さんへの連絡は控えている。それでも、バレンタインのプレゼントをあげに行った時、久々にヤった。ボクの方から「一発ヤりませんか」と言ったことに玲奈さんは大笑いをして相手をしてくれた。
玲奈さんのバイトを辞めた代わりに、女子高生相手の家庭教師のバイトを増やした。教え方が上手いとすこぶる評判が良く、口コミで教え子が増えている。ボクは女子高生以下を相手にするつもりはないのだが、家庭教師先のうちのお母さんの一人が、若くてなかなか良い女で、娘の成績について話し合うことを口実に外で食事をした時に一度だけホテルに連れ込んで、ヤった。それ以来、何度かアプローチを受けているのだが、予定が合わずにいたけれど、明日はフリーだ。また食事に誘うのも良いだろう。
「ホント、可愛い寝顔で寝るなあ」
ボクは紫音の頭を撫でる。静香が裕貴斗さんに連れ帰られた後、最初にセックスをしたいと思ったのは、紫音だった。紫音の求めに応じて、彼女に「好き」の言葉を囁いたあの時、静香のことが好きだった頃みたいに、このまま一人の女の子と付き合うのも良いかもしれないと思ったが、一発ヤって寝て、朝起きたらそんな気持ちはなくなっていた。別に、そんなことは後で考えれば良い。因みにその日の朝は、起きてきた紫音ともう一度ヤってから大学に行った。
「おやすみ」
ボクは紫音を抱いたままそう呟いて、深く息を吐き出してから、ゆっくりと目を閉じた。
『契り契りて、かく語りき。』完。
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