泰然自弱、愛の切端③
3
隆之介さんとは、ボドゲバーの最寄駅の前にあるファミレスで待ち合わせた。先に店に入っていた隆之介さんの前に座ると、隆之介さんはメニューと注文用タブレットをボクに差し出した。
「好きに食いなよ。奢る」
「ありがとうございます」
ボクは隆之介さんに軽く頭を下げて、唐揚げやシチューなど、本当に適当に目に入ったものを注文して、メニューとタブレットをテーブルの端に戻した。
「大輝が、悪かったって言っといてくれってさ」
「やっぱりそのことですか」
隆之介さんは水の入ったコップを、テーブルの上でスライドさせてボクに渡した。ボクはそれを受け取って小さく頭を下げ、ゴクリと一口飲んだ。
「ボクからも謝ります。別に、怒ってるとかじゃないんで」
「いや、直接言え?」
隆之介さんは気怠そうに溜息をつく。ちょうどそのタイミングでテーブルに注文の品が届いた。隆之介さんの前にステーキが、ボクの前に簡素な唐揚げだけが置かれる。
「遠慮しなくて良いからな」
「分かりました。食べたかったら適当に頼みます」
「まあ? 俺の見立ては間違ってなかったわけだ」
隆之介さんはステーキを一口大切り取って、口に運んだ。ボクも自分の唐揚げを一個食べる。
「見立て?」
「拓巳くんはかなりのシスコンだってこと」
「ああ」
そう言えば、そんな話もしたな。
「まー、大体のあらましは聞いたよ」
隆之介さんはそこで、はっと鼻で笑って顔を崩した。
「ボクは、聞いてないかもですね」
「大体だよ、大体。お姉さんはお姉さんでも、義理のお姉さんなんだってね」
「そうですね」
「綺麗な義理の姉とドキドキ一つ屋根の下ね。男の夢じゃん?」
「見ようによっては、そうかもしれませんね」
そんな風に片付けられるなら、どんなに良かったか。
「そんで愛しのお姉ちゃんが女垂らしにやられてるところに、一発拳をズドン、ね」
「……まあ」
隆之介さんは、そこでまた笑い声を漏らして口元を抑えた。けれど、遂に我慢し切れなくなったらしく、口を大きく開けて笑った。
「やんじゃん」
「いや、なんかすみません」
「俺に謝んなって。ホント、傑作だったから。朝っぱらからあの大輝が泣き声言ってきたから何かと思えば、拓巳に殴られちゃったとよ。しかも顔面真正面だろ。鼻の骨折れなくて良かったな、って言っといた」
隆之介さんはステーキをもう一切れ口に運んでから、また笑って咽せた。胸の辺りをトントンと叩いた後、コップの水を飲み干す。
「あの、お代わり持ってきましょうか」
「ん? ああ、頼む」
ボクは隆之介さんと自分の分のコップを持って立ち上がると、すぐに店の奥で水を汲み直した。それぞれのたっぷり水を入れたコップをボクと隆之介さんの前に置く。
「悪い悪い。いや、実際のところ拓巳がどんな調子かも分からなかったからさ。この分だとあんま神妙にならなくて良さそう?」
「勢いでやっただけなんで」
「勢いでッ!」
隆之介さんはもうツボにハマってしまったようで、ひいひいと笑いを堪えるのに精一杯だった。隆之介さんがすぐに落ち着きそうにないのを見て、ボクは新たにドリアを頼んだ。さっき頼んで来ていなかったシチューがテーブルに届いたのを受け取ったところで、隆之介さんは息を整えて、笑い過ぎたせいで潤んだ目を擦った。
「いや、良いよ。良いと思うよ、そういうの」
「何がですか」
そろそろ、こちらも小っ恥ずかしくなってきた。大輝さんにも静香にもムカついたし、実際今もその気持ちを引き摺ってはいるけれど、隆之介さんにこう引っ張られると、その気持ちも薄らいでしまう。
「大輝も、もう拓巳のお姉ちゃんに手は出さないってさ」
「いや、大輝さんがそうでも静香は……」
「その辺りは知らん。勝手にそっちで精算しろ。家族だろ」
正論か。確かに、大輝さんを殴った件を許してくれて、大輝さんも静香とはこれっきり、というのなら、この件はここで手打ちで構わないか。
「大輝、呼ぶ?」
「良いです。話くらいこっちで勝手につけるんで」
「ま、そうだな。俺のお節介もこれくらいにしねえとキモいか」
隆之介さんはようやく二口目のステーキを口にして、ホッと一息ついた。
「キモいついでにもう一個キモい質問」
「好きにしてください」
「拓巳くんはその、好きなの? お姉さんのこと」
「……中学生の頃、告白しました」
「まっじか」
隆之介さんが感心したように深く息を吐く。
「その頃から出来上がってんだ、拓巳くん」
「何がですか」
「いや、普通無理だって。お姉ちゃんに告白とか」
「しばらく付き合いましたよ」
「待てって。情報多い多い」
隆之介さんは愉快そうに顔を歪ませる。他人事で聞けば、ボクと静香の関係は笑えるものだろう。
「はー、なるほどね。納得した。今、人妻なんだっけ、お姉ちゃん?」
「そうですよ」
「旦那は知ってんの? 拓巳くんとお姉ちゃんとのこと」
「それは──」
どう、なんだろう。ボクは当然、静香の夫にそのことを話したことはないけれど、静香がボクのことをどう話しているかによる。普通なら隠すところだと思うけど、静香だしな、という気持ちもある。実際、確かめたことはない。
「わかりません。突っ込んで話したことないんで」
「旦那のことは殴らんかったのか」
隆之介さんの言葉にボクは呆れて、彼の顔を見上げた。隆之介さんは、ボクの視線に肩を竦ませる。
「ごめんって。そう睨むなよ。その後、旦那とは? 話した?」
「大輝さん殴った後ってことなら──」
「待っ」
隆之介さんはまたツボにハマって、俯きながらくつくつと笑った。ボクは隆之介さんの発作が収まるのを待つ。隆之介さんはまた、ふうと一息ついて落ち着いたが、それでもまだ何度か噴き出して、その度に「悪い。ホント、悪い」と謝罪の言葉を口にした。
「おけおけ。続けて」
「静香の旦那、裕貴斗さんにはチクろうと電話はしましたけど、やめました。夫婦の話なんで」
「ふうん、そっか。いやまあ? 俺としては大輝が人妻と不倫しようが、拓巳くんがインモラルな恋愛に身を焦がしてようが良いんだけどさ」
「焦がしてません」
「だから睨むなって。ま、せっかくの仲だし、ギクシャクすんのは嫌だからさ。今日は出しゃばらせてもらったわけ。悪いな」
「いえ、隆之介さんには感謝してますよ」
まだ間を取り持ってもらったわけでもないけれど、こうして改めてあの時の話を少しでもしたことで、ボクも少し落ち着いて考え直すことができた。追加で注文したドリアも無事にテーブルに届いた。隆之介さんの行為に甘えて遠慮なく料理を平らげた後、デザートにアイスも頼んだ。隆之介さんには「肝座りすぎだろ」とみ一笑された。そのまま解散でも良かったが、ボクの方から隆之介さんを誘って、いつものボドゲバーに向かうことにした。あそこなら、大輝さんも確実にいるだろうし、ボク自身の気が変わる前に、話しておきたかった。
「あー、拓巳ぃ!」
果たして大輝さんは当たり前のように店で女の子を侍らせていた。大輝さんは顔をほんのりピンク色に染めながら、知らない女の子の肩に体を預けていたところ、すっと立ち上がると、ボクに向かって綺麗にお辞儀をした。
「拓巳、ごめんー」
見事な角度のお辞儀とは裏腹に、軽い口調の大輝さんに一瞬だけイラッとしたのも確かだが、これがこの人だ。この人のスタイルに、今更どうこう言う気はない。
「え、何何? どったの?」
さっきまで大輝さんに肩を貸していた女の子が、面白そうに尋ねる。
「大輝がその子の好きな女を寝取って殴られたの」
隆之介さんが、わざと簡単な説明を女の子にする。
「えー、何それ。大輝さいてーじゃん」
「いやー、違うんだってー。そんなんだとは知らなかったからさー」
大輝さんは、スッと顔を上げる。そして申し訳なさそうに顔をしわくちゃにしてボクを見る。
「拓巳、ごめん」
「いえ、ボクもすみません。咄嗟とは言え、頭に来ちゃって。ホント、すみません」
「ホントだよー」
大輝さんはそこで真顔になった。急な表情の変化に、ボクはドキリとする。大輝さんはツカツカとボクの目前まで数歩距離を詰め、額と額が後少しでぶつかりそうになるところで歩みを止めた。
「ダメじゃん。大切なモンなら、大切だって、ちゃんと言わなきゃ」
「──あの」
ボクが何か言うよりも前に、大輝さんは元々座っていたテーブル席に向けて、くるりと身を翻した。
「はい! この件は終わり! いっけんらくちゃーく」
「それ、お前が言うことじゃねえだろ」
隆之介さんが、軽い態度の大輝さんの肩を軽く叩く。そのまま二人、女の子を挟む形で座ると、ボクの方を見た。
「で、拓巳はどうする?」
大輝さんは、テーブルの上にあったカクテルを一杯、美味しそうに飲んで、艶かしい表情をボクに向けた。何度見ても、良い顔だ。
「そう、ですね。ちょっとだけ、飲んで行きます」
大輝さんはニッコリと口元を歪めて、隣にいる女の子の肩に手を回した。
「そうこなくっちゃあねー」
大輝さんの笑顔に、ボクも同じように笑みを返しつつ、三人から少し離れた席に座った。モスコミュールを一杯頼んで、四人乾杯をする。大輝さんがテーブルにトランプを並べて、オーソドックスにテキサスホールデムポーカーを始めた。適当に何度かゲームを繰り返して、隆之介さんと連れの女の子がゲームから降りた。ちょうどボクの手元には、スペードのカードだけが揃っている。場に配られたカードが全て捲られたところで、ボクの手持ちでストレートフラッシュの役が完成していた。
「レイズ」
「コールで」
大輝さんがボクの誘いに乗って、お互いの札を見せ合う。ボクのストレートフラッシュに対して、大輝さんはフラッシュのみの役だった。
「あちゃあ」
「ボクの勝ちです」
ボクはそう言ってから、自分のカードを隆之介さんに渡した。
「ボク、そろそろ帰ります」
「ん、もう良いのか」
隆之介さんも、ウイスキーを何杯か飲んで耳が赤らんでいた。大輝さんにも謝って、いつもみたいにゲームをして、もうボクにここにいる理由はなかった。
「はい。じゃあ大輝さん、またやりましょ」
「おいおい、勝ち逃げかよー」
ニコニコと笑顔を崩さない大輝さんに対して、ボクは最後にもう一度、作り物の笑顔を向けた。
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