自己愛、歪んだ思い出⑤
大学での講義を終え、スマホを見ると、祐実からの連絡が入ってきた。今夜、一緒に飲まないかという誘いだった。当然、断るわけがない。ボクはすぐに「わかった。6時頃で大丈夫?」と連絡を入れた。祐実の食べたい物を聞いて適当な居酒屋を店を予約して、ボクは静香に電話を入れた。
『もしもし? 拓巳?』
電話口から、静香の声が聞こえた。心なしか、いつものあっけらかんとした様子ではなく、大人しげな印象を受けた。
「あ、静香。今日、多分遅くなるか帰らないと思う。だから食事はいつも通り適当に食べたいて」
『……うん』
聞こえるか聞こえないかという声量で、静香が肯定する。
『それで、わざわざ?』
「うん。ごめん、ホントは最初からこうするべきだった」
『それは、うん。連絡入れてくれるのは嬉しいし助かるけど』
「時間合えば今日みたいに朝ごはんは作るよ。あ、それとも朝はいないかな」
『ねえ、拓巳? 今日、家いないのって?』
「うん。友達と飲む」
『友達……』
「そう。昨日言ったでしょ? じゃあまた」
ボクは静香との通話を止めた。ボクは目頭を抑える。ダメだな。またちょっと、嫌味な言い方になってしまっている。気持ちの整理なんて簡単だと思っていたけど、なかなかどうしてうまくいかない。
「ま、言うことは言ったから」
静香も文句はないだろう。後は場数だ。女の子相手はいつもそうだろ。最初は失敗だらけだっとしても、良い対応の仕方を徐々に学んでいく。その子の前で被るべき仮面の形を綺麗に整えていく。ボクは静香に対してそれをサボっていたというだけの話だ。
──それに、とボクは静香の体を思い出す。今だって、静香はボクにとっても魅力的だ。可愛げのある下着、ボクの前では無防備な態度。静香が服を脱いで柔肌を晒した時のホクロの位置も思い出せる。夫がいるからなんだって言うんだ? その夫との仲もうまくいってない。だから、ボクを頼ってきた。静香だって、ボクとまた体を重ねることを絶対に嫌とは言わないはずだ。一度別れてしまった相手とのよりの戻し方はボクにも未知数だし、静香にとっても今はボクへの感情は家族に対するもの、という感覚の方が大きいのは見ていてわかる。
けど、絶対にヤれないわけじゃない。
「うん、そうだよ。むしろ、ボクは今まで何をウジウジしてたんだ」
全く、童貞じゃあるまいに。ボクは息を整えて、祐実と約束した待ち合わせ場所に向かった。祐実は教師という仕事柄、職場の近くや知り合いのいそうな場所で飲むことは避けている。同じ店で飲むことも少ない。だから、大学から何本か電車を乗り継いだ先、ボクも初めて降りる駅で待ち合わせをしていた。一足先に駅に到着し、改札を出た先で祐実を待っていると、まだホームから階段を上がってきたばかりの彼女をすぐに見つけた。
「祐実」
ボクはにこやかな笑顔を作り、祐実に向かって手を振る。それまで疲れ果てた表情だった祐実がボクの顔を見た瞬間にパッと顔を明るくして、手を振り返してくれる。
「金元! いつも急にごめんね」
「全然。ほら、行こ」
改札から出た祐実の手を取り、ボクらは一緒に店に向かった。店のテーブルにつくなり、とりあえずビールを注文して、乾杯した。一杯目のビールを美味しそうに飲んで、祐実の口から出てくるのは、いつも通り職場の愚痴だった。学年主任がウザい話、受け持っている生徒に困った子がいる話、新任の先生が熱意あるのはいいのだが空回りしていてカバーするのが大変だという話、などなど。その話をひとつひとつ聞いて、祐実のテンションに合わせて相槌を打つ。祐実が怒っている時はボクも怒った調子で、祐実が少し楽しさを見せている時はボクも先が気になる素振りで、祐実が悲しげな時はボクも同じように声を小さくして。女の子とのコミュニケーションの基本も基本だが、この基本をボクは静香に対してやってなかった。やる気になれなかった。それを改善していくまでだ、とボクは祐実の話を聞く中で改めてそんなことを考えた。あまり考え過ぎて、目の前の祐実の話を聞き漏らしていては仕方ないので、とりあえず今は静香のことは頭の隅においやるよう努める。
「あー、とにかくめんどくさい」
「祐実は頑張ってるじゃん」
「ありがとー。そう言ってくれるの、金元だけだよ」
「そんなこともないんじゃない。他にもいるよ、祐実のこと見てくれる人」
時にはこうして、祐実の言うことをそのままは受け取らないことも大事だ。こういう、他人として当たり前のやり取りを、静香ともしていくんだ──。
「ねえ、祐実」
「なあに?」
「二軒目、行こう」
祐実は少しだけ驚いたように目を丸くして、それからアルコールで赤らんだ頬をにったりと広げた。祐実は酒に強い方ではないし、いつも一軒目はビール一杯と、後適当なカクテルをそこそこに飲む。それから二軒目に行こうとボクから会話の途中で言い出すことは、確かに珍しかった。
ここで言う二軒目は当然、ホテルのことだ。
「えー、いいよ」
祐実は嬉しそうに笑って、残りのビールをゴクゴクと飲み干した。あーあ、酒に強くもないのにそんな風に飲んじゃって。後々、酔いに苛まれても知らないよ。
ボクらは店を出てすぐ駅前のホテルにチェックインして、そこでまた飲み直した。これもいつもの流れ。それから、ほろ酔い気分の祐実がボクを上目遣いで見るのを合図に、ボクの方から彼女にキスをする。そうすれば、祐実もボクの唇と舌を受け入れて、彼女の冷たい手がボクの頬に触れる。ボクは祐実の下着の下から、彼女の胸を愛撫する。ボクの手が彼女のショーツに触れたところで、彼女もボクの下着の中に手を入れた。
「可愛いよ、祐実」
ボクはお決まりの言葉をかけて、お互いの気持ちを高め合う。服を脱ぎ、ベッドに飛び乗る。
「祐実とこうしていると、ホントに気持ちいい」
ボクが耳元で囁くと、祐実は恥ずかしそうに枕で顔を隠した。祐実としては、まだ酔いが足りなかったかもな、とボクは苦笑する。ただまあ、この方がボクも楽しめるというものだ。
「私も」
枕を顔に抑えつけたまま、少しくぐもった声で、祐実が言う。ボクは祐実の体に指を這わせて、下腹部にキスをする。そのまま口も手と合わせて祐実の体に這わせるように、下の方へ下の方へと動かす。祐実がビクリと体を震わせる様子を見ながら、ボクは口と手で彼女に与える刺激を変えていく。
──今ではどんな女の子相手にもやっている、こういうことも、静香と別れてから覚えた。たくさん失敗もした。今じゃ信じられないような自分本位のセックスだって、何回したことか。何人もの女の子に嫌な思いをさせたし、怒らせた。今は絶対にそんなことはないとまでは言い切れないにしても、あの頃のボクとは違う。それを静香にも分かってほしい。今のボクなら、誰よりも静香を悦ばせることができるはずだ。ボクはだって、どんな女の子よりも静香のことを見ていたんだから。
「あ、金元。もう」
「ごめん。夢中で」
祐実が枕を横に置き、ボクを見下ろした。考えごとをし過ぎだ。ずっと一心不乱に祐実を触り続けていた。ボクは下着を脱ぐ。祐実を抱きしめると、彼女の温かい息がボクの鼻先に当たった。ボクはその息にも覆い被さるように唇も彼女の首筋も腰も、ボクのものと重ねた。
「綺麗だ。祐実、君のことはボクが一番分かってやれる」
ボクはそんなことを口にした。ただ今のは、普段言っていることとそう大差ない言葉ではないけれど、少しだけ、らしくないと思う。
「ありがとお……」
祐実は蕩けた表情で、キュッと目をつぶった。そんな祐実を愛おしく思いながら、肌と肌を重ね合う。そうしている中で、ボクの脳裏に浮かぶのが目の前の祐実だけでないことに舌打ちしたい気持ちを抑えながら、ボクはその瞬間の快楽を、存分に享受した。
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