愛遠奇縁、好女色の罪④
3
遥華の家で一夜を過ごして後、ボクはしばらく独りで過ごしていた。行きつけのバーや女の子の家ではなく、独りになれそうな適当な場所を探す。いつもであれば自宅でゆっくり過ごすところだが、静香がいる。昨夜、静香からも『帰ってきたよー! 拓巳今どこ?』とメッセージが来たばかりだった。昼に帰ると言ってた記憶があるが、結局しばらく智子さんのところにいたらしい。帰ってこなくて良かったのに。
そんなだから家で独りになんてなれるはずがなかった。それで自宅近くの適当な喫茶店に入ることにした。コーヒーを一杯注文し、窓際の席で一息つく。この後は玲奈さんのバイトがあるから、そう長くはいられないが、女の子のことを含めて、色々なことを忘れる時間が欲しかった。
「結局、静香はいつ帰るんだよ」
熱々のコーヒーを一口飲んで、もう心に浮かんだのが何度目か分からない疑問を呟く。仕方ない。独りになりたいという目的からもズレるけれど、聞いてしまおう。ボクはスマホを開くと、電話帳から目当ての連作先を探した。
「あった」
ボクはすぐさま電話をかけ、スマホを耳元に当てた。
『もしもし』
何度目かのコールで通話が繋がって、眠そうな声が聞こえてきた。顔に似合わない、耳に心地良い優しそうな声音は健在だな、とボクは溜息をしたくなったが、呑み込んだ。
「拓巳です。お久しぶりです、
他の客の迷惑にならないよう、ボクは小声で電話口の向こうにいる、静香の夫に挨拶の言葉を述べた。
『うん、久しぶり。今日はどうしたの?』
「知りませんか? 静香のこと」
裕貴斗さんは「あー」と納得したような声をあげた。
『ごめんね。静香が迷惑かけて』
「いえ、迷惑なんて」
思ってるけど。
「俺、静香からはどれくらいこっちにいるか聞いてなくて。ただ、帰る気配もないので裕貴斗さんなら知ってるかな、と」
あまり使いたくはない手段だったが、静香の夫に話を通せば、静香がどれくらいで帰る予定なのかもわかるし、良ければ彼が連れ帰ってくれるだろう。そう思っていたのだが──。
『うーん、それが僕もよくわからなくて』
静香の夫が口にしたのは、ボクが期待した返事ではなかった。
「はい?」
ボクは思わず棘のある口調で問い詰めそうになり、深く息を吸って気持ちを落ち着けた。
「わからないって……いや、静香なら不思議じゃないですけど」
おっとりとした性格の夫に、静香が自分の予定を全て伝えないというのは、想定して然るべきだった。
「あの、そしたら裕貴斗さんから静香に連絡してもらえませんか? 今後どうするつもりなのか、俺が聞いても教えてくれないので」
実際には静香に尋ねたりはしてないが、まあ些事だ。
『うーん、そうだねえ』
静香の夫は言いづらそうに唸り声をあげ続けた。どうもハッキリしない。
「……喧嘩でもしました?」
ボクは頭に浮かんだ疑問を、そのまま投げかけた。急に家に押しかけてきた静香、いつ帰るともしれない妻を心配しつつも動向を把握していない夫。二人が喧嘩をして、それで静香がボクの家に来た、という筋書きは納得できる。
『喧嘩、というわけでもないんだけどね』
それはほとんど認めたようなものだ。ボクは今度は溜息を我慢しなかった。
「あのですね、裕貴斗さん」
ボクは目頭を抑える。疲れを癒しに来た目的はもう無為と化している。
「静香のことだから、何か気に触ることを言ったんだとは思います。けど、義弟ではなく男として言いますけど、あなたは迎えに来ないとダメじゃないですか?」
何故ボクがこんな正論を言わなければならないのか。だから静香の夫と話すのは嫌だったんだ、とまた溜息をつく。ボクはこの男が静香と結婚した事実を、未だに認められていなかった。
『そうだね。そう思うよ』
静香の夫の弱気な声が聞こえる。静香はこの男の何が良かったのか。この男は静香の何が良かったのだろう。
『ありがとね、拓巳くん。ボクからも静香には連絡入れておく。でも、もし静香が君のところにいたいっていうなら、いさせてあげてほしい。何か必要な物があるなら、協力するから』
「……裕貴斗さんがそれで良いなら」
──良くはない。ただ静香と彼の、夫婦の問題にボクが首を突っ込むことはしたくなかった。
『静香はどう?』
「自分で聞いてください」
ボクは突き放すように言った。そこまで面倒見切れるか。しかし、これで静香が本当にどうするつもりなのか分からなくなった。静香が帰るまでの辛抱と思って、ここ数日は家を明け渡していたが、彼女の言う通り、まだしばらくいるつもりだとでも言うなら、そうも言ってられない。あそこはボクの家だ。いざとなれば無理矢理にでも出て行ってもらう他ない。
「じゃあ、また何かあったら連絡します」
『ごめんね。ホント、ありがとう』
ボクは静香の夫との通話を切った。喧嘩ね。電話ではああ言ったが実際のところ、おそらくは何か夫の方が静香の気に触ることを言って、それに静香がキレたんだろうと思う。それではっきりしない夫に業を煮やした静香が家を飛び出した、というところか。元々は智子さんのところに厄介になるつもりだったらしいけど、智子さんに夫のことは言っているのだろうか。いや、多分言ってる。言った上で、智子さんはそれを言わないタイプだ。逆に静香が黙っているわけがない。じゃあ今度は智子さんに聞いてみるか?
「アホらし」
だから、なんでボクがそう気を回さなくちゃいけないんだ。好きにしたら良い。こっちだって好きにする。ボクが静香に苦手意識があるのは、彼女と付き合っていた頃は今と比べても青かったからだ。あれから、静香みたいな女の子も散々相手にしてきたじゃないか。そう苦手ばかり思う必要はない。
ボクはふう、と一息ついた後、残っているコーヒーを飲み干した。もう、独りでいる気分でもなんでもなかった。このまま玲奈さんのところに行こう。
ボクは車を走らせて、玲奈さんの元へ向かった。車を降りる前に玲奈さんに到着の連絡を入れた。
「おう、入れ」
玲奈さんはボクがインターホンを鳴らすよりも前に玄関扉を開けてくれた。そのまま中に招き入れ、いつものように仕事の指示を出される。マッサージの時間は別だが、するべき仕事がある時の玲奈さんは一分一秒を惜しんで、指示を出す。仕事に必要でない会話は一切したくない、というタイプだ。今日は領収書整理や、彼女自身が作成した資料のチェックなど、やることが山積みだった。ボクもこの時は玲奈さんに対してひたすら従順な部下として働く。玲奈さんに言われた仕事を進めていくと、日も暮れる時間になった。
「時間だな、お疲れ」
玲奈さんに肩を叩かれたボクは顔を上げて部屋の壁掛け時計を見た。気付けば雑用の業務時間も終わりの時間だ。
「お疲れ様です。じゃあ、今日も?」
「ああ、頼むよ」
玲奈さんが疲れた様子で肩を回して、部屋を出ていった。玲奈さんはマッサージの前は一度汗を流す。その間にボクがマットレスやタオルなど、必要な物を用意してからボクの業務が始まる。玲奈さんはいつも通りのスポーティなインナー姿で部屋に戻ってきて、ボクの用意したマットレスの上に横になった。ボクはアロマオイルを玲奈さんの素肌に塗りたくり、肩甲骨の辺りからゆっくりと体をほぐしていった。
「あー、気持ちいい」
さっきまでの緊迫した態度が嘘のように、玲奈さんは顔を蕩かせて息を吐いた。
「お姉さんとはどうなんだ」
ボクの施術を受けながら、玲奈さんがリラックスした様子で尋ねてきた。昼の仕事の時はあまり会話を好まない玲奈さんだが、この時ばかりは寧ろ饒舌になる。
「一緒に出かける予定だとか言ってたろ」
「行きましたよ。気になっていたカフェがあったらしくて、ボクの運転で行くことになって。流石に美味しかったです」
そんな感じで、ボクは玲奈さんの体を丁寧に揉みながら、静香と智子さんとの外出の話を続けた。玲奈さんは時折相槌をうち、触れてほしい箇所があればボクに伝えた。
「家族とは仲良くしとくもんだよ」
静香を車で智子さんの家に送って、その日は静香はその家に泊まったのだ、という話をしたところで、玲奈さんは以前と同じようなことを口にした。
「それは分かってますよ」
「で、その後はどうなんだよ」
「まだいますよ。どうも、しばらくはいるみたいです」
「ふーん、じゃあ金元もまだまだ女遊びを続けて家に帰らない日々を続けるのかな」
「それは義姉がいようがいまいが変わりませんが」
ボクはバイトの前に喫茶店で静香の夫と電話した時のことを思い出していた。彼は静香を家に連れ戻すことに積極的というわけではないだろうけれど、少なくとも静香を元いた彼のもとへ送り返すことに関しては味方だ。それだけでも気持ちは少し楽になっている自分もいるが、ボクが静香の夫に対して根本的なところで持っている不満とどちらが勝っているかは微妙なところだ。
「ま、言いたくないならそれで良いんだ。──ここも頼む」
玲奈さんは自分の鼠蹊部を指差した。ボクは玲奈さんの顔を見て、ふっと軽く微笑む。今のはマッサージを次のステップに進める合図だ。
「それでは」
ボクはそう言って、玲奈さんの下着に手を掛けた。玲奈さんも慣れた様子で腰を浮かせて、下着を脱ぎやすいようにしてくれた。そのまま上半身に身につけているものも剥ぎ取って、ボクは玲奈さんの膝に手を当てて開脚させた。シャワーを浴びたばかりなのに汗で濡れた脚を優しく撫でる。ボクは、下半身を露出させた玲奈さんの腿の辺りを解していく。相手の気持ちよさのためには、やはり焦らすのが一番のポイントだ。
「本当にお疲れの様子ですね、社長」
ボクは玲奈さんが仕事中ボクに望む呼び方をする。その度に、玲奈さんは少しだけ肩をふるわせた。
「ではこちらも」
腿の筋肉を解した後、今度は脇の下から玲奈さんの胸筋に触れる。まずは焦らして焦らしてをゆっくりと、だ。そうやって、ボクは体を解すマッサージから徐々に、彼女の快楽を惹起するように、指先の動きを変化させていった。
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