恋慕の情、追憶遊戯④
「でも、話したらスッキリした。ありがとね、たくみ」
「全然。またいつでも呼んでよ」
「あのさ、今日一緒に寝ても良い?」
おずおずと言う真琴に、ボクはいつも通り笑顔で頷く。
「ありがとお」
真琴はまた涙声になっていた。ボクはそんな彼女を見て、口元を抑えながら笑う。
「ホントに、真琴は可愛いね」
ボクはそう言って、潤んだ瞳でボクを見つめる彼女の頭を撫でた。
その後、ボクも真琴の家で風呂を借りて、二人とも裸のまま布団に入った。二人で正面を向いて毛布を被って、ボクは真琴の肩を抱いたり、背中を優しく撫でたりする。お互いの脚を絡ませあって、手を握る。
「わがままばっかり、ごめんね」
真琴の謝罪の言葉に、ボクは彼女の耳元へのキスで応えた。
「大丈夫」
何故だか一瞬だけ、昔同じように女の子に「大丈夫」と口だけで言った時のことを思い出した。あの時のボクは、本当に口先だけだった。今は違うというつもりはないが、少なくともボクが女の子の前で口にする言葉の効能を、以前よりは理解しているつもりでいる。
そうして二人で肌と肌を擦り合わせていると、真琴の体が温かくなっていく。彼女の白い肌がほのかに赤く染まっているのを見るのは、やはり楽しい。寝室の間接照明だけでも分かって、絡み合う二人の脚も濡れてきて、酔いと眠気も相まって、お互いの境界線が曖昧になる。改めて数えてみると、真琴の家でセックスまでしたのは二回だけだ。最初からセックス目的でラブホに行く時は激しくするのを真琴は好んでいるし、ボクもそれに全力で応える。特に今日の真琴はかなり疲れているし、自分だけ刺激を受けての興奮さえも嫌という状態だから、とにかく安堵感を覚えられるようにするだけだ。女の子の中で、ゴムを付けたまま射精した瞬間の感覚があまり好きでないボクにとっても、真琴とのこの時間は正直かなり幸福度が高い。彼女も自分が望まない時にボクがセックスを強要してこないことをありがたがっている。玲奈さんとのビジネスライクな関係も、真琴との付かず離れずの関係も、ボクにとって代え難いものだからこそ、ボクは女の子の望みを熱心に叶えることに夢中になれるのだ。強引な我を隠さない静香や、まだ距離感を測りかねている紫音の相手を続けていたせいで少し忘れていた、そんな感覚を改めて実感しながら、ボクは真琴にキスをする。──とは言え。
「ねえ、すっきりしたい?」
キスを止めて、真琴とまた向かい合ったタイミングで、彼女の方から尋ねてきた。
「そりゃね」
「ま、そっか」
真琴がおかしそうに苦笑する。それから真琴は笑顔のまま、繋いでいた手を解いた。
「今、いーよ?」
「気持ち悪くない?」
「別に大丈夫」
そりゃありがたい。ただそれだと、こっちがあまり乗り気にはなれない。精を吐き出すまでは良いとして、その後そのまま毛布の中で眠るというのは女の子の体内でゴムの中に射精するのと同じくらい気持ち悪い。ボクは二人で羽織っていた毛布を引き剥がす。真琴が「わっ」と小さく悲鳴をあげたが、その顔は笑ったままだ。
「これでいいよ」
ボクは真琴にそう言って、布団の上に仰向けになる。真琴はそれを見てボクに半身だけ被さるようになって、ボクの腰に手を近づけた。ボクは真琴の唇に吸い付く。真琴もそれに応えつつ、何度かキスを繰り返しているうちに血流が下腹部に一気に収束する感覚を味わう。すると溜まっていたものが一気に吐き出されて、勃起していた陰茎が萎んだ。
「ありがと」
ボクはそれぞれ真琴の頬と唇に、軽くついばむ程度のキスをして立ち上がり、ウェットティッシュを手に取って真琴の手と自身の全身を綺麗に拭き取った。ボクはさっき剥ぎ取った毛布を拾って、二人でまた正面で向き合い、毛布にくるまった。
「満足した?」
「うん」
真琴の問いにボクはそれだけ言って頷いて、再び二人で手と脚を絡ませ合わせた。一時の興奮は冷めやり、眠気が戻ってくる。真琴もボクの下半身の相手をするという一仕事を終え、自然に目を瞑っていた。沈む意識の中、そういえば、静香と付き合っていた時はこういう時間はなかったな、と考えた。
──静香はずっと変わらず奔放だが、高校生のボクも静香に負けず劣らずの自分勝手だった。お互いをお互いの欲望の捌け口にするみたいに、性をむさぼった。まだそれからそんなに歳を重ねているわけじゃないけど、それでもやっぱり「若かった」と思う。
「真琴」
ボクは真琴の名前を呼んだ。返事はない。代わりに聞こえてくるのは、すうすうという規則正しい吐息の音だ。良かった。寝てくれた。ボクは真琴からゆっくり体を離して、スマホを見る。他の女の子からの連絡はない。だが、別の人間からの連絡は入っていた。
「こいつ……」
スマホの画面に表示されたのは、静香からのメッセージを知らせる通知だった。ボクは頭を掻いて叫び出したくなる気持ちを抑え込みながら、メッセージに目を通す。
『拓巳、今週空いてる日ある? 車出してほしいんだけど』
空いてる日を聞いてくるだけ温情がある、と思おう。静香なら、向こうの都合でいついつによろしくくらいのことは言いかねない。
「うー、あー」
叫ぶことはしなかったが、思わず漏らしてしまったそんな唸り声がボクの喉に響いた。静香の頼みなんて突っぱねても良いが、一応スケジュールを確認する。まず明日は無理。玲奈さんのバイトを休む選択肢はボクにはない。明後日は今のところ、女の子との予定はない。その次の日が遥華の給料日だ。この日は大学の授業も例外的にサボって、遥華の方を優先する。そして週末はまた玲奈さんのバイトと、それに紫音とのデートの約束がある。
『明後日なら』
ボクは静香のメッセージにそう返信した。返信を送ってすぐ既読マークがついて、静香からありがとうのスタンプが送られてきた。まだ車出すことに同意したとは言っていない、と文句を言いたくなる。
『何の予定なの?』
すぐ既読マーク。もう良い子は寝る時間だというのに。布団の中で眠れずにスマホを弄りでもしていたんだろ。
『友達と行きたいカフェがあるんだけど、そこ駅から遠くて』
『だから、拓巳に送ってもらえたら助かるなーって』
どこのカフェなのか、と尋ねる旨を書くと、すぐに店の名前が返信されてきた。ボクが店の名前をネット検索して店の位置を調べると、確かに近くに駅はなかった。地図アプリでの情報でも、駅から歩いて40分はかかるような距離だ。車を出してくれる人がいるなら、それに甘えたくなるのも頷ける。
『何かしてくれるの?』
『カフェで好きなもの全部奢ってあげる』
なるほど。しかし、ボクの質問に対する静香の提示した報酬は、ちょっと足りないと感じる。
『ガソリンも入れてよ』
少しだけ考えて、ボクは静香にそう返した。ボクはひとまずそれを妥協点として、彼女の頼みを聞くことに決めた。ボクはスマホをリビングの充電器に挿してから、寝室の布団の上でぐっすり寝ている真琴の横に戻った。ボクは真琴の可愛らしい寝顔にそっと手で触れる。真琴に対する気持ちは少しだけ、好きの感情に近いのかもしれないが、やはり違う。言ってみれば、子猫や自分を慕ってくる後輩に対しての可愛らしさと一緒だ。
「好きって言うのはもっとこう、燃え滾るような──」
ボクは独り、つぶやく。かつて静香に対して感じたような。または、少し前に結婚してしまった文芸サークルの先輩に対して抱きかけていたような。あの先輩とはもう顔も合わせたくないが、だからこそボクもそれなりに本気だったのだろう、と感じる。ボクは彼女に惹かれていたが、彼女はボクの方を向いていなかった。彼女は結局、文芸サークルの部長と結婚した。ボクの知らないところで、そうは言ってもボクのことだから勘付いてはいたところで、勝手にそうやって関係性が構築されていることに、腹立たしさを覚えた。普段は愛されるより愛したい、なんてうそぶくことにしているが。
「ボクも結局、愛されたいのかもな」
こうしてセックスもせずに女の子が横にいても、孤独感を強く感じる。独りで眠る夜、思考を巡らすのは別に嫌いではない。それよりも、頭の中を情念と女の子の求めるものでいっぱいにしている方が好きと言うだけで。けれど、寂しい気持ちになるのも確かだ。ボクだけではない。今目の前にいる真琴も、ボクに好きと言ってほしかった紫音も、自分の言うことを聞いてくれる人間が欲しい玲奈も、みんな寂しいのだ。
──静香はどうなのだろう。ボクの目には、寂しさとは無縁の人物にしか見えないが、彼女には彼女の寂しさがあるのだろう。あるいは、だからこそ今でもボクにちょっかいをかけてこようなんて気持ちがあるのか──。
「イライラしてきた」
静香の気持ちを想像するよりも前に、腹立たしさの方が沸々と湧いてきてしまった。ふざけんなよ、何が車出してほしいだよ。静香が来てから一度も夜、家に帰ってないんだから、お前と会いたくないんだって察しろよ。っていうかマジでいつまでいる気だよ。ダメだ。今は何を考えても結局、静香への苛立ちと結びつく。
ボクは真琴の両頬をぐにゅっと軽く押しつぶすように触った。真琴はそれでも規則正しい寝息を出して、幸せそうに眠っている。ボクは眠っている真琴の唇と自分の唇を軽く合わせる。両脚を絡み合わせながら、真琴の胸に手をやって、乳首を軽く引っ掻く。何の反応もない。愚痴を吐き出して、ボクと密着して眠りに入って、本当に満足して熟睡している。女の子からの反応がなければ、その体を触っていたところで楽しくも何ともない。せめて彼女が少しでも気持ちの良い眠りを続けられるようにと、真琴と体を密着させた状態を保つことにする。
「おやすみ」
ボクは目を閉じる。幸い、射精後ちゃんと眠気が襲ってきていた。真琴と肌と肌で直接触れ合う心地よさに、ボクもまた身を委ねた。
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