恋慕の情、追憶遊戯①
1
紫音の部屋のインターホンを押すと、ものの数秒で玄関の戸が開いた。
「どうぞ」
紫音は相変わらずのか細い声で、ボクをリビングに通した。ボクはちらりと自分の鞄の中を見て、いつでもゴムを取り出せることを確認した後に、リビングに足を踏み入れる。
「うん、ありがと。お酒、飲む?」
紫音がリビングの扉を閉めたのを見て、ボクはさっきコンビニで買ってきた酒の入ったビニール袋を掲げた。紫音はコクリ、と無言で首を縦に振った。ボクはリビングソファに座ると、袋から缶チューハイを二本取り出して、片方を紫音に差し出す仕草をする。紫音が立ったまま受け取ろうとしたのでボクは一度缶を引っ込め、隣に座るようポンポンとソファを叩く。紫音はおずおずとボクの横に座ったところで、改めて缶チューハイを渡した。
「乾杯」
紫音が酒を受け取ったのを確認して、ボクは自分の分の缶チューハイのタブを開けて、紫音に向けて掲げた。紫音も続けてタブを開け、二人で缶をぶつける。そのまま二人で一口、ぐいっと喉にアルコールを流した。
「今日、夜遅かったの?」
「え」
「だって、服」
ボクは缶チューハイの二口目を口にしてから、紫音の服装を首筋から足下まで見る。昨夜会った時、お気に入りと言って着ていた服だ。もう夜も遅い。
「外着だから」
「えっと」
「また映画?」
「ん」
紫音は一瞬、目を瞬かせた。
「そう」
「好きだね」
ボクはニッコリと笑顔を作る。今の間は多分、嘘ってわけでもないけど、他に理由がある、くらいの感じだ。
「あ、そうだ。ボク、あれ観たい。昨日観たアニメの続き」
昨夜はレイトショーの後、テレビシリーズの数話分を観て、そのままセックスに移行した。今日もその流れでいきたい。流石に連日で三回戦は無理だとしても。
「うん。いいね」
「じゃあ、昨日の続きお願い」
紫音が頷いて、リモコンを操作し始めた。
「お風呂、大丈夫?」
リモコンを操作してテレビ画面を見たまま、紫音が眉を顰めた。
「……どうしよう」
紫音が困った調子でこちらを見る。ボクは小さく鼻を鳴らした。
「ま、とりあえず観てから考えよっか」
「うん。……そうだね」
紫音がテレビを配信サイトに接続して、アニメの再生を始めた。ボクはそれを紫音の横で観ながら、酒を進める。その間、紫音に肩を寄せていく。紫音もその度にぐいぐいと酒をあおるので、缶が空になった頃に二本目を手渡した。アニメ放送を四話ほど観たところで、ボクは紫音がテーブルの上に置いたリモコンを手に取って、動画を停止した。
「あ」
紫音が目を見開いて、小さく声を漏らす。ボクは彼女の顔を覗き込んだ。少しだけ眠そうに目をぼんやりとさせているが、その頬は赤い。
「お風呂、どうする?」
ボクが尋ねると、紫音はまた無言で頷いた。
「入ったら良いよ」
「えと、拓巳くんは?」
「んー、ボクはここ来る前にシャワー浴びてるから」
ボクは一応、バーに来る前にシャワーはしている。入る必要はないとは思うが、どうせ紫音が風呂に入って行為までの時間があるなら、自分もここまできた汗を一応洗い流したいという気持ちもある。
「それとも、もう始める?」
ボクは紫音の背中に手を回して、顔と顔を近付ける。紫音の瞳孔が見開かれ、元から赤くなっていた頬と耳が更に赤くなった。
「ううん、入る」
「そ」
ボクはすっと紫音から手を離す。その瞬間、紫音は慌てて立ち上がった。その様子を愛らしく感じて、ボクの口からふっと自然に笑いが溢れる。普段は真琴や玲奈さんみたいな、割と積極的な女の子を相手にすることが多いから、たまに紫音みたいな娘を相手にすると、その度新鮮な気持ちになる。でも、こういう娘はちょっと気をつけないといけないんだよな──。
「あ」
立ち上がり、そそくさと浴室に向かおうとしている紫音を見て、ボクはふと思い立ち、座ったまま紫音の手を掴んだ。
「ふえ!?」
紫音から素っ頓狂な声が上がる。紫音がすぐに自分の口元を抑えるのを見て、ボクは思わず噴き出した。
「気が変わった。ボクも入る」
ボクは紫音の手を掴んだまま、反対側の手を自分の膝に当てて立ち上がる。そのまま少しだけ力を入れて紫音を引っ張って、抱き寄せた。
「一緒に入ろ」
「う、えと」
「お風呂場、案内して?」
「えと、こっち」
ボクは紫音の腕を引っ張って、指差した方に向かった。脱衣所と思しき部屋の戸を開ける。向かいに洗濯機、左を向くと浴室扉の磨りガラスがあるのと、紫音が脱衣所に入ったのを確認して、戸を閉める。ボクは自分のシャツに手をかけて、上着と一息に脱いだ。
「あ」
ボクの背後で、紫音が消え入りそうな声を出す。ボクは上裸で紫音の方を振り向く。
「ほら、紫音ちゃんも」
「え」
紫音の目が、ボクの胸筋に向いている。いつも特にこれといった運動はセックス以外していないが、大学の空き時間にも簡易ジムにも通ったりして、筋肉を保つことには気を配っている。弛んだ腹を女の子の前で放り出したら負けだと思うようにして。でも、高校生の時に静香と海に行く日の為、絞った体なんて関係なく彼女は別れ話を切り出してきて、ボクの体を見てやっぱり考え直して、なんてくれなかったけど──。
「ねえ、早く」
ボクは不意に訪れた嫌な思い出を振り払うように、紫音をまた抱き寄せた。
「わぷ」
紫音の顔がボクの胸に直接触れる。小刻みに吐き出される彼女の呼吸が、ボクにとっても少しこそばゆい。
「あの、でもこれじゃ、脱げない」
「あ、そっか。ごめん」
ボクは紫音からパッと手を離して、笑顔を作った。
「先入って、お湯入れてるよ」
ボクはそう言ってベルトを外して、ボトムスも全て脱ぐ。完全に裸になった状態になって、また紫音に笑いかけ、浴室の電気をつけて扉を開けた。バルブを緩めてシャワーヘッドからお湯を出し、一度体を軽く洗い流した後、湯船をさっと洗って蓋を閉め、そのままお湯を湯船に溜めていく。踵までお湯が溜まってきた頃に、ガーッと浴室の戸が開く音がして、紫音が入ってきた。何も身につけていない裸の姿で、目をギュッと瞑って両腕で胸を隠している。ボクはそんな紫音を見てまた笑い、お湯が出ている状態のままのシャワーヘッドを紫音の腰の辺りに向けた。
「わっ」
紫音が驚いて目を開ける。いちいち驚くな、この子はとボクは段々と面白さを感じ始めていた。
「はい」
ボクは目を開けた紫音にシャワーヘッドを手渡した。
「体、洗うでしょ」
ボクが言うと、紫音はコクリと首肯する。浴室に置いてあったバスチェアを座りやすい位置に引っ張ってきて、肩からお湯を流した。入るのに時間がかかったのは恥ずかしかったからと思っていたが、髪を上の方で結っている。髪の毛は洗わないらしい。
ボクは紫音が顔、首周り、腕、脇の下と、ボディソープを使って体を念入りに洗っていく様をじっと見ていた。紫音はチラチラとボクの様子を伺いながらも、より一層体を洗うのに集中していくように見えた。肩から足の爪先まで全身を泡で覆い、これ以上洗う場所がなくなったところで紫音は一旦手を止めた。そこで紫音は、またもギュッと目を瞑って、シャワーで泡を洗い流した。ボクはそれを見てバルブを捻って、お湯の出口を蛇口に切り替える。ジョボボボという水温が浴室に響く。
「入んないの?」
ボクは浴槽に入ったまま、脚を少しだけ開いた。紫音は脇をきゅっと閉めた姿勢になって、おずおずと浴槽に入る。ボクの脚と脚の間に紫音が収まる。大人の男女二人で入るには確実に狭い浴槽だが、それ故に否が応でも二人の身体は密着する。ボクは紫音のお腹の方に手を回した。紫音は一瞬ビクリとするが、そのままボクの手に自分の手を重ねた。この姿勢だと、ボクから紫音の表情は見えないけど、耳は真っ赤のままだし、きっとまだおっかなびっくりの顔をしているのだろう。ボクは紫音のお腹の前で組んでいた手を解いて、彼女の肌に手をやった。紫音も特に抵抗する様子はない。お湯も既にボクのへそよりも上に溜まっていた。時折、溜まってきたお湯を手のひらですくって、紫音の肩からかける。
「気持ち良いね」
紫音の体を触るたび、お湯をかけるたびにそうして声をかけながら、お湯がようやく二人の胸の辺りまで張ってきたところで、ボクは紫音の肌を爪で引っ掻いた。
「んっ」
ボクが紫音の肌を引っ掻くと、ビクリッと彼女が体を震わせた。ボクは肩や首筋を触る手と反対側の手で、彼女のへその辺りにも手を伸ばす。お湯はもう、浴槽から溢れ出てきている。
「拓巳くんッ」
そこで何かのスイッチが切り替わったのか。紫音がボクの手を振り払う。それから狭い浴槽の中で小さな体を捻って、ボクに向かい合うように浴室の底で膝立ちの状態になった。彼女の火照った顔と、蕩けるような眼差しと半開きの口がボクの目に入る。ボクが紫音の首に手を回すより先に、彼女の方からボクに唇を重ねてきた。正直ボクもこれには少しだけ驚いたが、すぐにそれを受け入れた。バルブを捻って水道水を止めた後、両手で彼女の頬を包み込むように触る。ボクはさっき大輝さんが由美さんとしていた、周りに見せつけるようなキスを思い出して、いつもする以上にわざとらしく音を立てて、紫音の舌に吸い付いた。気付けば紫音の手が、ボクの体を不器用にさわさわと撫でていた。ボクは彼女の頬から手を離し、ぎゅっと背中を抱きしめて一緒に浴槽から立ち上がらせる。転ばないように気をつけながら浴槽から出ると、彼女もそれに続いた。二人ともお湯でびしょびしょに濡れたまま、脱衣所に出て、またキスをする。今度はどちらからせがんだのか、わからなかった。ぴちゃぴちゃとした水音が、裸の二人が抱き合った拍子に部屋に響いた。どちらともなくキスを繰り返して廊下と壁を濡らしながら、ボクと紫音は二人同時にベッドの上にダイブする。
「このまま……」
紫音が変わらず、か細い声で言う。ボクは無言のまま頷いて、冷たく熱を失った水で濡れた彼女の胸に手を当てて、静かにキスを繰り返した。
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