悪友跋扈、色欲是空④

 四人で酒を飲みながら何度かカルカソンヌを繰り返した。ゲーム中に、それぞれの近況報告をするのがいつもの流れだ。大輝さんは、数日前にカノジョと別れたばかりだったそうで、その時の悲しさや今どれだけ寂しいかを大袈裟に語った。


「でも今は君がいるからね」


 そして、その話をしながら隣にいる由美さんに寄り掛かり、肩を抱いた。ボクだったら絶対しない、というかできない所作だな、とカクテルを喉に流しながら思う。大輝さんは、平気でどんな女の子にも「好き」だと言う。多分、情事中もたくさん囁いてるんだろうし、今夜だってこの店を出たら、由美さんにそうするんだろうな、なんてことを想像した。

 ──好きなんて言葉、ボクは簡単には吐けない。


「そういや拓巳、こないだお持ち帰りした子はどうなったの?」

「紫音ちゃんですか? 昨日ちょうど、家行きましたよ」

「やるー」


 大輝さんは口笛を吹いて、由美さんの肩を抱いたまま、反対側の腕を広げてボクの肩にも手を回す。


「ヤった?」

「当然」

「あら、澄ましちゃって」

「どうも」


 大輝さんがボクの肩に回した腕を軽く締め上げる。ボクは「よしてくださいよ」なんて言いながら笑って、大輝さんの腕を叩いた。大輝さんからはいつも、どんな女の子よりも良い香りがする。香水の匂いもあるが、本人の体臭がそもそも鼻をあまり刺激しないのだと思う。男を好きになったことはないが、この人とならほとんど抵抗なく同じ布団の中に入れるだろうな。


「由美ちゃん、気をつけなよ。拓巳くん、色んな女の子に手付けるから」


 向かいの隆之介さんがウイスキーのロックを片手に笑って言う。


「大輝さんの好きな女に手出しませんよ」


 ボクも隆之介さんに倣って笑う。


「その子とはまた会うの?」


 大輝さんはボクらのやり取りなどお構いなく、自分の話を続けた。


「来週また家行きます」

「手、早いね」

「ヤるだけならすぐなんで」

「ふーん、拓巳は恋人作ろうとは思わないの?」


 大輝さんはそこで言葉を止め、由美さんの方を見た。


「あ、こいつ、特定の子とは付き合わない主義なの、もったいないよねー」

「へー、そうなんだ」


 由美さんも今やもう、最初に見せた緊張感はどこにもなく、この場に溶け込んでいた。酒の力もあるのだろうけれど、やっぱりこの人はこの人で遊び慣れてはいるのだと思う。流石に大輝さんレベルの男を目にして固まっちゃっただけで。


「これまで一度も?」

「いえ、そんなことはないです」


 由美さんの歳が未だによくわからないが、一応敬語を続ける。


「ただまあ、大輝さんみたいに失恋するのも悲しいですしね」

「最初から体の関係って割り切ってたら傷つかないみたいなこと? わかる気はするなあ」


 由美さんがボクに共感の姿勢を見せて頷く。それを見て、大輝さんが悲しそうに眉を顰めて唇を尖らせた。


「えー、由美も俺のこと、そんな風に見てるの?」

「へ? いや! 大輝くんは違うよ!」


 由美さんが慌てて両手を振って弁解する。あ、また最初の頃の顔に戻ってきた。


「ホント?」

「ホント」

「じゃあ、証拠」

「え、あの──」


 ボクの肩から、大輝さんの腕がすっと離れる。大輝さんは由美さんの首を抱き、片脚を彼女の股の間に潜り込ませた、そのまま由美さんの顎を掴んでクイと動かし、唇を重ねる。由美さんは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに大輝さんの頬に手を合わせ、目をつぶって大輝さんに応じる。くちゅくちゅと唾液の音が響いた。これはもう、今日はお開きだな。そう思い、隆之介さんを見ると、隆之介さんも肩を竦めて、近くを通り過ぎたバーテンを呼び止めて会計を頼んだ。ボクが財布を取り出そうとすると、隆之介さんは「良いよ」と手で制し、カードを取り出してさっさと会計を済ませてしまった。その間もずっと、ボクの隣ではくちゅくちゅとした二人のキスの音がしている。


「大輝、次の店どうする?」


 隆之介さんが尋ねると、大輝さんが由美さんから唇を離す。ちゅぽん、と瓶の蓋が外れるような音がした。由美さんの方は、目がとろんとして肩が脱力している。大輝さんは由美さんの唇から垂れる唾液を指で拭き取って、自分の口元も拭った。


「んー、先帰ってて」

「あいよ」


 隆之介さんが席から立ち上がる。


「拓巳もね。あ、今度お姉さんここ連れてきなよ」

「大輝さんの頼みでもそれは嫌ですよ」


 何でみんな、静香に会おうとするんだ。


「そ、残念。じゃあ由美、俺らもそろそろ場所変えよ」

「あ、うん」


 由美さんと二人の世界を作り出していく大輝さんを横目に、ボクは隆之介さんについて、店から出た。時計を見ると、そろそろ終電の時刻だ。元々タクシーを拾うつもりではあったから、終電に間に合う必要はないのだが、乗れるなら乗って帰ろうかと思案する。


「しかし、拓巳くんに姉貴ねえ」


 店の外に出たところで、隆之介さんがしみじみとした様子で言った。


「意外ですか?」

「いや? さっきも言ったけど、拓巳くんって弟みあるし」

「そうですか。自分じゃあんま、わかりませんけど」

「兄弟のいるいないは割と性格に出るよ」

「それはまあ、分かります」


 女の子を相手にする時も、この子はもしかしたら長女でしっかりしているからこの性格なのかな、と思うと大体合っている。そういう性格診断の本も、何冊か読んだことがあるし、性格である程度分類できるということを、ボクも否定するつもりはない。


「お姉さん、二人かな」

「それはよく当てましたね」


 隆之介さんはニヤリと口元を歪めて、左手でピースサインを作った。


「拓巳くん、さっきちょっと、嘘ついたでしょ」

「嘘ですか?」

「歳の離れたお姉さんがいるのはホント。でも、今拓巳くんの家に来てるのはそっちじゃない。違う?」


 ボクは思わず感心する。隆之介さんが、偏見と仮説をもとにして他人のことを言い当てるのは、これまでも何度か見てきたけれど、自分のことをこうも当てられると正直かなり焦る。ボクはそんな焦りを飲み込みつつ、ゆっくりと息を吐いた。愛くんと話した時もそうだったけど、ボクはただでさえ静香のこととなるといつもの調子で他人と話せない。気をつけないと。


「合ってます」

「やっぱり」


 隆之介さんは、ふふっと鼻で笑う。


「拓巳くん、かなりのシスコンと見たね」


 そんなこと──と声を荒げようとして、飲み込む。


「──かもですね」

「拓巳くんが歳上好きなのは、そのお姉さんの影響かな」

「否定しづらいっすよ」


 ボクは作り笑いをつとめる。ほら、いつも女の子相手に、慣れてるだろ。


「いつもの拓巳くんなら、お姉さんでも全然紹介すると思うんだよ」

「そうですか?」

「うん、そう。それなのに大輝さんでも嫌ってのは、拓巳くんは相当お姉さんっ子だ」

「……まあ、嫌いじゃないですよ。家族なんで」

「ま、あんまり拓巳くんイジメても仕方ないか。実は俺も拓巳くんのお姉さん、割と興味あるからさ。ちょっと突いちゃった。今度、写真でも見せてよ」

「それくらいなら、別に良いですよ」


 ボクと隆之介さんは、タクシー乗り場に向かって歩き出した。タクシーはすぐに来て、隆之介さんが先に乗るよう促すと、隆之介さんはボクの手に、一万円札を握らせた。


「いーよ。お開きになったの、大輝のせいだし、それで一人帰んな」

「ありがとうございます」


 ボクは隆之介さんに頭を下げて、タクシーに乗り込んだ。ボクは自分の家の住所を運転手に告げると、窓越しにもう一度頭を下げる。隆之介さんは笑顔で手を振って、ボクの乗るタクシーを見送っていた。


「あ、すみません。やっぱり──」


 隆之介さんの追求から半ば逃げるようにしていたせいで、何も考えずに自宅の住所を言ってしまったが、あそこには静香がいる。静香がいる間ずっと夜に帰らない、というわけにもいかないとは思うが、それでもまだ今日は帰りたくないという意地はあった。明日の朝は講義もないし、ゆっくりできるから、家に帰る必要はないんだよな。そもそも、ボクはそのつもりでボドゲバーに行ったのだから。ボクは少しだけ悩んだ後、紫音のいるアパートまで向かうよう運転手に告げた。早速スマホを開き、紫音にメッセージを入れる。



『ねえ』

『さっき来週会う約束したばっかだけど』

『今から紫音ち 行ってもいい?』


 返事はすぐにきた。大丈夫と文字が浮かんでいるキャラスタンプ。ボクはホッと息をつく。昨日の今日だし、あまりボクの方から誘いたくはなかったが、昨日は紫音の方から誘ってきたのだし、貸し借りはなしだろう。気持ちの悪さは正直感じるが、それも彼女自身にぶつけてしまえば良い。紫音も大輝さんのことを知っている。今日、大輝さんと飲んでいたら紫音の話になって、それで顔を見たくなった、とでも言っておこう。それに完全に嘘というわけでもない。紫音でなくちゃいけないわけではないが、大輝さんと由美さんのいちゃつきを見せられて、このまま何もなしに眠るというのは無理だった。


「なんか、疲れた」


 ボクは肩を落として、窓の外を見る。生憎の曇り空で星空は見えない。

 ボクはまた、静香とのことを思い出す。静香と付き合い始めた高一の最初の夏、二人でプラネタリウムに行った。子供の頃にも、一緒に天体観測したよね、と笑う静香と手を繋ぎながら見た人工の星空の記憶は、今も鮮明だ。手汗が心配だなんて、今のボクじゃ考えないようなことにドギマギしていたこともあり、その時に聞いた星の解説なんか一つも覚えちゃいないが、それでも夜空を見ると、今でもあの記憶が引っ張り出される。

 ──こっちはそんなこと、何もかも忘れたいってのに。

 静香はそんなボクの気持ちなど、これっぽっちもわかっちゃいないんだろう。ホント、ふざけてる。隆之介さんは、ボクがシスコンだから静香を大輝さんに会わせたくないんだと言っていたが、それは違う。隆之介さんでも、流石にボクと静香の関係は言い当てられなかった。この気持ちは、そんなんで片付くことじゃない。


「酒、買ってくか」


 紫音のアパート近くにあるコンビニの前でタクシーは停めてもらった。ボドゲバーでもそれなりに酔ったが、今はもう、できるだけ思考を透明にしたい。そう思い、日本酒やストロング缶など、できるだけ強めのお酒を多めに買う。お会計は、隆之介さんのくれたお金で足りた。

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