あなたは自省

mackey_monkey

あなたは自省

私のテーブルへと食事が運ばれてきた。

湯気をもくもくと立ちのぼらせ、パチパチという音ともに、香ばしい香りを漂わせて。

はやる気持ちをは抑え、ゆっくりとフォークへ手を伸ばす。


そこでよく知った声が聞こえた。


「食事の際は帽子をとるべきでしょう?」


そう言った彼女は自身の帽子を頭からとって、近くに置く。


「ええ、そうですね。失念しておりました」


私の言葉に彼女は「言葉を間違っていませんか?」と言って、訝し気な顔を浮かべる。


「どういうことでしょう?」


「知らなかったのでは?」


「いえ、そんなことはありませんよ」


「そうですか」


「……」


「…わたしが思うにあなたは、人の尺度に頼りすぎなのです」


「……」


「人の尺度に頼って、自分と言うものに自信を持てないのです。自身の価値を他者の価値でしか測れない。だから失敗を恐れて、何もしないでいた」


「…だから一般の常識もないと?」


「ええ、そのとおりです」


「そんなことは分かっていますよ。分かったうえで変われないのです。人にはそれぞれ得手不得手というものがあるのです」


「そんなことを言って、逃げ続けているようでは手遅れになりますよ」


「もう手遅れでしょう?」


「そんなことはありません。いつの時代も、年上は年下に優しく、それでいて無責任にまだ手遅れでないと言うのです」


「ならば、私が手遅れになることはないでしょう」


「いえ、いつかなりますよ。あなたより上の世代が居なくなった時に」


「私がそれほど長生きできるとお思いで?」


「できるでしょう。できないと思っているのはあなただけだ。少し情けない心を持っているだけで、体はいたって健康なのですから」


「その情けない心が人生と言うものを少しずつ蝕んでいくのですよ」


「他者から見れば何ともないようなことです」


「当人にとっては重要なのです」


「未来の当人にとっては違うでしょう」


「未来の私などわかりませんよ。少なくとも子供のころの私の描いた未来はこんなではないです」


「そうですか。それでも、親より先というわけにはいかないでしょう?」


「その観点は私にはありません」


「親不孝ですね」


「生んでくれと言った覚えもないので」


「そこまで生きてきたのでしょう?」


「……」


「若いですね」


「その一言でこの感情を片付けてほしくはないのですが」


「他者から見ればそんなものです。いえ、言葉にしているだけわたしはマシでしょう」


「あなたは他者ではないでしょう?」


「…そうでしたね」


そんな会話をしているうちに、気が付けば食事は消えていた。

口の中にはほのかな後味だけが残っている。

私は帽子をかぶり、席を後にした。


テーブルの方を振り向けば一人分の食事と誰もいないテーブルが残されている。

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