十四

 *


 当時の技術では、【ドラゴン】が現れたら【V】を【竜】に変化させて、一対多で迎撃することが基本だった。

 当然、そのままでは【竜】の攻撃を受ける度に【竜】が増えてしまう計算になるけれど、【V】に課せられた条件付けで、【竜】となった【V】は互いに殺し合いを続けるように操作されていたから、目標を殺した後も、【V】だった【竜】同士で戦い続け、弱い【竜】はどんどん淘汰されていった。

 けれど、そうした結果最終的に強い【竜】が残り、次々と襲来するようになった。

 中でも、各地の【特別居住区レジデンス】で甚大な被害を出し続けた、十三体からなる徒党を組んだ【竜】たちを、欧州ヨーロッパの伝説になぞらえて【円卓竜ラウンズ】と呼び、恐れた。

 なぜかれらが徒党を組んで人間たちを襲ったのかは議論を呼んだがわからなかった。

 もっとも、【竜】を開発した時点で、強力な【竜】が甚大な被害をもたらすことはわかっていた。だからこそ、教授は人間の状態のまま、【竜】を殺すことが出来、いざとなれば【竜】になって相討ちにできるようなものを作ろうとしていた。教授の指示で僕が取り組み、作り上げたのが【耐竜装フォース】だ。

 今となっては誰もが知っている、人間にとって最大の脅威となったディタノウィルスを改変させ、人間の自然免疫を無効化し、脳内の神経回路をオペレーション・ソフトウェアとして機能するよう書き換えを行った。あとはナノマシンの技術で人工免疫を付与し、【竜】への変異を自動的に調整するよう設定する。【耐竜装】の仕組みはだいたいこんな感じだ。

 ディタノウィルスはもともと、人間が持つ自然免疫を無効化し性ホルモンに干渉して男性を恒久的に不妊化させることが知られている。感染しても重い風邪のような症状で済んでしまっていたから、人工抗体ナノ・ワクチンの開発が遅れ、結果的に世界人口のすさまじい減少を引き起こした。僕はその性質をあえて【耐竜装フォース】に組み込んだ。その結果、身体が男性のままだと場合によっては強烈な拒否反応を示し、そのまま【竜】になってしまう場合があることがわかった。だから、男性の【志願者】に対して、【耐竜装】を導入する時点で女性への性別適合処理を行う必要があった。

 すべての【V】が女性の身体であるのは、こういったわけだ。

 教授は僕に【耐竜装】の具体的な製品化と、それを利用した【純粋兵】の生成を命じた。いくつかの失敗を経て最初に出来上がったのが、僕が作ったコウサキ・アヤだった。ほどなくして、僕の同僚がコギソ・フミコを作った。コウサキ、コギソはそれぞれ、生成したチームメンバーの頭文字を入れ替えて名字としていた。

 アヤの【参照元ボディ】は僕が選んだ。僕は、間違っても自分がそういった感情にならないよう、自分の指向タイプを全て外した外見で、かつ、自分に背格好が似たものを探した。意外とそういう検体ボディは多いようで、すぐに見つかった。


 *


「え、アヤさんが指向タイプだったんじゃないの?」

「実際はその逆だよ。僕はアヤに恋愛感情を抱くことがあり得ないように、アヤをデザインしたんだ」

「でも、ハルカはアヤさんと付き合っていたんじゃ……」

「そういう関係性を持たせたかっただけ。

 ――アヤはもしかしたら、本当に僕を愛していたのかも知れないけれど」

 セリナは言葉を失った。

「僕は最初から、いざとなればアヤの身体を使って【V】になることを考えていたんだ。

 ――この世界が、教授の思惑通りになって欲しくなかったから」

「もしかして、教授は」

「教授の目的は、人類の滅亡だよ」

 いや、正確には――

 ハルカは珍しく言いよどんだ。


 *


 教授は単なる兵器開発の果てに【竜】を作ったわけではない。最初から人間を滅ぼすために【竜】を開発したんだ。人体を特殊な方法で変化させ、当時あったあらゆる火器をも通さない鱗を纏うことで、一切の攻撃が通用しない驚異的な生物兵器を作り上げた。

 ただ、【竜】は兵器としてコントロール可能にするために弱点を組み込んであった。それが、同族の攻撃に極端に弱いという性質。これは免疫機構を特殊にした結果、【竜】の身体の一部同士は物理的に互いに受け入れてしまう特性があるためだ。

 【V】の武器が【耐竜装フォース】を通して血液から生成されるのはそういう理由だ。この武器でしか、【竜】を殺すことは出来ない。だから、最初から【耐竜装】も【V】も、アイディアとしては存在しているし、システムとして実装すべきものだった。けれど、教授は先に【竜】を解き放ったんだ。結果として、【竜】は自然発生した災厄のような扱いとなった。

 ドラゴンに似ていたのは偶然じゃない。

 教授が、意図して作ったからだ。

 つまり、今【V】たちに教え込んでいる内容は、すべて厳密には間違っている。伝説上の生物であるドラゴンに似せて造られた・・・・・・・・・・・・のが【竜】で、【V】はその中途にある存在だった。今のシステムでは、【耐竜装】が無力化されれば【V】は必ず【竜】になる。その前は、【V】は脳内に形成した特殊な回路により【竜】に変化する仕組みだった。

 アヤは【純粋兵コレクテッド】として、それまでの【V】が数体の【竜】にならなければ討てなかった【竜段レベル3】の【竜】をひとりであっさりと倒した。黒い鱗を大きく変形させた左腕の盾でブレスを防ぎ、右手の剣で【竜】の首を落としたとき、僕たちは感慨のようなものを覚えた。

 【純粋兵】たちは人間と交わる機会が少ないし、たとえばよく知らない住民たちから心ない扱いを受けることも多いから、精神が脆くなりがちで、自分に優しい人間には心を許しやすい。その点においては、特別な個体とはいえ、アヤも同じだった。

 僕はアヤのトレーナーでもあったし、プライベートでもあらゆる相談に乗っていた。もちろん計算ずくで。いつの日か恋人同士だと誰かに言われることを願って。

 その日は思っていたよりも早かった。【北京防衛統括本部ベイジン・センター】から人事交流でやってきたリー・ホウリュウが、コギソ・フミコに交際を申し込んだという話が急に広がり、それに関連して、【詰所ステーション】内でいつも一緒にいる僕らも話題になった。恥ずかしそうなアヤに、恥ずかしくない、と僕は言った。それから、アヤは僕の恋人として生きるようになった。

 

 


 *


「ハルカ、そこはこどもの頃から全く変わってないよな」

「ん? ひとの感情があまりよくわからない、ってこと?」

「いや、わかりすぎているんだよ」

「なるほど。でも、だとしたら、君に言われたくはない」

 セリナは口を噤んだ。

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