十五
*
当時、【V】たちは【
【円卓竜】のほとんどは当時最大級だった【
アヤは、僕の知る限り、誰よりも強い【V】だった。そもそも他の【
今の【純粋兵】でも【竜段5】を単独で倒すくらい能力の高い【V】はいる。それこそペトローヴナ曹長とか、オリガはそれくらい「
けれど、アヤは次元が違った。たったひとりで【竜段6】を含む複数の【
アヤには矜持があった。【竜】から人間たちを守り抜くという、余りにも強い矜持がアヤの強さの源だった。
一方、アヤはさみしがり屋で、毎日のように僕の居室に来ては、眠った。僕はアヤの精神をどうにか調整しながら、教授が画策していた巨大なプロジェクトを支えていた。
それは、最後の【竜】を作るものだった。
*
「まさか、その結果が……」
「プロジェクトは成功したんだ。教授の最後の『作品』が、オガシラ・レイなんだ」
*
教授は完成した個体を見たとき、涙を流した。
オガシラ・マサルの理想がそこにあった。
【竜】と人の状態を自力で自由に行き来できる彼女は、確かに兵器としての【竜】の到達点であり、完全体であった。白銀に輝く髪はそのまま全身を覆う鱗となり、その大きさは当時【
レイの誕生に、【
君もよく知っているとおり、今は【防衛統括本部】と呼ばれている各シェルター群は、同じ人間として協力し合いながら牽制しあう、いわば国家同士だった昔からの関係性をそのまま維持し続けていた。あえて教授の言葉を引用すれば、『この期に及んでまだそんなことをやっているのが人間の本質』なのだろう。
*
「なあ、まさか」
セリナの顔からどんどん血の気が消えていく。
「そのまさかだよ
――レイに【
セリナは自らの震えを抑えられなかった。知らなかった方がよいことを、かれは知りすぎていた自覚はあった。
ハルカから語られることが、これほどまでに凄惨で残酷であることと、それがかれ自身の記憶と照合するに足るほど事実であるということが、セリナに強い衝撃を与えた。
*
レイに課せられた指令を知り、アヤは怒り、止めようとした。だからレイに一騎討ちを申し込んだ。
「私はこの世界の全ての人間を救う為に造られた。それがたとえ
アヤはそう言って剣と盾を構えた。
実は、僕もその場に居合わせたんだ。もちろん偶然ではない。アヤのただならぬ緊張に気づいて、後を追ったから。
そう、そこでレイの目的と、教授の持つ強すぎる憎しみを確認したんだ。
「貴女は何も知らないのね。つくづく邪魔だと思っていたから、いいわ、ここで殺してあげる」
レイはため息をついて
しばらく重たいにらみ合いが続くと、アヤは目にもとまらない速度で間合いを詰め、レイに斬りかかった。
たった一撃だった。
レイのひと薙ぎで、アヤの盾と左腕もろとも首が吹き飛び、身体がその場に遺された。あの、圧倒的な強さを誇ったコウサキ・アヤの最期だと思えないくらい、あっけなかった。
「なにその動き。勝負にすらならないじゃない」
レイはふふ、と微笑むと、僕を一瞥して飛び去り、【竜】の姿になった。
それは【竜】と呼ぶのもはばかられるほどの大きさだった。白銀の鱗はいかなる武器も通らないように思えた。
そうして、その日、【
僕はすぐさまアヤの身体を回収し、【
「この身体を使って、僕は【V】になる」
と。
リーは何も言わなかった。彼はもちろん僕とアヤの関係性を知っていたから、レイに復讐するためにそうするというストーリーをすんなり受け入れたのだろう。
でも僕は、さっきも言ったとおり、実はそういうつもりでアヤの身体を使っているわけではない。単に、アヤの身体を使うことでしか、僕がレイに対抗する手段はないし、レイを殺すことでしか人間に生き残る手段はないから、そうした。それがアヤの遺志を継いでいるといえばそうかもしれないし、結果的に復讐しようとしているといえばそうかもしれない。でも、僕は、そう、どちらかといえば――
教授に勝ちたかった。これが一番の理由だと思う。世界最高と言われた知能を持つ教授を、どうにかして超えたかった。そのためにアヤの身体を利用したんだ。
そうして僕は、【東京防衛統括本部】が復興し、【
*
「セリナ、だから僕は、かつて君が僕にしたことを非難する筋合いがないと思っている。僕の方がずっと、アヤに酷いことをしているから」
ハルカは息を吐いた。語るべき事が全て終わったことのしるしだった。
セリナは震えが止まらなかった。ハルカに「あのこと」を許されている訳ではないことがわかったのと同時に、それ以上に自分のことを信頼しているということがわかったからである。
「ひとつ、疑問に思ったことがある」
「何?」
「すごい、素人みたいなことなんだけど。ハルカの話が本当なら、ウチらの武器同士はなぜ斬り合えるんだ? 【V】の身体に流れている【竜】の血を使っているのだとしたら、武器同士もぶつかった途端破壊されると思うんだが」
「なるほど、確かにそう思うのは無理もない」
ハルカの表情が少しだけ柔らかくなった。
「答えを言ってしまえば単純なんだけど、【
セリナはうなずいた。
「で、それでどうするんだ? まさか、ウチに話してそれで終わり、というわけじゃないだろう?」
「勿論だ。僕はレイの居場所に心当たりがある。そして、リーもそれを知っているはずだが、部隊を動かしている形跡がない。ということは、何か別の思惑があるはずなんだ」
「大佐は【零式】を何かに利用しようとしているってこと?」
「おそらくは。少なくとも、僕が知らない情報が、レイの住処――教授の研究所にまだあるはずなんだ。僕はそこに行って確かめたいことがある」
「教授の研究所って、ツクバあたりにあるって噂の?」
「うん。ツクバ山のふもとにひっそりとある、オガシラ研究所に僕は向かいたい」
「うーん……」
セリナは腕を組んだ。氷が溶けていくように身体に血が通い始めたのを感じた。
「休暇をとるしかないんじゃないか? 今なら【零式】も一段落したからいけるぞ」
「正攻法だな。コソコソする必要もないだろうし、それでいいかもしれない」
ハルカは遠くを見て、そう言った。
「セリナ、ついてくるかい? それとも、止めるかい?」
ハルカの目は、セリナをまっすぐ見つめていた。その深い闇は、セリナが唯一苦手なところだった。
「今更だろ。それに、レイには借りがあるからな。あいつ、ウチの鉈を突き破っておいて生かしやがった。あいつにこれをお見舞いするまでは生きていないといけないからな」
セリナは【
「そうか。よかった」
ハルカはほっと胸をなでおろした。
休暇の申請を承認したリー・ホウリュウ大佐はすぐにコギソ・フミコ曹長を呼び出した。
「サエグサとオノがそろって休暇申請だ」
「あら、デート? 随分大胆じゃない。そういうの嫌いじゃないわよ」
「そんなことを言ってる場合か。何を企んでいるのか判らんぞ」
大佐は気色ばんだ。
「何言ってるの、見え見えじゃない。おおかた、【
――あら、これ『あの日』じゃない。ちゃんと空気も読んでるのね」
大佐の端末を見て、フミコは微笑んだ。
「どういうことだ?」
「忘れたの? 『計画』を発動させるその日にあのふたりがいたら厄介かもしれない、って貴方言ってたじゃない。これ、結構好都合じゃないの?」
「ああ、そうか……確かに、そう言われればそうだな」
リー大佐は頭をかいた。
「――まあでも、禁忌に手を出しているわけだし、一応、手を打つわ。オガシラ研究所前に〈サクラダモン〉を先回りで付けておきましょう。あと、あの子たちには、まあ、そうね――〈トヨス〉ひとりで十分かしらね。バレても元々だろうし。これでどう?」
「〈サクラダモン〉は戦力として大きすぎないか? 仮にも副長だろう?」
「第一部隊の部隊長と副長が相手なのよ? 何かあったら『計画』に差し障りが出かねないでしょう? それに、〈トヨス〉を抑えられるのは班長も兼ねているあの子だけよ?」
単純に戦力で計算すればこれでも不足するわよ。多分ギリギリじゃない?
フミコはにじりよった。
「もっとも、〈
「それは勘弁してくれ。向こうだって隠し球がないとも限らんだろう」
「でしょう? それならこれで文句ないわね?」
フミコはうふふと微笑んだ。
「まったく、お前はつくづく恐ろしい奴だ」
「その『恐ろしい奴』に花束持って口説いたひと、どなただったかしらね」
フミコは笑いながら司令室をあとにした。
「もしもし?」
【
「〈サクラダモン〉、〈
聞き慣れた声にセナは興奮する。セナにとって任務とは、誰かを合法的に殺せる仕事であり、喜ぶべきものであるからだ。
「こんな遅くまでお疲れ様です。いつ、どこに向かう予定で?」
「ちょっと遠くに行ってもらう必要があるの。続きは私の部屋で」
「そんな案件なんですね? 今すぐ向かいます!」
「ありがとう。助かるわ」
セナは一瞬で【
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