十五

 *


 当時、【V】たちは【円卓竜ラウンズ】を倒すために激しい任務となっていて、【円卓竜】たち――この時は【竜王キング・アーサー】と【勇将竜ランスロット】、【勇聖竜ガラハッド】の三体だった――は【北京防衛統括本部ベイジン・センター】を壊滅させた。リーは故郷に帰れなくなった。

 【円卓竜】のほとんどは当時最大級だった【竜段レベル5】だったし、【零式レイシキ】が出てからは上位三体――【竜王キング・アーサー】、【勇将竜ランスロット】、【重騎竜ガウェイン】――は【竜段6】に格上げされるほど強力だった。さすがにそれほどの【竜】ともなると、【志願者ナチュラル】の部隊だけではどうしようもなくて、【純粋兵コレクテッド】として主戦力となっていたアヤもフミコも、散っていった【V】を弔うためにも日々戦い続けていた。

 アヤは、僕の知る限り、誰よりも強い【V】だった。そもそも他の【純粋兵コレクテッド】とは異なる形で造られた試作型プロトタイプであるにもかかわらず、いや、そうであるからこそ、どんな【V】よりも――ほぼ同じ条件で造られたフミコすら足元にも及ばないくらい――強かった。

 今の【純粋兵】でも【竜段5】を単独で倒すくらい能力の高い【V】はいる。それこそペトローヴナ曹長とか、オリガはそれくらい「選ばれた個体コレクテッド」で、【純粋兵】の中でも頭ひとつ抜けているのは明らかだ。

 けれど、アヤは次元が違った。たったひとりで【竜段6】を含む複数の【円卓竜ラウンズ】を相手にすることができ、ついに殲滅させることに成功した唯一の【V】だった。たった七期で、五十期近くいる僕より多くの【竜】を撃破していることからも、その桁違いの強さがわかるだろう。

 アヤには矜持があった。【竜】から人間たちを守り抜くという、余りにも強い矜持がアヤの強さの源だった。

 一方、アヤはさみしがり屋で、毎日のように僕の居室に来ては、眠った。僕はアヤの精神をどうにか調整しながら、教授が画策していた巨大なプロジェクトを支えていた。

 それは、最後の【竜】を作るものだった。

 

 


 *


「まさか、その結果が……」

「プロジェクトは成功したんだ。教授の最後の『作品』が、オガシラ・レイなんだ」


 *


 教授は完成した個体を見たとき、涙を流した。

 オガシラ・マサルの理想がそこにあった。

 【竜】と人の状態を自力で自由に行き来できる彼女は、確かに兵器としての【竜】の到達点であり、完全体であった。白銀に輝く髪はそのまま全身を覆う鱗となり、その大きさは当時【竜段レベル5】に指定されていた【円卓竜ラウンズ】の中でも最大を誇る【竜王キング・アーサー】――この後【竜段6】に格上げされた三体のうちの一体だ――すらも遥かに上回る大きさだった。実際、【零式レイシキ】が顕現したとき、本来5までしかなかった【竜段レベル】の規格外ということで、その二段階上の【竜段7】に設定されている。

 レイの誕生に、【東京防衛統括本部トウキョウ・センター】の面々も浮き足だった。【円卓竜ラウンズ】がアヤによって殲滅された今、いざとなれば他の【防衛統括本部センター】を軍事的に圧倒できる、と。

 君もよく知っているとおり、今は【防衛統括本部】と呼ばれている各シェルター群は、同じ人間として協力し合いながら牽制しあう、いわば国家同士だった昔からの関係性をそのまま維持し続けていた。あえて教授の言葉を引用すれば、『この期に及んでまだそんなことをやっているのが人間の本質』なのだろう。


 *


「なあ、まさか」

 セリナの顔からどんどん血の気が消えていく。

「そのまさかだよ

 ――レイに【東京防衛統括本部トウキョウ・センター】の襲撃を命じたのは教授だ。そして、教授はその白銀の炎の中に身を投じ、この世から姿を消した」

 セリナは自らの震えを抑えられなかった。知らなかった方がよいことを、かれは知りすぎていた自覚はあった。

 ハルカから語られることが、これほどまでに凄惨で残酷であることと、それがかれ自身の記憶と照合するに足るほど事実であるということが、セリナに強い衝撃を与えた。


 *


 レイに課せられた指令を知り、アヤは怒り、止めようとした。だからレイに一騎討ちを申し込んだ。

「私はこの世界の全ての人間を救う為に造られた。それがたとえ教授おとうさまの命令だとしても、貴女の使命を知ってしまった今、貴女をここで殺さざるを得ない」

 アヤはそう言って剣と盾を構えた。

 実は、僕もその場に居合わせたんだ。もちろん偶然ではない。アヤのただならぬ緊張に気づいて、後を追ったから。

 そう、そこでレイの目的と、教授の持つ強すぎる憎しみを確認したんだ。

「貴女は何も知らないのね。つくづく邪魔だと思っていたから、いいわ、ここで殺してあげる」

 レイはため息をついて大太刀オオダチを構えた。

 しばらく重たいにらみ合いが続くと、アヤは目にもとまらない速度で間合いを詰め、レイに斬りかかった。

 たった一撃だった。

 レイのひと薙ぎで、アヤの盾と左腕もろとも首が吹き飛び、身体がその場に遺された。あの、圧倒的な強さを誇ったコウサキ・アヤの最期だと思えないくらい、あっけなかった。

「なにその動き。勝負にすらならないじゃない」

 レイはふふ、と微笑むと、僕を一瞥して飛び去り、【竜】の姿になった。

 それは【竜】と呼ぶのもはばかられるほどの大きさだった。白銀の鱗はいかなる武器も通らないように思えた。

 そうして、その日、【東京防衛統括本部トウキョウ・センター】は壊滅し、全世界は【零式レイシキ】という名の新たな脅威の誕生を知った。

 

 僕はすぐさまアヤの身体を回収し、【耐竜装フォース】に細工をしてから、既に【V】の監督官に昇格していたリーに言ったんだ。

「この身体を使って、僕は【V】になる」

 と。

 リーは何も言わなかった。彼はもちろん僕とアヤの関係性を知っていたから、レイに復讐するためにそうするというストーリーをすんなり受け入れたのだろう。

 でも僕は、さっきも言ったとおり、実はそういうつもりでアヤの身体を使っているわけではない。単に、アヤの身体を使うことでしか、僕がレイに対抗する手段はないし、レイを殺すことでしか人間に生き残る手段はないから、そうした。それがアヤの遺志を継いでいるといえばそうかもしれないし、結果的に復讐しようとしているといえばそうかもしれない。でも、僕は、そう、どちらかといえば――

 教授に勝ちたかった。これが一番の理由だと思う。世界最高と言われた知能を持つ教授を、どうにかして超えたかった。そのためにアヤの身体を利用したんだ。

 そうして僕は、【東京防衛統括本部】が復興し、【東東京詰所イースト・トウキョウ・ステーション】が誕生した第廿八期に【V】として配属されることになった。


 *


「セリナ、だから僕は、かつて君が僕にしたことを非難する筋合いがないと思っている。僕の方がずっと、アヤに酷いことをしているから」

 ハルカは息を吐いた。語るべき事が全て終わったことのしるしだった。

 セリナは震えが止まらなかった。ハルカに「あのこと」を許されている訳ではないことがわかったのと同時に、それ以上に自分のことを信頼しているということがわかったからである。

「ひとつ、疑問に思ったことがある」

「何?」

「すごい、素人みたいなことなんだけど。ハルカの話が本当なら、ウチらの武器同士はなぜ斬り合えるんだ? 【V】の身体に流れている【竜】の血を使っているのだとしたら、武器同士もぶつかった途端破壊されると思うんだが」

「なるほど、確かにそう思うのは無理もない」

 ハルカの表情が少しだけ柔らかくなった。

「答えを言ってしまえば単純なんだけど、【耐竜装フォース】には【竜】への耐性を付与する効果があって、それが武器にも付与されているんだ。そもそも、そうでないと武器が【竜】に刺さっても、取り込まれてしまうだろう? 【耐竜装】は防具としても、武器としても【竜】に対して特化しているというわけだ」

 セリナはうなずいた。

「で、それでどうするんだ? まさか、ウチに話してそれで終わり、というわけじゃないだろう?」

「勿論だ。僕はレイの居場所に心当たりがある。そして、リーもそれを知っているはずだが、部隊を動かしている形跡がない。ということは、何か別の思惑があるはずなんだ」

「大佐は【零式】を何かに利用しようとしているってこと?」

「おそらくは。少なくとも、僕が知らない情報が、レイの住処――教授の研究所にまだあるはずなんだ。僕はそこに行って確かめたいことがある」

「教授の研究所って、ツクバあたりにあるって噂の?」

「うん。ツクバ山のふもとにひっそりとある、オガシラ研究所に僕は向かいたい」

「うーん……」

 セリナは腕を組んだ。氷が溶けていくように身体に血が通い始めたのを感じた。

「休暇をとるしかないんじゃないか? 今なら【零式】も一段落したからいけるぞ」

「正攻法だな。コソコソする必要もないだろうし、それでいいかもしれない」

 ハルカは遠くを見て、そう言った。

「セリナ、ついてくるかい? それとも、止めるかい?」

 ハルカの目は、セリナをまっすぐ見つめていた。その深い闇は、セリナが唯一苦手なところだった。

「今更だろ。それに、レイには借りがあるからな。あいつ、ウチの鉈を突き破っておいて生かしやがった。あいつにこれをお見舞いするまでは生きていないといけないからな」

 セリナは【耐竜装フォース】から得物の鉈を取り出した。鉈は刀身が黒く染まり、しっかりと硬化している。

「そうか。よかった」

 ハルカはほっと胸をなでおろした。



 休暇の申請を承認したリー・ホウリュウ大佐はすぐにコギソ・フミコ曹長を呼び出した。

「サエグサとオノがそろって休暇申請だ」

「あら、デート? 随分大胆じゃない。そういうの嫌いじゃないわよ」

「そんなことを言ってる場合か。何を企んでいるのか判らんぞ」

 大佐は気色ばんだ。

「何言ってるの、見え見えじゃない。おおかた、【零式レイシキ】の秘密に気がついて、オガシラ研究所にでも行こうってところじゃないかしら?

 ――あら、これ『あの日』じゃない。ちゃんと空気も読んでるのね」

 大佐の端末を見て、フミコは微笑んだ。

「どういうことだ?」

「忘れたの? 『計画』を発動させるその日にあのふたりがいたら厄介かもしれない、って貴方言ってたじゃない。これ、結構好都合じゃないの?」

「ああ、そうか……確かに、そう言われればそうだな」

 リー大佐は頭をかいた。

「――まあでも、禁忌に手を出しているわけだし、一応、手を打つわ。オガシラ研究所前に〈サクラダモン〉を先回りで付けておきましょう。あと、あの子たちには、まあ、そうね――〈トヨス〉ひとりで十分かしらね。バレても元々だろうし。これでどう?」

「〈サクラダモン〉は戦力として大きすぎないか? 仮にも副長だろう?」

「第一部隊の部隊長と副長が相手なのよ? 何かあったら『計画』に差し障りが出かねないでしょう? それに、〈トヨス〉を抑えられるのは班長も兼ねているあの子だけよ?」

 単純に戦力で計算すればこれでも不足するわよ。多分ギリギリじゃない?

 フミコはにじりよった。

「もっとも、〈カスミガセキわたし〉が出ていってもいいけれど」

「それは勘弁してくれ。向こうだって隠し球がないとも限らんだろう」

「でしょう? それならこれで文句ないわね?」

 フミコはうふふと微笑んだ。

「まったく、お前はつくづく恐ろしい奴だ」

「その『恐ろしい奴』に花束持って口説いたひと、どなただったかしらね」

 フミコは笑いながら司令室をあとにした。

 

 

「もしもし?」

 【耐竜装フォース】から上官の通信要請が来ていることにイチセ・セナ軍曹はすぐさま反応し、【糧食Cバー】の包装を開けたまま通信を承認した。

「〈サクラダモン〉、〈カスミガセキわたし〉よ。任務が決まったわ」

 聞き慣れた声にセナは興奮する。セナにとって任務とは、誰かを合法的に殺せる仕事であり、喜ぶべきものであるからだ。

「こんな遅くまでお疲れ様です。いつ、どこに向かう予定で?」

「ちょっと遠くに行ってもらう必要があるの。続きは私の部屋で」

「そんな案件なんですね? 今すぐ向かいます!」

「ありがとう。助かるわ」

 セナは一瞬で【糧食Cバー】をたいらげると、部隊長の部屋まで向かった。

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