十三

 同じ頃、サエグサ・ハルカ曹長は自室に副長を呼び出した。

「急に改まってどうした」

 セリナは神妙な顔をしたハルカに当惑していた。

 【零式レイシキ】が少女の姿に変わったあの戦いから、ハルカの様子が少しおかしくなったことにセリナだけが気づいていた。おそらく、呼び出された理由はそれと深く関連しているように思えた。

「僕は、【ブイ】になる前の記憶を取り戻した」

 ハルカは、日本語で話し始めた。

「――どうやって?」

 セリナは同じく日本語で返し、【耐竜装フォース】の通信システムをすべて落とした。

 【志願者ナチュラル】が人間から【V】になる時、【耐竜装】をその身体に纏う関係で、脳の一部に干渉せざるを得なくなり、結果的に記憶の一部を失ってしまう副作用が生じる。

 【耐竜装】はウィルスと同様の生態を持つ生体ナノマシンの集合体と中枢神経の組み合わせにより形成された統合ソフトウェアにより構成されているので、その中枢神経ネットワークを脳の中に直接組み込む過程で、【志願者】の記憶に直接干渉し、一部を上書きせざるを得なくなってしまうからだ。

「僕らが【V】になる時どうなるか、覚えているかい?」

「うん、そこは消さないって選択したから」

「そうか、君は民間人だから記憶の選別がある程度出来たんだね。僕は――軍に関わる記憶を強制的に上書きさせられたんだ」

 ハルカはもともと軍属であり、【V】に深く関わる技術者でもあったため、本来【V】が知るべきでない記憶は軍規により強制消去されてしまっていた。

「実は、【耐竜装フォース】の仕様として、記憶は完全には上書きされない。【耐竜装】への干渉を避けるために、その部分の記憶の呼び出しが不可能になるようにしているだけなんだ」

「そう、なのか?」

「今の【耐竜装】は、ほぼすべて僕が作った。だから僕は【耐竜装】のすべてを知っているといっても過言ではない。いや、正確には今までその全てを忘れさせられていた」

「どういうこと?」

 セリナは状況が飲み込めていなかった。

「僕は、【V】になることを決断したとき予め全てを思い出せるように、先に自分の記憶が眠る部分を書き換えていたんだ。【耐竜装】を組み込んでも記憶が失われないように」

「そんなことが可能なのか?」

 ハルカはうなずいた。

「可能さ。【耐竜装】と同じ技術を、先に使ってしまえばいいだけ。ただ、それが上にバレないようにする必要があった」

「ふむ」

 セリナは、結局のところハルカが何を言いたいのかわからなかった。

「だから、この身体――つまり、アヤの身体に残っていた【耐竜装】の残骸をこっそり採取して、先に僕の脳に入れた上でバックドアを仕込んだ。だから、その後に組み込まれた僕自身の【耐竜装】の効果によって、今まで僕の記憶は封じられたままだった」

「よくわからないけど、つまりそのバックドアが発動するまでは、ハルカの中で【V】になる前の記憶が眠っていたということ?」

「そう。バックドアの発動条件は二つ。ひとつは、僕が自分の私物に隠した暗号を解くこと。もうひとつは――オガシラ・レイを人間の姿で目撃すること」

「オガシラ・レイ?」

 オガシラという名字に、セリナはまさか、と思った。

「【零式レイシキ】の本当の名前だ。彼女はオガシラ教授が創り出した『娘』なんだ」

「うそ……」

「本当だよ」

 セリナは混乱した。オリガはどうして、彼女に殺されてしまったのだろうか。一体、何を知っていたのだろう。思いがひとりでによぎる。

「僕が、【V】を開発したオガシラ教授のもとで働いていたことは覚えているかい?」

「いや……そうなのか?」

 セリナは思い出そうとして、思い出せないことに気づいた。

「そうか。君が知らないはずはないから、強制的に上書きされたのだろうな」

 だって、僕がアヤと出会ったのも、オガシラ教授の研究室の中だったのだから。

 自分の記憶が上書きされている?

 セリナに衝撃が走る。記憶の改変については確かに説明され、承認したはずだった。けれど、思い出そうとすると何かがぼやけて、何も思い出せないことに、思った以上に衝撃を受けたのだ。今まで、そんなことを考えもしなかったのに。

「教授のアイディアをもとに、僕はアヤとフミコに【耐竜装フォース】を実装させた。【耐竜装】はもともと、【ドラゴン】への変化を極限まで抑え、当人の意のままに操作するためのシステムだ。【耐竜装】により【竜】は『活用』することができるようになり、【純粋兵コレクテッド】は生まれ、【V】の生体兵器としての需要が確立された」

「ということは、つまり……」

「教えられるものと順序が逆なんだ。オガシラ・マサルはまず生物兵器として【ドラゴン】を創り出し、その対抗手段として【V】という中途状態の【竜】をシステム化した」

「……今、【竜】の脅威に晒されているこの世界の災厄は、オガシラ教授が自分で招いたということ?」

「そう」

 ハルカから表情が消えていた。

 セリナは足下が崩れるような目眩を覚えた。

「【竜】も、最初に開発された【V】もコントロールが難しいという点で、兵器として不完全だった。だから、【竜】を確実に殺し、減らすための策を教授も考えざるを得なくなった。それで、【V】の状態を保ち続け、【竜】への変化を抑えるシステムが必要になった。そうして生み出されたのが【耐竜装フォース】だった」

 ハルカは思わずセリナに背を向けた。なぜそうしたのかは自分でもわからなかった。

「コウサキ・アヤとコギソ・フミコは、【耐竜装】の副産物として生まれた、最初の世代の【純粋兵コレクテッド】だった。アヤという名前は数字の十、フミコは二、三、五からとられた。それぞれ、素体――今で言う【参照元ボディ】の番号を示している」

「アヤさんもフミコさんも廿期だったはずだ。ということは、それ以前の【V】は、【耐竜装】がなかったってこと?」

「そう。廿期よりも前の【V】はみんな、いつか【竜】になる不完全な状態で配備された。【耐竜装】とともに【純粋兵】の技術も共有され、【純粋兵】が各地に配備されるようになった。逆に言えば、それまでの【V】は生活困窮者や犯罪者を結集させて作られた人体実験の部隊だったんだ」

「そんな……」

「【純粋兵ジュンスイヘイ】という概念が生まれたから、人間から【V】になる者を【志願者シガンシャ】という名前に変えて、廿期から【竜】を掃討するための体制が完全に確立したんだ。当然、それまでの【V】は使い捨ての兵士たちだ」

「だから【V】の語源は、犠牲者Victimということか……」

 セリナはうつむいてしまった。

「セリナは、【円卓竜ラウンズ】を覚えているかい?」

「ウチらが【V】になる前、【竜】といえば【円卓竜】だったな」

「そう。廿期以降の【V】が最初に与えられた任務は、【竜王キング・アーサー】を筆頭とした【竜】の集団――【円卓竜】を全て倒すことだった」

 ハルカは再びセリナに向き直り、語り始めた。

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