十二

「司令、お願いがあります」

 司令室に現れたのは、第三部隊のシバタ・アカネ一等兵であった。かれは四肢を真っ白な鱗が覆い始めており、髪の毛も透き通るように白く、それを三つ編みのおさげにしている。瞳は燃えるように赤い。アカネは先の戦いでも部隊の損失を軽減させ、精神的に難のある部隊長のケアもこなしていた。名実ともに、かれは期待の若手だった。

「シバタ一等兵。君の活躍は部隊長から聞いている。とてもよくやっていると」

「ありがとうございます。その件で相談があります」

 アカネは恭しく礼をすると、リー大佐を見上げ、意を決したようにいちど頷くと、

「わたしを第三部隊の副長にさせていただけませんか?」

 と言った。

「ふむ……」

 ここまでの経緯を踏まえて、能力的に見れば、そこまで突飛ではない話だった。

 同期にハギワラ・ミツキがいるうえ、【識別票ステータス】の数値だけではさほど突出したものがなく注目されないが、リー大佐の経験則でいえば、アカネは【志願者ナチュラル】の中ではトップクラスと言っていい潜在能力ポテンシャルを有していた。具体的にいえばハルカやセリナと同じような数値配分であり、これは特に【志願者】で長く生き残る者に共通の特徴であると大佐は考えていた。

 また、任務においてはその大佐の予想すらも大きく超えて才能を発揮しており、はっきり言ってしまえば、今後の活躍次第では歴代最強の――それこそ、特別な個体であるハルカや適性において【純粋兵コレクテッド】に遜色ないレベルであるセリナはもちろん、コウサキ・アヤに匹敵するほどの――【V】になってもおかしくないとすら思っている。

 ただ、部隊の副長になるには、下士官級以上の階級である必要がある。すなわち、伍長以上でなくては副長となる資格がない。この【詰所ステーション】においては、一等兵からさらに一階級昇格する必要があった。先の戦いで昇格したばかりのアカネをもう一階級昇格させるには前例がないほどの功績がある必要があり、しかもアカネは新兵ルーキーだった。

 能力的に申し分ないとはいえ、それが納得できる者ばかりではないということを大佐は当然に知っていた。さらにいえば、現時点で第三部隊に他に【志願者】の【V】はいない。

 ここで、あえて【志願者】のアカネを副長にするのには多大なリスクが生じるだろう。大佐はそう判断せざるを得なかった。

「副長を失った日、部隊長を見ていて、わたしが支えられないかと思ったのです。出過ぎた申し出だとは思いますが、第三部隊で副長を他に務められる者がいないとも聞きました」

「――ということは、君だけの意見ではない、ということだな?」

「はい。現在の第三部隊で副長になることが可能なのは、アリシア・ジョンソン伍長とレン・シェン伍長のおふたりだけですが、おふたりとも、ご自分よりもわたしがふさわしいという風におっしゃいました」

「ふむ」

 当の部隊長には聞いていないのだな。

 リー大佐はすぐにそれを察した。

「君を副長に、という意見がそれなりにあるのは理解できる。ただ、知っての通り、君はまだ一等兵で、それも二等兵から昇格したばかりだ。副長という職に就くことは、軍規上かなり無理がある。それに、そもそもこれは第三部隊全体にかかる話なのだから、まずは部隊長であるエレナ・ペトローヴナ曹長の意向を聞かなくてはならない」

 リー大佐は静かに、そう言った。

「私は反対!」

 司令室の扉がやや乱暴に開かれ、エレナ・ペトローヴナ曹長が入ってきた。

「アカネ、貴女、本当に副長になりたいの?」

 エレナはアカネの肩を優しく持って、そう問いかけた。

部隊長シストゥラを支えたいという気持ちは、本当です」

 消え入りそうな声で、しかしはっきりとアカネはそう言った。

「第三部隊の副長は、高い危機管理能力と戦闘能力が必須よ。だけれど、それ以上に、部隊全体の調整力――例えば、部隊のだれかが死に直面したときに、部隊として冷静に判断できる能力が必要なのよ。アカネ、貴女には残念ながらまだ、そんな力はない」

 エレナの脳裏には、ワンを失って泣いていたアカネの姿が浮かんでいた。

 もしアカネが副長になれば、誰ひとり傷つけないように行動しようとするだろう。しかし、それは部隊全体を危機的状況に晒すリスクを孕んでいる。アカネにはその類の非情さがないことは明らかだった。

「アリシアもレンも腰抜けね。こんな新兵ノヴィチョクに副長を押しつけようとしているなんて」

「なるほど――事情は理解したが、曹長、シバタ達を責めないで欲しい。ジョンソン伍長もレン・シェン伍長もシバタの【V】としての能力を見てそう言ったのだろうからな。あのふたり――【純粋兵コレクテッド】に特に誇りを持っている彼女たちですら、自分たちよりもシバタを出挙するほどだということなのだから。曹長も十分判っていると思うが、【志願者ナチュラル】の中には、時折このように急速に能力が開花する者がいる。シバタの他には、サエグサやオノがそうであるようにな」

 リー大佐は厳かに言った。

「ええ。知っているわ。――オリガが、教えてくれたもの」

 【人間チェラヴィエク】を信じろ。

 生きろ。

 それがオリガが遺した言葉だった。

「副長は、しばらく立てないわ。アカネには任せられないし、今いる伍長たちにも荷が重すぎるもの。大佐、それでよろしいかしら?」

「そうだな……その方が第三部隊にとってもよい結果となるだろう」

 リー大佐はほっと胸をなでおろし、何かを思い出した。

「それと、ペトローヴナ曹長、君は先の戦闘で見事【冥王竜ハデス】を下し、【竜段レベル2】以上の【ドラゴン】を百体撃破した。これで全ての条件を達成し晴れて称号を受けられる身となったわけであるが、称号の名付けは誰にしてもらうつもりだ?」

 エレナは迷わず、アカネの方を向いた。

「アカネ、私の称号を付けて」

「えっ、わたしで本当にいいんですか?」

 アカネは驚いて口が開いてしまった。

「ええ、いろいろ考えたけど、貴女がふさわしいと思う」

「そうですか……うーん」

 アカネは深く考えた。

 エレナの姿を見る。アカネにとってエレナは、大空を翔る緋色の部隊長であり、何処か姉のような雰囲気があった。

 「部隊長シストゥラ」という普段の呼び名も、気に入っていた。

「ここは東京トウキョウだから称号は基本的には日本語ニホンゴか、英語イングリッシュになる。だがどうしてもということであれば、ロシア語ルースキィでも構わない」

 考え込んでいるアカネを思い大佐は付け加えた。

「決めました」

 アカネはエレナを見つめた。

「教えて、私の称号を」

「太陽の光――【陽光ヨウコウ】のエレナ。それが、わたしが部隊長シストゥラに贈る称号です」

「ふむ。太陽のような輝かしい曹長にぴったりの称号だ。では、エレナ・ペトローヴナ曹長に【陽光】の称号を授ける。後日皆に正式に通達するのでよろしく頼む」

「ありがとうございます」

「【陽光】ね。強く輝く感じで気に入ったわ。ありがとう、アカネ」

「気に入っていただけて何よりです」

 アカネは微笑んだ。

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