十一

 【ドラゴン】の接近警報により第一部隊は事前に取り決めた通り数カ所の地上出口からスクランブルを組み出撃、【東東京詰所イースト・トウキョウ・ステーション】の直上ともいえる位置に【零式レイシキ】とみられる巨大な白銀の【竜】を発見した。

 【零式】はかれらの出撃を待ち伏せていた。迎撃のいとまも与えずに白銀の炎を吐き出し、第一部隊はたった一瞬で数名の被害を出した。

「くそ、こんなのアリかよ」

 翼が燃え落ち、【耐竜装フォース】が消えていく【V】たちの首を落としながら、セリナは呻くように言った。

 ハルカは猛烈な速度で【零式】との間合いを詰める。滲み出る殺意が、遠くのセリナにすら伝わってきた。

「あれが……【零式】」

 ハギワラ・ミツキ一等兵は、たった一度のブレスで落ちる【V】を呆然と見ていた。

「ハルカ! 今行くぞ!」

 セリナの声にミツキは我に返った。はるか上、【零式】に迫る部隊長と、味方の「介錯」をしながら徐々に高度を上げていく副長。とにかく、第一部隊として動きたかった。

「セリナさま、お供します!」

 ミツキは全速力でセリナに向かった。

「おいハギワラ、お前は下にいろ!」

 セリナはあからさまに嫌そうな顔をした。

「いえ、私も【零式】を倒しに行きます!」

「ったく、知らないぞ」

 どうせ聞きやしないか。

 セリナは呆れながら速度を上げる。

 【竜】になりつつある味方の首を鉈で刎ねながら、【零式】との距離をじわじわと縮めていく。

 味方の「介錯」ばかりが上手くなる。

 大きな【竜】と戦うたび、特に【零式】と戦うたび、セリナは落とした首の数を忘れる。それだけ多くの【V】が戦死しているということであり、セリナによって多くの【竜】の発生が防がれているということでもある。おそらく、「介錯」した仲間の数だったら、ハルカを大きく上回っているはずだった。ハルカはそうならないように、最低限の被害で済む方法を常に考えているから。

 上からいく。下から頼んだ。

 ハルカの通信を受け、セリナは気取られないよう死角を縫って【零式】の真下を目指す。ミツキは懸命にその後を追うが、どうにも飛び方が直線的で下手くそだった。とはいえ、置いていくと余計に必死についてきてしまう。見つかるのは時間の問題だ。セリナはそう思った。

 セリナはミツキに通信を送った。

 右から回れ。

 ウチは左から叩く。

 ミツキは一瞬止まり、

 了解。

 と通信を返し3時方向へ回り込んでいった。

 予想通り、【零式レイシキ】はハルカ以外に近づいた【V】がいることに気づき、巨大な爪で応戦した。

 ミツキはその一撃をどうにかまさかりで受けたが、受けただけで両腕に痺れが走った。

「なんて力……」

 それでも引くわけにはいかなかった。襲い来る爪を根気よく鉞で弾いていく。全力で振り払わねば、とても弾き返せなかった。ミツキにとって、【竜】を相手に単純に力で押し負けることは初めてであった。

 こんな敵相手に、部隊長と副長は冷静に立ち向かおうとしている。自分より身体能力では劣ることがわかっているのに、それでも勝てない理由をミツキはわかりはじめた。

 ハルカは頭上から果敢に急降下し、【零式】の首を狙った。【零式】はすぐさま噛みつこうと牙を向ける。ハルカは真横に飛び退くと剣を構え、振り抜く。

 剣が空を舞った。ハルカは標的を睨み付ける。

 【零式】は素早く首を動かし剣を避けると、至近距離のハルカに頭を振った。

 強力な頭突きがハルカの全身を狙う。

 吹き飛ばされる瞬間ハルカは翼で身を守った。大きく距離をあけられたが、受け身を取り衝撃を逃がすことで最低限の損失で済んだ。

 すぐにハルカは剣をとり【零式】に対峙する。

 その間、セリナはどうにか足下にたどり着いた。通常の【竜】であれば、ここで脚を斬り怯ませることでハルカかミツキの攻撃で絶命させられるのだが、【零式】は巨大であったがため、セリナの鉈では切り落とせないほど脚が太かった。切り落とせるのは指くらいか。それでも怯むだろうし、一瞬の隙を突けば、ハルカが首を取るだろう。

 セリナはどうにか間合いをはかり、ハルカの再度の攻撃を待った。

 はたしてハルカは再び【零式】の頭上に近づき、急降下を始めた。セリナは阿吽の呼吸で脚に近づき、その指を――

 

 突如放たれたまばゆい光でかれらは思わず動きを止めた。

 

 さっきまで白銀の【竜】であったその身体は、同じ色の髪をなびかせる少女へと変身していた。手には大太刀オオダチが握られている。

「なっ」

 セリナは驚愕し、固まった。

 一瞬で様々なことが頭をよぎり、あろうことかセリナは完全に動きを止めてしまった。

 一方、ハルカは眉ひとつ動かさず少女に駆けより、剣を閃かせた。無数の金属音が辺りに響きわたる。

 動きを止めたのはミツキも同じだった。巨大な【竜】が一瞬で少女に変身し、自分たちと同じような武器を手にして対峙している。ハルカの攻撃は的確に少女に斬り込むものではあるものの、少女はその全ての攻撃を正確にさばいていた。そこに、かれが入り込む隙はなかった。

 意を決して鉞を手に飛び込もうとすると、少女の大太刀に阻まれ、吹き飛ばされた。切っ先が鉞に触れただけだというのに、かれは落ちないように身体を支えるので精一杯だった。彼女もまた、いや、彼女こそが【零式】の本体であることは疑いがなかった。

 ――退きなさい。

 聞き慣れた声がミツキに届いた。退くべきだろう。かれもそう思っていた。ただ、このままでは敬愛する副長が危ない。どうすべきか。

 ――これは命令。貴女に逡巡する余地はない。そのまま翼を畳んで降下すれば、自然に戦線を抜けられるわ。

 確かに、命令であった。ミツキは指示通り翼を折り畳み、急降下し脱出した。

 ――いい子ね。

 声の主は確かにそう言った。


 ハルカは勇猛にも少女に次々と剣を打ち込み続けた。しかし、少女の大太刀は極めて強い筋をもってかれを押し返した。

「くっ!」

 大きな金属音を立ててかれの剣がその手を離れ、空に舞った。

「ハルカ!」

 セリナは危機を察知しハルカに全速力で駆け寄る。少女は不敵な笑みを浮かべ、丸腰のハルカを大太刀で斬るべく突き進む。

 耳障りな金属音が響きわたった。

「うぐっ」

 セリナの鉈は突き破られ、【耐竜装フォース】に大太刀の切っ先が刺さる。セリナの視界が一瞬歪んだ。

 少女は再び大太刀を振り上げるが、脚の痛みに一瞬揚力を失い怯んだ。脚を見れば、踝に尖槍スピアが突き刺さっている。

「っ」

 ハルカは尖槍の飛んできた方を見て驚いた。エレナがものすごい形相で少女を睨んでいたからだ。

「その姿。よくわからないけれど、貴女が【罪深き竜グリェシュニク】なのでしょう? オリガを殺したの、わかっているわよね?」

 エレナの手元からいくつもの尖槍が現れる。

 少女から笑みは消え、元の無表情に戻った。

「少しはやるみたいね。いいわ、また今度にしてあげる」

 そう言い残して少女は翼をはためかせた。すさまじい風圧に全員が吹き飛ばされる。その隙に、少女は北の方角へ飛び去っていった。

「くそっ!」

 セリナは弱々しく吐き捨てた。

 【耐竜装】が小さく警報を鳴らしている。

「仕方ない、帰ろう」

 ハルカはセリナを抱きかかえ、地上に向かった。

「ペトローヴナ曹長、ありがとうございました」

「あら、別に礼を言われるようなことは何もしてないけど? 私はただ、【罪深き竜グリェシュニク】を討とうとしただけ」

 エレナは後をついてきた第三部隊と合流し、第一部隊との合流を指示した。第一部隊は勇敢なものはことごとく倒れ、残った賢明な者はハルカとセリナの身を案ずることしかできなかった。

「ハギワラは?」

 セリナがその中にミツキがいないことに気づく。

 間髪を入れずに通信が入り、ミツキは遠くに吹き飛ばされたため、地上に向かっている最中であることがわかった。生きている【V】がひとり増えて、セリナはどこか胸をなで下ろした。



 殉職者十二名の名前がひとつひとつ読み上げられ、リー・ホウリュウ大佐は大きな身体を折り畳むようにして祈りを捧げた。第一部隊はまたしてもほぼ半数を失い、第三部隊も先だって副長を失ったばかりであるから、【東東京詰所イースト・トウキョウ・ステーション】は戦力を大幅に喪失しているが、それでも【東京防衛統括本部トウキョウ・センター】内唯一の【詰所ステーション】であり、かれらの生命線であることは変わりなかった。【旧東京中央詰所オールド・トウキョウ・セントラル・ステーション】の残ったメンバー達が建設した新しい【詰所】は、【東京防衛統括本部】に属する【詰所】がそこだけとなった今も、【東東京詰所イースト・トウキョウ・ステーション】の名称を変えずにここまでやってきていた。リー大佐は、それを誇りに思っていた。彼こそが、その初代メンバー達のまとめ役だったからである。

「我々は、【零式レイシキ】を討たねばならない。なぜならば、【零式】が初めて人間に危害を加えたのは、ここ東京トウキョウであるからだ。東京で始まった災厄は、東京で終わらせねばならぬ」

 リー大佐は、第五部隊まで含めたすべての部隊の【V】を集め、演説した。

「これまでも多くの血が流され、多くの仲間を失った。しかし、引くわけにはいかない。【V】となった者たちよ、先輩達の遺志を継ぎ、災厄の源である【零式】を、必ず討って欲しい!」

 リー大佐の声は講堂じゅうに響きわたり、一瞬の静寂の後、大きな拍手が辺りを包んだ。

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