第21話 鎧より恥ずかしい装備




「ふぅ……。」



 個室のドアが朽ちているのは頂けないが、この神殿の素敵なところは水洗トイレがあるところ。

 神殿の裏手近くを流れる沢から引いてきた水が、常に用を足すための溝に流れており、古さは感じさせても、清潔さは保たれている。


 ただ、どうしても私が流したものは何処へ流れ着いているのだろうかと考えてしまう。

 用いているのもナルサスさんが用意してくれた古布だ。トイレットペーパーのように溶けて消えるわけではないから不安になる。


 この神殿は山の中腹にあり、沢が流れる方向を考えると、麓の村へと流れている気がするが、その先は考えないようにしている。


 トイレ前の手洗い場も贅沢にかけ流しになっている。

 ライオンのような動物の口から『ガオーー!』と水が出ている。



「さて、出発の準備は良いかな?」

「はい! ……えっ!? ナルサスさん、ですよね?」



 手を洗い終えて、待ち合わせの神殿前に向かうと、思わず足を止めてしまった。

 当然と言えば当然だが、その人物を見た瞬間、すぐにナルサスさんだと気づいた。


 だって、この神殿には私とナルサスさんの二人しかいないから。

 しかし、ナルサスさんの銀髪は金髪に変わっていて、いつも着けている黒い仮面は見当たらず、その代わりにサングラスをかけていた。



「当然じゃないか。……って、ああ、この髪の毛か。

 ほら、銀髪は珍しいし、吸血鬼の目印でもあるからね。だから、魔術で染めたんだよ。このサングラスも目立たないための小道具さ」



 ナルサスさんは金髪の前髪を掻き上げながら、軽く笑った。

 彼の言葉に納得しようとしたけれど、どうしても腑に落ちない。


 なにしろ、ナルサスさんは本当に格好良い。

 声も背丈も、何もかもがスマートで、ただそこにいるだけで目を引く。


 仮面をつけているからこそ、尚更その魅力を感じるのに、素顔が見えたらどうなるだろうか。

 鼻筋、口元、顎、輪郭からして、素顔が絶対に二枚目だと断言できる。


 変装前のナルサスさんを一言で表すなら、それは畏怖。

 銀の髪が持つ神秘的な雰囲気と、黒いマスクの得体の知れなさが絡み合って、目を引くけれど、近づくのは恐れ多い感じ。


 変装後のナルサスさんを一言で表すなら、それは華麗。

 神秘的な雰囲気と謎めいた部分が隠していた何処か高貴で優雅な気品が自然と表れてしまう。まるで貴族のような立ち振る舞いと上品さが、周りの視線を無意識に引き寄せる。

 

 逆に目立っている。

 もし街を歩けば、女性たちの目は釘付けになるだろうと考えたところで、ふと一つのことを思い出した。


 6代目勇者の冒険譚の中で、勇者が何度もナルサスさんの二枚目っぷりに嫉妬するシーンがあったけれど、その物語の中でナルサスさんが仮面をつけている描写は一度も無かった。

 諦めたはずの仮面の向こうにある、ナルサスさんの素顔がどうしても気になって仕方がない。サングラスを外して欲しい。



「なるほど……。そうかもしれませんね」



 でも、やっぱり言えない。

 私の口から出てきたのは、ぼっち生活で学んだ空気を読んで合わせる言葉だった。



「まあ、私のことよりもだ。この鎧を出発前に着けるんだ」



 ナルサスさんが足元に置いてある重そうな鎧を指差しながら言った。

 その言葉を予想していたが、私は溜息をついて反論する。



「あっ、やっぱり……。それ、私用だったんですね。

 でも、無理ですよ。そんな鎧を着たら、絶対に動けなくなっちゃいます」



 私は帰宅部だった。運動は得意じゃない。

 体育の成績も中学校の時からずっと五段階評価の『二』だった。

 特に持久走が凄く、凄い嫌いで、いつもビリの手前を走っていた。




 鎧をじっと見つめる。

 ナルサスさんが眠っている間、神殿を探検していた時に見つけた幾つかの一つだ。


 胸元にあった筈の闇の神を意味するエンブレムが、削り取られていた。

 黒い鉄のような素材で作られ、私のサイズよりも大きな胸の型があり、女性用だとすぐに分かる。


 それに加えて、同じ素材で作られた膝当て、ブーツ、そして肘まで覆うガントレット。

 確か、これは『ハーフプレートアーマー』と呼ばれる鎧だったはず。


 もし私がこれを着たら、すぐに動けなくなるだろう。

 いや、動けないどころか、膝を突いたらそのまま倒れてしまうに違いない。



「フフ、平気さ。だって、君は勇者だからね?

 君はまだ実感していないだろうが、そういう力を手に入れたんだよ」

「はぁ……。」

「それと、これもね」

「はい、わかりました」



 だが、ナルサスさんは私が鎧を着れると信じて疑わず、包み布を差し出した。

 それは鎧と違って、見るからに軽そうで、服か何かだろうと思って受け取る。



「ええっ!? ……こ、これを着ろとっ!? な、何故?」



 しかし、目にした物に驚愕する。

 包みから出てきたのは、黒いニーハイソックスと黒いガーターベルトだった。


 昨日までの三日間、ナルサスさんは私が寝ている間にどこかへ出かけて、何かしらの物資を持ってきてくれていた。

 今、着ている白いブラウスと黒いプリーツのミニスカートもそうだ。


 ほぼデザインは元々着ていた制服と同じだが、素材が全く違う。

 ナルサスさん曰く、この世界では制服のブラウスとスカートの素材が不自然に高品質すぎるらしい。


 まさか、異世界に召喚されて、今風の女子高生ルックになれるとは思いもしなかった。

 最初は足を出しているのが恥ずかしくて堪らなかったが、ナルサスさんと四六時中一緒に過ごしている内に、次の日にはすっかり慣れてしまった。

 こんなに簡単なことだったのかと、それまで憧れながらも勇気を出せなかった自分に、溜息がこぼれた。


 だが、ニーハイソックスはまだしも、ガーターベルトは私にはハードルが高すぎる。

 しかも、それを選んだのがナルサスさんで、それを私が着けているところを知られると思うと、もう駄目だ。

 この世界では違うかも知れないけれど、私にとってはどうしても『Hな下着』のイメージが強すぎる。



「何故って……。君は素足のままで森を渡るつもりかい?

 もしそのつもりなら、止めた方がいい。草や枝で肌を傷つけることになるから」



 ナルサスさんは首を傾げる。

 私がどうしてそんな反応をしたのか理解していないようだった。



「そ、そう言う意味があったんですね! し、失礼しました!」



 私が思い違いをしていたと気づいた瞬間、恥ずかしい妄想をしてしまった自分に気づき、顔が火照るような感覚が広がった。

 耳まで真っ赤になり、恥ずかしさに耐えきれず、私は着替えるために神殿の中へと逃げ込んだ。



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