第13話 エギルの日常は崩れる

 あれから5年の月日が流れた。


 エギルは寝室に多くの女性を招き入れ、欲に溺れる生活の日々。

 酒に女に飯。

 今のエギルはぶよぶよに肥えた醜い体形になっており、痩せていた頃の面影は既に無い。


 彼の堕落した生活は最初こそ功績があるからこそ許されていたが、現在は反感を買い始めている。

 伴侶である王妃は呆れを通り越し、エギルと会話すらしなくなっていた。


 それでもエギルは今の生活を捨てることができず、欲望のまま生活をしており、女性に酒をくませて大喜びしている。


「もっと酒を持ってこい。飯もだ。女は……十分だけどまだ欲しい!」

「国王様、王妃様もお怒りみたいだし、そろそろやめておいた方がいいのではないですか?」

「良いんだよ。あいつは俺に文句を言わない。他の兵士たちだって文句を言わないんだ。だから俺様は何をやってもいいんだよ!」


 エギルに金で買われた女性たちは、それ自体に不服は無く彼に付き合っている。

 だがそれ以外はそうではなく、彼女たちはエギルのことを心配しての発現であったが、彼の耳には届かないでいた。


「エギル様、よろしいですか」

「今忙しいんだよ。話なら後にしろ」

「それが……国を左右させるだけの問題でして」

「国を左右させる話ぃ?」


 部屋をノックされ、外にいる大臣が深刻そうな声でそう話す。

 エギルは怪訝そうな表情を浮かべながら、扉をゆっくりと開ける。


「どういうことだ?」

「実は遥か北の国に、魔族と人間が築き上げた国が誕生したとか……いえ、数年前から存在していたようですが、最近は国家レベルまで勢力を拡大しているとのことです」

「魔族……これまでそんな話を聞いたことなかったぞ」

「はい。人間が生活するには厳しい極寒の地のことでして。情報が入ってくるのが遅れました」


 魔族の復活。 

 それを意味する大臣の言葉に、エギルは顔を真っ青にしていた。


 魔王を倒したのはクレス。

 勢力を拡大する魔族に、自分が太刀打ちできるわけがない。

 それにここ数年は堕落しきっていたので、余計にどうしようもないだろう。

 突然訪れた事実に、エギルは足を震わせていた。


「国王……いえ【勇者】よ。再び剣を手に取り、魔族と寝返った人間を討伐していただけませんか」

「あ、え……」

「国民がそれを望んでおります。そしてそれは【勇者】であるエギル様の使命。貴方様がここで立ち上がれれ、これまでのことは水に流すでしょう。そしてもう一度脅威を断ち切ることができれば……」


 もちろん、大臣の言っていることは分かる。

 痛いほど分かるし、そうすべきなのも理解している。


 でもエギルにはどうするおともできない。

 功績の全てはクレスのもの。

 エギルがやったことと言えば、仲間を裏切ったこと。

 それ以外にエギルは何もやっていないのだ。


「……わ、分かった。俺が出よう」

「流石は【勇者】。誰もがあなたが立ち上がるのを願っています。堕落した日々のことは皆、全て忘れるでしょう」


 大臣は駆け足でどこかへと向かい、部屋の中ではエギルを褒め称えるようにして女性たちが大騒ぎしている。


(ヤバい……やるとは言ったものの、どうすればいい。俺に魔族なんて倒せないぞ)


 震える手を合わせ、祈るような所作をするエギル。

 それはクレスに全てを託していた頃と同じであったが――あの頃とは違い、クレスはどこにもいない。

 戦ってくれる最強の仲間がいないとなれば、最強と謳われている自分が戦わなければならいということ。

 その現実に吐き出しそうになるエギル。


 誰かに押し付けることもできるが、【勇者】である自分が先陣を切るのは運命づけれられていること。

 これを断るとなると、確実に王座を剥奪される。


 断りたいけど断れない。

 逃げたいけどそれを許してもらえない。

 エギルはつい数分前までは自分の立場を全力で楽しんでいたはずなのに、今は自分の立場を恨んでいた。


 それからあっという間に準備は進められ、エギルは北の大地へと向かうことに。

 太った体に合わせられて作られた装備。 

 スマートさは皆無で、しかしそれに続く大勢の兵士たち。


 【勇者】エギルを先頭にして、彼らは戦地へ向かおうとしていた。


「国王! あなたなら立ち上がってくれると信じておりました!」

「あなたの腐った日々はこの日のための充電期間だったのですね!」

「国王万歳! 勇者エギル万歳!」


 苛立つほどに良い天気と国民の声にエギルは大量の汗を流していた。

 

(どうする……本当にどうする。このままじゃ死んでしまう。俺の終わりが始まってしまった)


 これまでのツケが来たのかと絶望するエギル。

 馬に乗った自分に歓声を浴びさせる国民たちを呪うばかりであった。

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