第8話 狂気に塗れた少女


 ──見つけた

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺は走り出した。

 

「どうなってんだあれ!?」

 

 何故あいつはシリカの事を知っている!? 

 

 俺とあいつはもちろん会ったことは無い。

 

 シリカの記憶にもそんなことはなかったはずだ……!? 

 

 なのに。未だ後ろから、追いかけて来る気配が止まらない。

 

 どうなってんだ!? 原作と違うことが起きるのは分かっていたが、ここまで違うとは!? 

 

 どこだ……!? 何処でこんなふうになった! 

 

 意味がわからない……! いや……気のせいかもしれない。人違いの可能性もある筈だ……! 。

 

 気のせい、人違いかも……と少しの希望を持って気配のする方へ振り返る。

 

「シリカ……待って。どうして逃げるの……」

 

 振り返った結果。獲物を追い掛ける猛獣が如く、目を光らせた原作主人公がそこにいた。

 

 気のせいじゃなかった……! 

 

 しかも、ご丁寧に名前まで呼んでいやがる……! 

 

 本当になんでああなったんだ。俺の知らない所で何が起きてんだよ! 

 

 走り続けて数十分経つと言うのに、距離は離れない。それどころか時間が経つほど縮まっている。

 

 やばい……! このままじゃ捕まる! 

 

 もっと速度を出せ! 走れ……! 

 

 あの時、教会に向けて走るのと同じような言葉が頭の中に広がる。だが。状況としては全く違く、何故かこっちの方が身の危険を感じてしまう。

 

 そんなこんなでもうすぐ、この追いかけっこが始まってから1時間経とうとした頃。

 

「捕まえた」

 

 俺はついに捕まってしまった……。

 

「離せ……! 何か思い違いをしている! 俺と君が会ったことは無い筈だ……!」

 

 くっそ……どうする!? 

 

 嫌な予感が止まらない……この先、俺はどうなってしまう!? 

 

 あの時とは別種の嫌な予感がするぞ……!? 

 

 何か手はないか……! 

 

「ん……今は、初めましてだけど君の事は知ってる。特に思い違いもしてない。 ……君の匂いを間違えるはずないし……」

 

 ほんの少しの希望に賭けて、説得を試みようとしたのだが……どうやら本当に俺の事を誘拐しようとしているらしい。

 

 最後の言葉は聞こえなかったが、おそらく俺を解放する旨の言葉ではないだろう。俺を担いでいる腕は、力強く掴んだまま離れない。

 

「そうだとしても話し合えばわかる筈だ……! 俺を下ろして話をしようじゃないか!」

 

「……わかった」

 

 よっしゃ。勝ったぞ! このまま降ろされた所を……! 

 

「じゃあ、まずは人目のつかないところに縛ってから」

 

 おっとぉ……やばいぞぉ。なんかやばいことを言っている……。

 

 縛る!? 人目のつかないところで!? ……とてもまずい、俺はその後何をされるんだ……!? 

 

「あのぉー。ここで降ろして貰うことってぇー」

「無理」

 

 畜生! 聞く耳持たない……! 

 

 どうにかこの場で降ろしてもらおうと試みるも、無理の2文字で終わってしまった。

 

「俺を降ろして話をすれば、何か分かり合える筈だぁ!」

「鼻☆塩☆塩☆ー!!」

 

 当然そんな事を言っても降ろされる事も、走る足が止まる訳でもない。

 

 そのまま俺は原作主人公に肩に担がれたまま、何処かにつれていかれるのだった……。

 

 

 

 ^^^

 

 

 

 ──6話冒頭

 

 ……てなわけで、皆さんこんにちは。現在、誘拐されてるシリカです。

 

 現在私は誘拐されている中、紙があるわけでもないのに手紙の内容を考えたりして時間が過ぎるのを待っています。

 

 この後、私はいったいどんな目に遭ってしまうのでしょうか? 

 

 私、気になります! 

 

「はぁ……」

 

 さて……現実逃避はここで止めにして。

 

「ねぇ……一応もう一回聞くけどさ、ここで降ろす気は無い?」

「ん……無い」

「そっかぁ~」

 

 念のためにもう一度だけ聞俺を降ろす気はないらしいか聞いてみたが……どうやら俺を降ろす気はないらしい……。

 

「はぁ……仕方ないか」

 

 降ろす気がないのなら、仕方がない。

 

 俺はため息を吐きながら、能力へと意識を集中させる……。

 

 えーと、そうだな……場所はあそこにするか。

 

「もう追いかけてこないでね……じゃ、バイバイ」

 

 能力を使用する準備が整ったため、俺は勇者にさようならの言葉を吐いて能力を──

 

「え……!?」

 

 ──使用した

 

「んーと、成功だな」

 

 周りを見ると、先程勇者と初めて出会った場所。

 

 そのことを確認して、俺は成功した……と一安心した。

 

 さて。ここでこれを見ている人は時間を巻き戻したんだろ……となるかもしれないが、それは半分正解で半分不正解である。

 

 何処か半分不正解かわかるかな? ヒントは勇者がこの場にいない事だ……。

 

 ……しんきーんぐたーいむ

 

 

 

 

 だらららら

 

 

 だららら

 

 

 だらら

 

 

 だら

 

 

 らららら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だR

 

 何やってんだ、俺。居ないかもしれない存在に問題出して、心の中で口ドラムするって。

 

 とりあえず、正解は固有能力の一部使用。

 

 俺の肉体の場所を、巻き戻しただけである。

 

 だから……この場に勇者は居ないし、時間もそのままである。

 

 そんなわけで。現在、勇者は先程まで俺がいた場所で一人困惑しているであろう。

 

 なので急がなくていいんだが……

 

「さっさとこの場を離れよう!」

 

 勇者の獲物をしとめるが如く、猛獣の目を思いだし、身震いがする。

 

 能力の種が割れていない以上、俺は逃げることに関してはこの世界で五本指に入るだろうが……。

 

 あの勇者なら何かやりかねない……出会ってから、半日も経っていないのだが……何か仕出かしそうな凄みがあの勇者には、あった……。

 

 とにかく、この場からはさっさと離れよう。うん、そうした方がいいな。

 

 そうして、俺は歩く足を速める……。

 

 

 

 ^^^

 

 

 

「……知らない」

「あんな力、あんな口調、あんな目……」

 

 一人……路地裏にいる少女は無感情に、淡々と呟く。

 

「今回は何が違う? 何が狂った? 何が」

「何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何がなにか何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が……何が!!」

 

 少女はまるで狂ったように……いや、狂っているのだろう。髪を掻き毟りながら、同じ言葉を繰り返す。

 

 その雰囲気は到底まともな人間が出していいものではない……。

 

「何のせいでああなった……。それに、あの見た目の変化は……。そうだ……あの目」

「あの時、匂いだけでシリカを探せたわけじゃなかった。無意識に、私の内にある力が反応した……」

「私の力。クロノス……!」

「クソっ! クソクソクソ……!」

 

 少女は苛立ちのせいだろうか……民家の壁を、幾度も蹴る。

 

 普通の人間ではこの壁を数回蹴った、所では傷はつかない。だがこの少女が蹴ったところは粉々に砕けていた……。

 

「あのクソ神……よくも、純粋だったあの子をあんな風にしやがって……」

「マーキングのつもりか! ……クソッ!」

 

 疑問の答えを見つけたのだろうか……少女の殺意は膨らみ、その場にはだれ一人近づかないであろう空間ができていた。

 

「ヒック。ウェック。ん~~~?」

「オッ? 上玉がいるじゃねぇか~。おーい、そこの姉ちゃん。俺と遊ばないか~?」

 

「いや……私には相手がいるから」

 

 殺意に満ちた空間……誰も近づこうとはしないであろう場所に一人の男が現れた……。

 

 その男は酷く酔っているのだろう……その男からは酷いアルコールの匂いが漂っており、男の足元は覚束ない。

 

 酷く酔っているせいだろか? ……男はこの場の殺意にも少女の横にある砕けている壁の事も気にしないまま、少女の体を触ろうとする……。

 

「誰かもしらないけどよ~そんな男なんかほっといて、俺と遊ぼうぜ~。ヒック」

「……そんな男って……言った……? シリカの事を?」

 

 男の言葉が少女にとって逆鱗だったのだろう。少女の殺気が先程のそれとは比べ物にならないぐらいに膨らむ……。

 

「……!?」

 

 これには流石に、酒に酔った男も気づいたのだろう。顔を真っ青にしながら少女を触ろうとした手を引っ込める。

 

「……今、シリカの事をあんな男って言ったよね……」

「ひぃ!」

「別に私の事をなんて言おうが、私は別にいいんだよ。私は……」

「でも、シリカの事は別。あの子は、何時も私のそばで励ましてくれた、慰めてくれた! 何時も一人でいた私の側にいてくれた!!」

「そんなあの子の事を侮辱することは、絶対に許さない……!!」

「ヒ! ごめ、ごめんなさ──

 

 その言葉の先が紡がれることはなかった。

 

 ……何故なら、その男はすでに死んでいたのだから……。

 

「ふう……すっきりした。そうだ、やることは変わらないか」

「あのクソ神をもう一回殺せばいい……」

「その後で、シリカを……」

「いや……殺す前でもいいかな……」

「はは……は。アッハハハハハハハハハハ!」

 

 少女は笑う。一人、血濡れのまま……。

 

 その姿はとてもではないが勇者と言えるものではなかった……。

 

 その少女はとっくに壊れていた、狂気に塗れていた……。

 

「待っててね」

 

 その少女は床に血だまり出来ていることを気にせずに、歩いていく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──シリカ

 

 不思議と少女が路地裏から出る頃には、返り血に濡れていた服は元の白い状態に戻っていた。

 

 

 

 こうしてまた、物語は捻じ曲がっていく。

 

 物語の異物を中心として……。

 

 

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