第9話 猫の給仕亭

「ここからどうしようか」


 あの後、身震いと共に急に悪寒が走り出した俺は急いであの場から離れた。


 そうして一息ついた所で考えるのは、これからの行動方針。


 時間は昼をとっくに過ぎて、お月様が顔を出している時間帯である。


 とりあえず考えるのは今日、寝るところだな。今日の所、衣食はどうでもいい。……最悪野宿と言う手もあるが、それは最終手段だ……。


 そう……今日俺は、寝る場所がないのである。


 この街に来てから数時間しか経っていないので、当然と言えば当然なのだが俺はこの街についてあまり詳しくない……。


 ゲームの知識があるとは言え、この街の宿屋とか八百屋等の情報は無い。


 だから俺はどの宿屋に泊まろうか、決めあぐねている。


 宿屋なんで適当に決めればいいだろ……と言われるかもしれないが、そうとも言えない。


 ゲームの中なら一つの街に一つの宿屋があるだけかもしれないが、この世界はゲームであって現実だ。


 変に安い所に泊まれば、荷物を盗まれたりする可能性が高くなる。


 逆に値が高いところを選べば、1日や2日は何とかなるかもしれないが長期的な面で言えば所持金が心もとない。


 何より……変に有名な所を選べば、あの誘拐犯に見つかる……! 


 そもそも現在の俺の所持金はそこまで多くない。そんな中、高い宿屋に泊まれば一目瞭然だろう。


 そんなわけで、こればかりは慎重に選ぶしかないのだが……如何せん俺には知識がない。


 何処に泊まるべきだろうか……。


「どうですかー! 猫の給仕亭……安いですよー!」


 そんな事を考えていた中、そんな声が聞こえた。


 声の方向を見ると、猫耳が生えた少女が看板を掲げて宣伝していた。その背後には、言っては悪いがボロボロのとても宿屋とは言えない家の姿。


 どうするか……あそこに泊まるか? 


 ……いや、辞めと行くべきだな。あそこまでボロボロだと、隣部屋から声がダダ漏れだろうし……荷物を盗まれる可能性も高くなる。


 別の場所を探すべきか。それとも今日は野宿か……? 


 まあいいか、変な所に泊まって荷物を盗まれるよりかはまだマシだ。


 そうして俺は別の場所へ向かおうと歩を進めようとして──


「今なら猫耳触れますよ〜!! …………はぁ、今日もお客さん0かぁ……うう。お母さんの聖水代が……」


 小さく聞こえたその言葉を聞いて、俺は足を止める。


 先程の猫耳の少女の方を向き直せば、そこには猫耳が垂れ下がった状態で元気がない少女が居る。


 ……よし、今日は彼処に泊まろうか。


 話を聞いた所、他の客は居ないらしいし隣部屋の声が聞こえることも無いだろう。


 それに、荷物を盗まれたとしても大事なものは自分で持っておけばいいしな。


 そうと決まれば、話は早い。俺は猫耳少女が入った宿屋へと歩を進め。


 決して猫耳を触ってみたい……や、あの少女が可哀想だ……等と思った訳ではない。断じてない。


 もう日が暮れているし、これから宿を探す時間がないだけだから……! 


 それだけだからねっ!! 




 ^^^




「あうー。今日も誰1人来なかったなぁ……」


 宿屋……猫の給仕亭に入ってすぐの受付には、先程の少女が項垂れていた。


「あのー。泊まりたいんですが今から受付ってできますか?」

「え! できます!! ……っていうかお願いしますからとまってください!!」


 受付で項垂れている少女に、宿泊したいと伝えると顔をバッと上げて若干早口でそう言われる。


 心做しか先程まで元気なく垂れていた猫耳は元気よく立っている。


「では何か不明な点は────」




 ^^^




 あの後いろいろと受付を済ませた俺は今、先程借りたばかりの部屋にいる。


「今の時間は、大体八時過ぎか……」


 現在時刻は細かくわからないが、季節や月の出具合から見て大体八時過ぎくらいだろう……。


 ここからどうするか……。とりあえずはクロノスの情報集めをするか? ……この街へ来た理由もそれだしな。


 俺がもともとこの街へ来たのは情報集めが理由だ……。この街はゲームでクロノスと何か関係があると追及されていた場所。


 ここには主人公を強化する素材もあったり、やたらとクロノスの像が置かれていたりなど、なかなかに怪しい所満載である……。


 ここならクロノスに関する情報が何かあるかもしれない……と、それが俺がここに来た理由だ……。


 情報集めとなると、やっぱり図書館だろうか? 


 この世界には当然だが、現代ではよく使われているパソコンやスマホなどの情報媒体がない。なら何で情報を集めるのか? ……と言えば、それは本だ。


 俺はもともと本等で地道に探すよりも手っ取り早く、スマホで検索するタイプの現代っ子だったので少し憂鬱である……。


 まぁ、これも復讐のためだ……。仕方ない、探すとしよう。


「だけど時間も時間だし、明日からにするか……」


 早く探したい所山々なのだが、もう日が暮れて月が出ている時間帯……。こんな時間帯に行っても、図書館の人に迷惑がかかるだろう……。仕方がないので情報探しは明日からにしよう。


 そんなことを考えながら俺は近くにあった、粗雑に作られたベットにダイブする。


「ああ~……疲れた~。今日だけで異様に疲れたな……」


「予定としては今日で宿を借りて、クロノスの事を調べ始める段階だったのに……。やっぱり予定通りにはいかないな……」


 そうだ……予定なら今日で宿を借りて情報を集めていたというのに、実際のところは宿を借りることしかできていない。


「ああ~。もうなんだよあの勇者。こんなところで出現……しかもこっちを見た途端、俺を縛ろうとしやがって……」


 俺が異様に疲れたり、予定よりも事が進まなかったり……とした主な理由。その八割以上はあの鬼ごっこが理由だ……。


 本当に何で勇者があんな風になっているんだ? ……しかも、俺を見た途端捕まえようとしてきたし……。


 あの後、捕まっていたらどんなことになっていたんだか……。真面な事にならないだろうな。こちらとしては初めましてなのに……。


 初対面で此方の体を舐め回すように見てきたり、縄で縛ろうとしてきたり……先程起こった事を思いだしただけで、身震いがしてきた。


 今日だけであの勇者は俺のトラウマランキングにトップインだ。


「今大丈夫ですか~」


 そんなことを考えていたら突如、扉がノックされその声が聞こえてきた。


 声的に受付の猫耳少女だろう……。


「どうぞー」


 断る理由も特になかったので、了承の旨を伝える。


 俺の声を聴いたのだろう。俺が声を出して数旬の間の後、扉があけられた……。


 扉が開けられたその先……そこには、何故か先程まで受付をしていた少女が、やたらと

 露出の多いメイド服を着て頬を赤らめながらそこに立っていた……


「よっ、夜伽をしに来ましたぁっ!!」

「WHY!?」


 余りにも意味の分からない状況でネイティブな英語が口から出てしまった。


 ……なぜ? 


 ヨトギ? よとぎ? 夜伽……! どういうことだ!? 今この少女は何を言っている!? 


 どうして!? 


「ドウシテデスカ」


 いきなりの衝撃に頭の中はカオスだ。こんな状況で片言でも、その言葉を発する事が出来た自分をほめてほしい……。


「だって、お客さんだから……!」


 さらに顔を赤らめながらそう言う少女に混乱が募る。


 訳が分からないよ……


 何言っているんだこいつ……! この少女が言っている言葉とこの状況がまるで結びつかない。


 客と夜伽が、どう結びつくんだ……! まさかこの宿って実はそういうやつだったのか!? いかがわしいお店だったのか!? 


「トリアエズスワッテハナシヲシヨウヨ」


 未だ混乱の最中にある頭で、その言葉をひねり出す……。




 ^^^




「実はですね……」


 あの後、どうにか混乱を収めた俺たちは向かい合って座っていた。


「実は私のお母さんが病気で。医者さんに診てもらったらもう少ししか生きられないって……。病気を治すための聖水も高くて……」


「なる程……」


「お金を稼ぐにも宿がこんなのだから……お客さんが集まらなくて。だから唯一お客さんを引き留めようと……」


「その手段が夜伽と……」


「ハイ……」


 そういうわけか……。


 どうやらこの少女の母親は、重度の病で医者からもう幾何の猶予もないと診断されたらしい……。


 それを治すための聖水も高くて買えない。お金を貸せごうにも客が全く入らない為……この宿に入った唯一の客である俺を、引き留めるため夜伽と言う手段を取ったっていう事だ。


 まぁ、取り合えず事情は分かった。その事情を知って俺が思ったことは……


「もうちょっと自分の体を大事にせんかい!!」


「あだっ!」


 自分の体を大事にしろ……と言う事のみ。


 先程放たれた言葉と同時のチョップを、食らった少女は軽く痛みに悶えている。


「少し説教をするが、そんなことをして君の母親は喜ぶ?」


「あう~。喜ばないです……」


「喜ばないのを自分でわかってるなら、もうこんなことをしない! いいね」


「はい……」


 部外者の俺がこの子の事情に突っ込みすぎたか……? 目の前でしょんぼりしている少女を見てそんなことを思ってしまう……。


 どうしよう……見た所この少女の年は、シリカと同じかそれ以上だろう。このぐらいの年頃を見るとミア達のように接してしまうな……。


 シスター見習いだった時の感覚が抜けきらない……。


 はぁ……しょうがないか……。


「反省したのならよろしい! お母さんの事は俺が何とかしてあげるから、気を取り直して……」


「……!」


 その言葉を聞いた少女は、目を見開いて此方を希望の眼差しで見る。


 だが少しだけ疑念や心配の気持ちもあるか……まぁ、仕方ないか。初対面の相手がこんなことを言い出したら誰だってそうなるだろう……。


 俺でもそうなる。


「本当にいいんですか?」


「取り合えずお母さんの所に連れっててよ。安心して……ってのも無理があるか……試してみるだけ試して見よう? 俺……一応シスター見習いだったんだぜ?」


 俺は口元に手を当てて小悪魔のように、そう言うのだった……。

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