28「キス十八回目〜キス二十一回目。ポニーテールメイド奮戦記その一」

☆★


八月二日


 取り引き十八回目。


 空には若干明るさが残る夜の厨房で、俺は練習がてら余った材料を使用しデザートの練習。

 自宅と違い業務用器具が揃っているので使い勝手は抜群によい。惜しむらくはガスを使ってないのでパスタやオムライスの味が若干違うことぐらいか。


「もう仕事終わったのに探究心凄いな神無月……いや、バイト先だから神無月先輩の方がいいですか?」

「少しでも上達してマスターの負担を軽くしたい。それと虫唾が走るから畏まるのはやめてくれ。今まで通り敬語なしの呼び捨てでいいぞ会長」

「ふふ、そうか、尊敬と敬意を表して神無月さんと呼びたかったのだがな。無論冗談だぞ」

「真面目な会長が言うと冗談に聞こえねえわ」


 仕事を終えカウンターにて私服姿でくつろいでいる会長。頬杖つきながら俺が淹れた新入荷の豆による試作珈琲を試してもらっていた。

 

 まだ付き合いは浅い俺達の関係が距離感バグっているせいだろうか、普段からイケメンで偉そうな男っぽい口調だけど仕草や私服の可愛さに脳味噌が誤作動を起こす。


「君もお菓子作りできるんだな。てっきりただの珈琲バカと認識していたよ」

「それは褒め言葉だ。何、大したものじゃない。勿体無いから余った食材でおやつ作っていたんだ」

「それって……もしかしてドーナツか?」

「ああ、俺の得意レパートリー。マスターが気にいってくれてスイーツ練習させてくれるお礼がてらたまに作るんだ」

「何でもこなすんだな。僕はまだ未熟だから羨ましいよ」

「何処がだよ。喫茶店初めてでも接客業経験者だから違和感ゼロだわ」


 まだ二日目だが反応は上々。会長は美人だがふいに少女みたく微笑む姿が客の心を鷲掴みにするのだ。


 それにしてもポニーテール姿なのでまだ見慣れてないスタイルにドギマギ。更に火照った身体と開放感からか会長から艶っぽさがある。


「うん? 神無月どうした?」

「いや、なんでもない。それよりドーナツ食べるか? 揚げたてだから美味えぞ」

「食べさせてくれるのか?」

「会長が良ければな」

「じゃあ、あーん」

「バータレ意味が違うわ」


 悪態をつきつつ大型新人さんに自信作をカウンターへ出すと、照明のコントラストで存在感が増している泣きぼくろが接近してきて、珈琲代だ受け取れと俺の頬へキスをした。

 行為自体は慣れたとはいえ、それでもキスを神聖化している童貞日本男児としては到底受け入れられない。しかし麗しい美少女にしてもらうキスを拒むのは紳士としてはどうなんだろうか?

 悩みは尽きない。


★☆


八月三日


 取り引き十九回目。


 オープン前の腐ったりんご亭店内。柱時計の秒針さえも止まったと錯覚する程キッチンは静寂に包まれていた。


 俺は決められた出勤時間より早めに店へ入り、マスターにスイーツ作りを集中してもらう為、大方の仕込みやモーニングセットをセッティングする。

 なのだが、今回は若干予定が違う。


 俺が緊張と共に固唾を飲む中、大型新人がデザートに最後のワンピースをはめ込む。


「むう、一応完成した……が、果たしてお客様にお出しできるレベルだろうか?」

「心配し過ぎだぜ。レシピも飾り付けもパーフェクトだ。これなら忙しい時任せてもいい」

「そうか、神無月ありがとう。世辞でも嬉しいぞ」

「おべっかじゃねえよ。接客の対応もそつなくこなして軽食も作れる。意地悪な先輩ぽく何癖つけようと画策していたが俺には不向きのようだ。すげえもんはすげーぜ。改めて脅威に感じたわ」


 正直驚いた。あらかじめ研修で一通りレクチャーしたとはいえ、コーヒーゼリーやパンケーキなどのデザート、軽食のレシピを短期間で完全マスターしている。まだ大掛かりなのは無理だとしてもサンドイッチ系とかサラダとかパフェ系とかは一任していいレベル。

 さすがは生徒会長。素晴らしい優等生ぶりだ。頭の出来が違う。


「ふふ、接客に慣れているがお客様の反応はイマイチで不安だったんだ。でも君の感想聞いてひとまず安心かな」

「常連客が動揺していただけだ。俺みたいな見た目ヤンキー系しか在籍してない物騒な店に突如顕れた黒髪ポニーテールメイド女神。需要あるかなと心配したが女性客にも受けている。相変わらずうちのボスは常人離れした慧眼を持っているな。外見はああなのに……」

「確かにマスターはな……あれはマフィアのドンと説明されても信じるぞ」

「意外と童話とか好きなんだからなぁ」


 厨房の奥で生地を練っているマスターのスキンヘッドが光る。あの外見でメルヘンでファンシーなスイーツ作るんだから恐ろしいわ。


「おかげで人気店なんだから結果オーライだな。僕もあの鮮やかな色彩の虜さ」 

「ああ。そのマスター渾身の新作が今日より販売開始だから忙しくなる。気合い入れるぞ」

「そうなると暇がないな」

「お昼休憩は確保するぞ」


 ポニーテールメイドはキョロキョロと辺りを確認すると、「馬鹿め、そうじゃない。今日の分だ……早いが受取るがいい」頬と額へ複数回唇を押し当てられる。


「お、おい唐突にこんなところでするな。マスターにバレたらどうする?」

「ふふ、夜まで待ったら体力ゼロでキスする気力がなくなるからな。それに今日は気分がいいからオマケしたぞ。遠慮しなくていいから取っておけ」

「爽やかにまとめるな。会長は最近淑女の慎ましやかが足りないぞ」

  

 それよりもこんな営業中にキスされると背徳感より罪悪感がある。硬派のマスターにバレたらクビになるかも……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る