第二十八話 接敵
ロゼリアを追って、俺も火と煙に包まれた邸内へと足を踏み入れた。
玄関までのアプローチは、まるで爆撃でも受けたように無惨だった。
黒焦げの庭木。砕けた石畳に石像、吹き飛んだ門柱の破片があちこちに転がっている。
壁には焼け焦げた手形。足跡。――そして、それが途中でぷつりと途切れている。
形を保てなくなった“肉片”が、赤黒く乾きながら散乱していた。
鼻を突く鉄と焦げの臭いに、思わず顔をしかめる。
煙の中で、かすかに呻き声のようなものが聞こえたが……
耳を澄ませても、それ以上は何も動かない。……間に合わなかったか。
遠くで銃撃音と爆発音が重なり合う。空気を伝って振動が来るほどだ。
さすがに派手にやってるらしい。
視線を先にやると――いた。
ロゼリアだ。
巨体をひるがえしながら、瓦礫を踏み砕きながら進んでいく。
あの金属義足が地面を蹴るたびに、地面がビリビリ震える。
一瞬だけこちらを振り返り、顎をしゃくって合図してきた。
遅ぇぞ、とでも言いたげな顔だ。
……いや、あんたの脚力についていけるわけないだろ。
戦闘は専門外だっつの。
とはいえ、置いていかれるのも癪だ。俺はジャケットの裾を払って、走る速度を上げた。
距離が開きすぎないよう後を追う。
ちらりと後ろを振り返ったロゼリアが、ニヤリと笑った。
まるで「その調子だ」とでも言いたげな笑み。
ったく、満足げな顔しやがって。
やがて、邸宅の中心――中庭が見えてきた。
燃え落ちた噴水の跡を横切りながら進むと、前方で激しい銃撃戦の閃光が走った。
……おいおい、パーティはもう始まってるってか。
ロゼリアが速度を落とし、俺もその背に倣う。
庭の中央、崩れた花壇を背に展開されているのは、戦術統制課のチームだった。
簡易展開式のバリケードを立て、黒いジャケット姿の隊員たちが、邸宅の方角に向かって弾幕を張っている。
しかし、火力負けしているのが見て取れた。弾を撃つたびに壁が欠け、地面がえぐれる。
火線が走るたび、隊員たちが身を伏せて叫んでいる。
こちらに気づいた一人が顔を上げ、苦笑いを浮かべた。
「姐さん、遅いですよ。もうパーティは真っ最中だ」
年季の入った声。煙草を咥えた中年隊員。
その表情にわずかな安心の色が差した。
「すまんな。招待状が届くのが遅れたようでな」
ロゼリアが応じ、弾丸が飛び交う中、身を屈めて滑り込む。
ずさぁっと、地面を蹴りながらバリケード内へ。
俺も続き、彼と目が合う。
……ああ、見覚えあるな。以前、ロゼリアとの仕事で顔を合わせたやつだ。
軽く片手を上げると、向こうも苦笑いを返してきた。
背後では他の隊員が、交互に射撃を続けている。
爆薬とエナジーセル独特の匂いが鼻を刺す。空気が熱で歪んでいるのが分かる。
「うちのチームはここで中継。中にはもう一チーム、外回りに一チーム。
ですが両方とも重症者が出て、撤退しながら使用人を数名保護してます。
援護に入りたいんですが――あいつらが邪魔でしてね」
そう言って、男が顎をしゃくった。
バリケードの隙間から覗いたその先。
――見えた。
庭の奥、瓦礫の間を歩く二つの影。
両腕に抱えているのは、車両搭載用の重機関エネルギーガン。
それを、まるで玩具でも扱うように振り回している。
装甲服を着てはいるが、動きが異様だ。
筋肉の動きが滑らかすぎる。義体特有のぎこちなさが一切ない。
表情も動かさず淡々とこちらを撃ってくる様子は人形のようでもある。
……嫌な感じだ。
「……あれが、ターゲットか」
「ええ。奴さん人間のはずがねぇ。弾を食らっても、無表情で撃ち返してきやがります。とはいえ、アンドロイド、義体、どちらにしても出力がでかすぎる」
ロゼリアが拳を鳴らした。
「上等。いいじゃねぇか、燃えてきた」
ロゼリアが短く顎をしゃくった。
へいへい、了解。
口の中だけで返しながら、俺は足元に転がっていた指先程度の瓦礫を十数個拾い上げた。
焼けた石はまだ熱を帯びていて、掌にじわりと広がる。
ロゼリアの指が、軽く宙を切る。
――短いハンドサイン。戦術統制課のやり取りだ。
いつの間にか俺も覚えちまってまぁ、嫌だ嫌だ。
彼女の手の合図を見て、俺は一度だけ頷いた。
次の瞬間、二人同時に左右へ飛び出す。
熱気を裂いて、砂塵が舞い上がる。
敵の視線が、分かれる。
弾幕が止まった――ほんの一瞬だ。
その刹那を逃さず、バリケードの陰から一人の隊員が姿を現す。
無反動式ランチャーを肩に担ぎ、構える。
今までは弾幕が厚く、体を長く晒せなかったが今は違う。
俺とロゼリアの突撃を見て、敵さんの視線が分かれた。
一瞬の躊躇、だが、飛び出した俺たち二人に照準を振り向けた。
エネルギーガンの銃口がこちらを向く。
まぶしい光が集束して――
「やる気満々だな」
俺は、指先に握りしめた瓦礫を投げた。
バラリ。
宙を舞う破片に意識を合わせる。
《対象:観賞用石像》
《損傷率:99%》
《修復しますか?:材料は足りています》
複数のパネルが一斉に浮かび上がり、視界を白く染めた。
――OK。
思考で命じた瞬間、周囲の瓦礫が震える。
空気がざらりと逆立ち、まるで地面そのものが形を思い出すように、
ずどん、と音を立てて巨大な石像が出現した。
「……っと」
次の瞬間、エネルギー弾の奔流がその石壁に叩きつけられた。
閃光。
爆音。
だが、俺の前には石の壁。
砕けても関係ない。
壊れるそばから修理するだけだ。
《修復中……》の表示が連続して点滅する。
ひび割れが走るたび、石が再生し、粉塵が収束して壁の形を取り戻す。
俺はその影を使って、側面に回り込みながらさらに石像を立てる。
簡単な構造物ほど再構築が早い――この程度なら造作もない。
ほんの数秒の出来事だ。
敵の注意は完全に俺たち二人に釘付けになっている。
「今だ!」
背後でランチャーが唸る。
ちゅどん――という鈍い破裂音とともに、炸裂弾が一直線に飛んだ。
空気が震え、視界が白く染まる。
直後、轟音と衝撃。
バリケード越しに熱風が押し寄せ、思わず腕で顔を覆った。
「……ぺっ」
口の中に砂が入る。
煙の向こう、爆心地には黒く焼け焦げた影が一つ。
それでも、そいつはまだ動いていた。
「……マジかよ」
皮膚の下から金属が覗く。
義体だ。だがその傷口――そこに見えたのは、光るものだった。
微細な粒子が、血のように滲み出ている。
ナノマシンだ。
焼け爛れた皮膚の下で、白い光が生き物のようにうごめいている。
再生してる。しかも速い。
「おいおい……強制再生型のナノマシンか? あれ、開発中止されたはずだろ」
聞いたことがある。
神経伝達を逆流させ、細胞を強制的に再生させる代物。
再生中の激痛に耐えきれず、使用者がショック死したって話だったが……。
だが、コイツら、痛みの反応がねぇな。
そんなことを考えていると、奥からガシャガシャと金属音。
爆煙を裂いて、ロゼリアが現れた。
腕を中心に幾つもの弾痕と焼け爛れた跡。
重要器官だけ守って特攻していく阿呆みたいなスタイル。
ため息を吐きながら、他の隊員が来る前に、不自然でない程度に軽く修理しておく。
俺の修理が自身に発動していると確認し、にっこりと満面の笑みを浮かべるロゼリア。
……俺が直すから突っ込んでいくんかな、こいつ。
疑問は脇に置いておき、見ると、片手で何かを引きずっている。
握られているのは、肩と両足をぐしゃりと潰された男の体。
血は流れていない――こっちの男と同じく義体か。
「ふふふ、やっぱりこういう相手は燃えるな。
いくら頭を守って突っ込んでも、すり抜けるかも思うと怖いものだな……まったく、楽しい楽しい」
おい、話の途中で矛盾するな。怖いのか楽しいのかどっちだ。
笑いながら、ロゼリアはその男を地面に放り投げた。
どちゃり、と鈍い音。
焼けた空気の中でも、その異様さが際立つ。
身体の半分を失いながら、男の顔には一片の苦痛もない。
表情がない。まるで仮面だ。
こちらも傷口が淡く光りながら再生していく。
「禁則指定のナノマシンだな。痛覚遮断処理されてるタイプ。
しかし、それでも精神には反動が残るはずなんだが」
ロゼリアが眉をひそめる。
その時だった。
――ビキン、と音が走った。
倒れていた二人の首元、ちょうど皮膚の下に埋め込まれたラインが赤く発光する。
次の瞬間、発火。
「ッ!?」
炎が首筋に走り、焦げた匂いが鼻を突く。
無表情だった彼らが、初めて顔を歪めた。
それは痛みの叫び――というより、電気ショックを受けた人形の痙攣に近い。
「が――ぁぁああああ!!!」
絶叫。
地面をのたうち回る。
火花が散り、義体の装甲が爆ぜた。
やがて、動きが止まる。
駆け寄ってきていた咥え煙草の隊員が地面に横たわる二人を確認する。
「……活動、停止してますね」
焦げた金属の匂いが、ひどく鼻についた。
「チップ……か?」
ロゼリアが俺にだけ聞こえる声で呟く。
「……ああ。制御信号か、自己破壊機構だろうな」
俺は小さく頷いた。
ロゼリアが歯を鳴らす。
「やはり、繋がっている、か」
「だろうな。行くぞ」
俺たちは視線を交わし、燃え盛る邸内へと向き直った。
熱風が吹き荒れ、火の粉が散る。
銃声はまだ止みそうもない。
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